第六話 初めての仲間
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「……え?」
「だから」
三法師は。
自分の胸を指差した。
「なかま、つくった」
信雄は。
目の前の小さな甥を見つめた。
三歳。
まだ幼い。
なのに。
その目だけは、妙に落ち着いている。
「仲間……?」
「うん」
信雄の視線が。
三法師の後ろに置かれた書状の束へ向く。
「いったい、誰と……」
三法師は答えなかった。
ただ。
信雄の顔を見つめていた。
その顔を見ているうちに。
三法師は。
清洲会議の後から今日までのことを思い返していた。
*
最初に。
俺が頼ったのは。
丹羽長秀だった。
清洲会議の後。
俺は長秀を呼んだ。
「丹羽さん」
「はい、三法師様」
「秀吉、強くなる?」
長秀の眉が動いた。
「……秀吉殿が?」
「うん」
「なぜ、そのようにお考えに?」
俺は。
うまく説明できなかった。
未来を知っている。
そう言っても。
信じてもらえるはずがない。
だから。
俺が知っていることだけを話した。
「秀吉、勝家さんと戦う」
「はい」
「勝ったら、もっと強くなる」
「……」
「人も増える」
「……」
「兵も増える」
長秀は。
黙って聞いていた。
「そしたら」
俺は。
小さな手を握った。
「織田、なくなる?」
長秀の表情が変わった。
*
「三法師様」
長秀は。
しばらく考えてから尋ねた。
「なぜ、そのようにお考えなのです?」
「……」
俺は答えられなかった。
すると。
「秀吉殿が織田家を支えるのではなく」
長秀が続けた。
「いずれ織田家そのものを取り込むと?」
「うん」
「そして」
長秀の目が鋭くなる。
「三法師様ご自身も、その流れに飲み込まれると?」
「……うん」
長秀は。
俺をじっと見た。
二歳児が考えるようなことではない。
それは。
長秀自身も分かっている。
「三法師様」
「はい」
「一つだけ、お尋ねいたします」
「うん」
「それほどまでに、織田家の行く末を案じておられるのは」
長秀は。
少し言葉を選んだ。
「何か、見えておられるからでしょうか?」
俺は。
答えなかった。
答えられなかった。
だが。
長秀は、それ以上聞かなかった。
代わりに。
「……分かりました」
そう言った。
「すべてを理解したわけではございません」
長秀は。
深く頭を下げる。
「しかし」
「三法師様が織田家を残そうとしておられることだけは、理解いたしました」
そして。
「ならば」
顔を上げた。
「私も、そのために動きましょう」
「丹羽さん……」
「この丹羽長秀」
長秀は。
はっきりと言った。
「三法師様をお支えいたします」
俺は。
初めて。
自分の意思で得た味方を見つけた。
*
それから。
長秀は俺の右腕になった。
俺には未来についての知識がある。
長秀には。
この時代を生きてきた経験がある。
誰が信長を慕っているのか。
誰が織田家を裏切る可能性があるのか。
誰なら信用できるのか。
長秀は。
俺よりずっとよく知っていた。
だから。
二人で。
織田家を残すための人脈を作り始めた。
*
長秀の伝手で。
長谷川秀一。
前田玄以。
福富秀勝。
矢部家定。
佐々行政。
五人と繋がった。
大大名ではない。
だが。
情報を集め。
人を繋ぎ。
必要なら兵を出してくれる。
そんな人たちだった。
俺が。
次に名前を挙げたのは。
滝川一益だった。
「丹羽さん」
「はい、三法師様」
「滝川さん」
長秀が。
少し意外そうな顔をした。
「滝川一益殿、でございますか?」
「うん」
「なぜ、滝川殿を?」
俺は。
しばらく黙った。
そして。
前世の記憶を探った。
滝川一益。
織田信長の家臣。
武田攻めで功を立て。
関東方面を任され。
本能寺の変の後。
急激に立場を失っていった武将。
そうだ。
俺は一度。
この人の記事を書いたことがある。
歴史に詳しいわけではなかった俺が。
なぜか滝川一益の記事を書いた。
理由は覚えていない。
たしか。
「本能寺の変で最も人生が狂った男たち」
そんな、ネットニュース向けの軽い記事だった。
その記事の中で。
滝川一益についても触れた。
今となっては。
その程度の記憶しか残っていない。
でも。
今の俺には。
その程度の記憶でも十分だった。
*
「滝川さん」
「はい」
「今、困ってる」
長秀の顔が。
一瞬で変わった。
「……何ですと?」
「滝川さん、織田に見捨てられたと思ってる」
「三法師様」
長秀が身を乗り出した。
「なぜ、それを?」
「……」
しまった。
俺は。
少し考えてから答えた。
「だって」
「はい」
「織田の人だから」
「……」
「困ってるなら、助ける」
長秀は。
黙って俺を見る。
「しかし、滝川殿の置かれている状況を、三法師様がなぜ御存じなのです?」
「……昔」
「昔?」
「滝川さんのこと、聞いたことある」
嘘ではない。
前世で。
記事に書いた。
長秀は納得したような。
