第十三話 織田秀信
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第十三話 織田秀信
元服まで。
あと二か月。
俺は。
秀吉のもとへ向かった。
*
大坂城。
広間には。
豊臣家の重臣たちが並んでいた。
石田三成。
加藤清正。
黒田官兵衛。
そして。
徳川家康。
俺は。
一人ずつ顔を見る。
五年前から。
少しずつ。
この人たちとも繋がりを作ってきた。
今日のために。
*
俺は。
秀吉の前まで進み。
深く頭を下げた。
「関白殿下」
「うむ」
「この度は、奥羽平定の功をお認めいただき、官位を賜りますこと、まことにありがたく存じます」
秀吉は。
満足そうに頷いた。
「また、これまで織田家をお支えいただき、今日まで私をお守りくださいましたこと、心より御礼申し上げます」
もう一度。
頭を下げる。
「私はこれからも、関白殿下に臣従し、豊臣家と織田家が末永く共に歩めることを願っております」
*
ここまでは。
何も問題なかった。
秀吉も。
機嫌がいい。
だが。
俺には。
もう一つ。
伝えなければならないことがある。
「その上で」
俺は。
顔を上げた。
「一つ、お願いがございます」
「何じゃ?」
「羽柴の姓を」
俺は。
隣に控える信雄を見る。
「信雄叔父上に、お分けいただきたいのです」
*
広間が。
静まり返った。
「……何?」
秀吉の顔から。
笑みが消えた。
「三法師」
「はい」
「どういう意味じゃ?」
「今回の奥羽平定では、多くの方々に助けていただきました」
俺は。
信雄を見る。
「その中でも、信雄叔父上には、これまで何度も織田家を支えていただきました」
「……」
「ですから、羽柴の姓は叔父上にこそ相応しいと考えました」
*
秀吉の目が。
細くなる。
「では、お主は?」
「私は」
俺は。
はっきり答えた。
「織田の姓を、そのまま頂きとうございます」
*
秀吉の表情が。
険しくなった。
「……逆らうのか?」
低い声だった。
俺は。
すぐに頭を下げる。
「滅相もございません」
「ならば、なぜ羽柴を拒む?」
「拒んでいるのではございません」
俺は。
秀吉を見る。
「別の形で、豊臣家と織田家を結びたいのです」
*
秀吉は。
黙っている。
「私は、関白殿下からいただく官位を、ありがたく頂戴いたします」
「……」
「そして、豊臣家との縁を、さらに深めとうございます」
*
俺は。
頭を下げた。
「関白殿下の御一族の姫と、婚約させていただきたいのです」
*
秀吉の目が。
大きく開いた。
「何じゃと?」
「私が織田を名乗り続ける代わりに、豊臣家の一族として迎えていただきたい」
「……」
「それが、私にできる最大の臣従の証にございます」
*
しばらく。
誰も口を開かなかった。
やがて。
「関白殿下」
三成が。
静かに声を上げた。
「一つ、申し上げてもよろしいでしょうか」
秀吉が。
三成を見る。
「お主も知っておったのか?」
「はい」
「いつからじゃ?」
「かなり前からにございます」
*
秀吉の視線が。
清正へ移る。
「清正」
「はっ」
「お主もか?」
「はい」
「……官兵衛」
「私も存じております」
*
秀吉は。
絶句した。
「お主ら……」
俺は。
少しだけ息を吐いた。
*
五年。
五年かけて。
少しずつ。
豊臣の中にも話を通してきた。
俺は。
豊臣と戦いたいわけではない。
織田を残したいだけだ。
そのためなら。
豊臣と協力する。
その考えを。
何度も伝えてきた。
*
秀吉が。
俺を見る。
「三法師」
「はい」
「お主。
いつからこんなことを考えておった?」
「五年ほど前からです」
「……五年?」
「はい」
「儂に黙って?」
「はい」
*
秀吉は。
頭を抱えた。
「……本当に食えぬ童じゃ」
*
その時。
「父上」
声がした。
豊臣家の姫が。
姿を見せる。
俺は。
その姫を見る。
そして。
秀吉を見る。
*
秀吉は。
しばらく考えた。
やがて。
「……よい」
その一言で。
広間がざわめいた。
「父上!」
「よいと言っておる」
秀吉は。
俺を見る。
「官位は与える」
「ありがとうございます」
「羽柴の姓は、信雄に与える」
「ありがとうございます」
「そして」
秀吉は。
一度言葉を切った。
「豊臣家との婚姻についても。
約定を結ぼう」
俺は。
深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
*
こうして。
俺は。
羽柴秀信には。
ならなかった。
*
正式な名は。
織田秀信。
*
官位を受け。
豊臣家との縁を結び。
それでも。
織田の姓を残した。
*
その日。
俺は。
初めて。
歴史を大きく変えた。
*
そして。
その様子を。
