第二話 あの記事の主人公
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俺は、秀吉の腕の中で固まっていた。
「三法師様?」
秀吉が俺の顔を覗き込む。
「いかがなされました?」
俺は答えなかった。
答えられなかった。
頭の中が、とんでもない勢いで回転していたからだ。
三法師。
その名前には聞き覚えがある。
だが。
それだけではない。
俺は。
こいつを知っている。
もっと正確に言えば。
俺は、この男について記事を書いたことがある。
*
「……俺が書いた記事」
布団の中で、俺は小さな手を握った。
秀吉に抱き上げられた後、俺は部屋へ戻された。
大人たちは俺のことを心配していた。
突然、知らない男の顔を見て固まったからだろう。
俺自身、それどころではない。
「思い出せ……」
俺は目を閉じた。
あの記事。
数年前。
俺が書いた、人生で一度だけ大当たりした記事。
あの記事の主人公。
「三法師……」
少しずつ記憶が戻ってくる。
資料館。
展示ケース。
説明文。
そして。
俺がパソコンに打ち込んだ文章。
『織田信長の嫡孫、三法師』
「……そうだ」
思い出した。
三法師。
織田信忠の子。
信長の孫。
本能寺の変によって、父と祖父を失った。
そして。
清洲会議。
「清洲会議……」
俺は呟いた。
これから起きる。
いや。
今まさに起きようとしている。
秀吉。
柴田勝家。
丹羽長秀。
池田恒興。
織田家の後継者を巡る争い。
俺はその中で、織田家の後継者として担ぎ出される。
「……」
俺は天井を見た。
「俺、ものすごく面倒なところにいるな」
二歳児の俺には、どうすることもできない。
そもそも。
俺が覚えているのは、歴史の大筋だけだ。
細かいことは知らない。
ただ。
記事を書いた。
だから。
その人生の「大筋」は知っている。
*
記事のタイトルは、思い出せなかった。
だが。
記事を書いたきっかけは覚えている。
資料館で、三法師の名前を見つけた。
俺は最初、
「誰だ、こいつ?」
と思った。
信長の孫。
それだけなら、そこまで珍しくない。
だが。
調べていくうちに、妙なことに気づいた。
この人物。
人生が短い。
しかも。
妙に波乱が多い。
祖父が信長。
父が信忠。
本能寺。
清洲会議。
秀吉。
岐阜城。
関ヶ原。
西軍。
敗北。
高野山。
そして死。
「……」
俺は目を開けた。
嫌な単語が一つずつ浮かんでくる。
「関ヶ原」
知っている。
これは知っている。
徳川家康。
東軍。
石田三成。
西軍。
そして。
「西軍が負ける」
俺は呟いた。
そうだ。
そこまでは覚えている。
俺が書いた記事にも、そのことが書いてあった。
三法師。
いや。
この時代ではまだ三法師。
その後、成長して。
「……何て名前になった?」
俺は眉を寄せた。
名前。
記事の中に書いた。
確か。
「秀……」
秀吉。
羽柴。
「羽柴……秀信」
その名前が、ようやく浮かんだ。
「羽柴秀信」
俺は呟いた。
だが。
妙な違和感があった。
「羽柴?」
俺は考えた。
三法師は織田家の人間だ。
なのに。
なぜ羽柴?
俺はそこで、ようやく思い出した。
秀吉が自分の家臣や一門に羽柴姓を与えていくこと。
そして。
三法師も。
成長した後。
羽柴姓を名乗る。
「……秀吉に、名前を変えられる?」
正確には、姓を変えられる。
俺は唸った。
「嫌だな」
二歳児の感想としては、それが最初だった。
だが。
その「嫌だな」という感情は、意外と大きかった。
俺は織田信長の孫だ。
少なくとも。
俺自身はそう思いたい。
それなのに。
羽柴秀信。
「……俺、織田じゃないの?」
誰に聞くこともできない。
俺は小さな拳を握った。
そのとき。
襖の向こうから声がした。
「三法師様、清洲行きの支度が整いましてございます」
空気が変わる。
羽柴。
秀吉。
その二文字が、やけに重く響いた。
「……どうぞ」
言葉は幼く崩れた。
襖が開く。
家臣たちが慌ただしく動いている。
清洲へ向かう準備。
歴史が動く前触れ。
俺はその中心にいる。
そして。
その中心にいるはずの男は。
すでに俺のすぐそばにいる。
羽柴秀吉。
笑っている。
安心させるように。
だが俺には、その笑顔が別のものに見えた。
支配。
決定。
未来の固定。
俺の人生を、誰かが形作っていく音がした。
*
籠の中で、俺は考えていた。
清洲会議。
ここで全てが決まる。
織田家の未来。
そして。
俺の未来。
だが。
俺はまだ知らない。
この先、俺がただの傀儡で終わるのか。
それとも。
歴史を変える側に回るのか。
ただ一つだけ分かっていることがある。
俺は。
このままでは終わりたくない。
籠の外では、馬の蹄の音が響いていた。
清洲は、もうすぐだった。
そして俺はまだ知らない。
この先、俺の人生で最初に立ちはだかる相手が。
徳川家康でも。
石田三成でも。
柴田勝家でもなく。
目の前で笑っている、この男になることを。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