納得していないような。
複雑な顔をした。
「そうでございますか……」
俺は。
少しだけ胸を張った。
「だから」
「はい」
「滝川さんに言う」
「何と?」
「織田は、見捨ててないって」
長秀が。
目を見開いた。
*
「……見捨てていない、と?」
「うん」
「それだけでございますか?」
「うん」
「滝川殿にとっては」
長秀は。
少し考えながら言った。
「その言葉こそ、何より欲しいものかもしれませぬな」
「じゃあ」
「はい」
「手紙、書いて」
「承知いたしました」
長秀は筆を取った。
だが。
俺は。
首を振った。
「最後は、俺が書く」
「三法師様が?」
「うん」
長秀が紙を置く。
俺は。
小さな手で筆を握った。
うまく力が入らない。
線が震える。
それでも。
一文字ずつ。
書いた。
『織田』
そして。
『三法師』
たったそれだけ。
長秀が。
じっと、その文字を見ている。
「これを」
「うん」
「滝川殿へ?」
「うん」
「……承知いたしました」
*
書状が。
滝川一益のもとへ届けられた。
内容そのものは。
長秀が整えた。
だが。
最後には。
三法師自身の震える署名がある。
『織田家は、滝川殿を見捨てていない』
『三法師は、滝川殿を必要としている』
『どうか、織田家を支えてほしい』
その三つだけだった。
*
返書が届いた。
長秀が開く。
読み進める。
そして。
静かに息を吐いた。
「いかがだった?」
「滝川殿は」
長秀が。
俺を見る。
「三法師様への忠節を示されております」
「ほんと?」
「はい」
俺は。
嬉しくなった。
「仲間?」
「……はい」
長秀が答えた。
「仲間でございます」
俺は。
笑った。
*
だが。
長秀は。
その夜。
なかなか眠れなかった。
三法師の言葉が。
頭から離れなかったからだ。
『滝川さん、困ってる』
『織田の人だから』
『困ってるなら、助ける』
なぜ。
この幼子は。
滝川一益のことを知っていたのか。
なぜ。
今、滝川一益が必要だと判断できたのか。
そして。
なぜ。
自分が苦境にある時。
最も欲しい言葉を選べたのか。
*
長秀は。
ふと。
信長を思い出した。
信長も。
家臣の才能を見つけるのが早かった。
誰が使えるか。
誰が必要か。
誰を残すべきか。
それを。
人並み外れた速さで判断した。
だが。
三法師は。
まだ三歳だ。
それなのに。
自分の力では何もできないことを理解し。
だからこそ。
自分を支えてくれる人間を探している。
しかも。
ただ強い人間を集めているのではない。
今。
織田家からこぼれ落ちそうになっている者を。
「見捨てない」
そう言って拾い上げようとしている。
*
翌朝。
長秀は。
再び三法師の前に現れた。
「丹羽さん?」
「三法師様」
長秀は。
その場に膝をついた。
そして。
深々と頭を下げた。
「改めて。
申し上げたいことがございます」
「なに?」
「私はこれまで。
三法師様をお支えすると申し上げました」
「うん」
「ですが」
長秀は。
顔を上げた。
「昨日までは。
三法師様の御考えに賛同したからでございました」
「……」
「今は違います」
長秀の目には。
迷いがなかった。
「この丹羽長秀。
心より三法師様に忠節を尽くします」
俺は。
少し驚いた。
「……なんで?」
「三法師様が」
長秀は。
静かに答えた。
「織田家を守るという言葉を。
口先だけで仰せになっているのではないと分かったからです」
「……」
「御自身の力では救えぬ者を。
人の力を借りてでも救おうとなされる」
「……」
「そして。
その者が必要だと思えば。
身分も勢力も関係なく。
手を差し伸べる」
長秀は。
わずかに笑った。
「信長公を思い出しました」
「おじいちゃん?」
「はい」
長秀は。
深く頭を下げる。
「ただし」
「?」
「信長公とは、少々違います」
「どこが?」
「信長公は。
天下を取るために人を使われました」
「……」
「三法師様は。
織田家を残すために人を集めておられる」
長秀は。
はっきりと言った。
「私は。
その御志に賭けたいと思います」
そして。
「この命。
織田家のため。
三法師様のために使いましょう」
俺は。
しばらく何も言えなかった。
やがて。
小さな手を差し出す。
「じゃあ」
「はい」
「これからも、よろしく」
長秀は。
その小さな手を。
両手で包んだ。
「こちらこそ」
「……三法師様」
その日。
丹羽長秀は。
ただの協力者ではなくなった。
織田家を残すために。
三法師の隣に立つ。
最初の右腕になった。
*
そして。
三法師の人脈作りは。
ここからさらに大きな賭けへと進んでいく。
俺が次に名前を挙げたのは。
柴田勝家だった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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