少し離れたところから見ていた男がいた。
徳川家康。
*
家康は。
何も言わなかった。
ただ。
俺を見る目だけが。
少し変わっていた。
*
後になって。
家康は。
こう漏らしたという。
「恐ろしい御方だ」
「まだ八つの童でありながら。
五年先を見て人を動かしておる」
*
俺は。
その時には。
知らなかった。
自分が。
どれほど警戒されているのか。
*
それから。
年月が流れた。
*
俺は。
織田秀信として。
豊臣政権の中で生きた。
朝鮮出兵もあった。
豊臣家内部の争いもあった。
武断派と文治派。
豊臣家臣団の対立。
秀吉の老い。
*
そのたびに。
俺は。
深入りしすぎず。
逃げすぎず。
のらり。
くらり。
と。
かわしていった。
*
そうしているうちに。
秀吉が死んだ。
*
天下の空気が。
一変した。
*
徳川家康。
石田三成。
二人の対立が。
日に日に深くなっていく。
*
俺は。
何度も仲裁に入った。
前田利家も。
同じように動いた。
だが。
利家が死ぬ。
*
その瞬間。
最後の大きな歯止めが。
消えた。
*
家康は。
さらに動いた。
北条。
真田。
そして。
東日本の諸勢力。
少しずつ。
家康の側へ傾いていく。
*
江戸には。
巨大な城が築かれた。
*
俺は。
家康の勢力拡大を。
何度も警戒した。
「家康さん」
「はい」
「やりすぎじゃない?」
家康は。
いつものように笑った。
「天下を安んじるためでございます」
*
だが。
俺には。
分かっていた。
家康は。
天下を狙っている。
*
そして。
ついに。
家康は。
伊達討伐を掲げて。
東へ向かおうとした。
*
「……本当に伊達を討つのかな」
俺が呟く。
長秀が。
静かに首を横に振った。
「おそらく。
それだけではございますまい」
「だよね」
*
家康は。
軍を動かした。
そして。
三成を。
誘い出した。
*
やがて。
報せが届く。
「三成殿が。
兵を挙げました!」
*
俺は。
地図を見る。
西。
東。
それぞれの軍勢。
*
「……関ヶ原」
その名前を。
口にした瞬間。
胸の奥が。
冷たくなった。
*
そして。
ふと。
自分の手を見る。
*
八歳だった。
俺は。
羽柴にならなかった。
織田を残した。
仲間を増やした。
秀吉とも戦わなかった。
歴史を。
何度も変えた。
*
そして。
今。
俺は。
二十一歳になっていた。
*
妻がいる。
子供もいる。
家臣もいる。
織田家も。
まだ残っている。
*
俺は。
窓の外を見る。
あの日。
二歳の俺が。
歴史を知っていたからこそ。
恐れた未来。
*
羽柴秀信。
関ヶ原。
西軍。
敗北。
そして。
死。
*
俺は。
もう。
八歳の頃の俺ではない。
*
二十一年間。
生きてきた。
歴史を変えてきた。
家族もできた。
*
それでも。
関ヶ原は。
起きた。
*
「……あと五年」
俺は。
小さく呟いた。
*
史実なら。
俺は。
あと五年で死ぬ。
*
1605年。
織田秀信。
死去。
*
俺は。
その未来を。
知っている。
*
なら。
今度こそ。
変えなければならない。
*
問題は。
どうやって。
*
俺は。
もう一度。
地図を見る。
*
徳川家康。
石田三成。
そして。
関ヶ原。
*
史実の俺は。
西軍についた。
だから。
今度も。
西軍に行くのか。
*
だが。
今の俺には。
前世にはなかった選択肢がある。
*
東軍。
家康。
これまで敵として警戒してきた男。
*
もし。
俺が。
東軍につけば。
歴史は。
さらに変わる。
*
だが。
それは。
家康に。
天下を渡すということではないのか。
*
俺は。
長い間。
地図を見つめた。
*
「……どうする」
誰に聞くでもなく。
呟く。
*
八歳の俺は。
歴史を変えるために。
仲間を集めた。
十一歳で。
豊臣と戦わずに織田を残した。
その後も。
多くの戦を。
避けてきた。
*
そして。
二十一歳。
俺には。
守るものが増えた。
*
家族。
家臣。
織田家。
そして。
俺を信じてくれた人たち。
*
だから。
ここで。
間違えるわけにはいかない。
*
俺は。
ゆっくりと。
地図から顔を上げた。
*
「史実なら。
俺は西軍に行く」
*
でも。
俺は。
もう。
史実の織田秀信ではない。
*
「なら」
俺は。
拳を握った。
「俺は。
どっちに行けば。
生き残れる?」
*
関ヶ原。
天下を二分する戦が。
始まろうとしていた。
*
そして。
今度は。
俺自身が。
自分の未来を。
選ばなければならない。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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