第十二話 織田の名
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翌年。
俺は。
八歳になった。
そして。
元服まで。
あと二か月となった。
*
そんな俺のもとへ。
一通の書状が届いた。
「三法師様」
長谷川秀一が。
書状を差し出す。
「豊臣殿よりございます」
「秀吉さんから?」
「はい」
俺は。
書状を開いた。
内容は。
元服についてだった。
*
秀一が。
読み上げる。
「此度の奥羽平定における三法師殿の功を賞し……」
俺は。
黙って聞いていた。
「官位を授け」
「……」
「新たなる姓を賜るものとする」
俺は。
そこで。
顔を上げた。
「新しい姓?」
「はい」
秀一が。
一瞬。
俺の顔を見る。
「羽柴」
*
部屋の空気が。
止まった。
*
「……羽柴?」
「はい」
「羽柴秀信と?」
「その御意向かと」
*
俺は。
書状を見つめた。
来た。
ついに。
前世で何度も見た名前。
羽柴秀信。
*
「嫌だ」
俺は。
即答した。
「……三法師様?」
「俺。
羽柴にならない」
*
長秀。
一益。
利家。
秀一。
皆が。
俺を見る。
「三法師様」
長秀が。
静かに尋ねる。
「官位まで拒まれるおつもりですか?」
「官位はもらう」
俺は。
即答した。
「それは。
もらっていい」
「では。
姓だけを?」
「うん」
俺は。
書状を見る。
「羽柴だけは。
嫌だ」
*
長秀が。
しばらく黙った。
「……やはり」
「うん」
「三法師様は。
織田でありたいのですな」
「うん」
俺は。
胸を張った。
「俺は。
織田だから」
*
それは。
意地でもあった。
俺は。
ここまで。
織田家を残すために動いてきた。
丹羽長秀。
滝川一益。
前田利家。
上杉景勝。
北条氏政。
徳川家康。
真田。
伊達。
たくさんの人を。
繋いできた。
*
その中心にあるのが。
織田。
そして。
三法師。
*
だから。
名前だけは。
譲れない。
*
「しかし」
長秀が。
静かに言った。
「これは。
単なる改名ではありますまい」
「うん」
「関白殿下は。
三法師様を。
豊臣家の傘下にある大名として。
天下に示したいのでしょう」
*
俺は。
頷いた。
「だから。
羽柴になるのが嫌なんだ」
*
でも。
断れば。
どうなる?
*
秀吉は。
西日本を制した。
俺たちは。
東日本を押さえている。
今は。
互いに戦わず。
それぞれの勢力を維持している。
*
俺が。
「羽柴にはなりません」
それだけで。
その関係が。
崩れる可能性がある。
*
「戦争になるかもしれない」
一益が。
呟いた。
「うん」
俺は。
頷いた。
「だから。
それも嫌」
*
俺は。
地図を見る。
織田。
豊臣。
上杉。
北条。
徳川。
真田。
前田。
伊達。
*
この国を。
二つに割るような戦は。
もう。
したくなかった。
*
「どうする?」
俺は。
皆を見る。
誰も。
すぐには答えられなかった。
*
その時。
「三法師」
聞き慣れた声がした。
*
「信雄叔父さん?」
振り返る。
そこには。
織田信雄が立っていた。
*
信雄は。
俺の手元にある書状を見る。
「……羽柴姓か」
「うん」
俺は。
少し俯いた。
「俺。
嫌なんだ」
「そうか」
「でも。
断ったら。
秀吉さんと戦うかもしれない」
「……」
「俺。
戦いたくない」
*
信雄は。
しばらく黙っていた。
そして。
「ならば」
静かに。
口を開いた。
「私が貰おう」
「……え?」
俺は。
顔を上げた。
「羽柴の姓を」
信雄が。
俺を見る。
「私が名乗ればよい」
*
「叔父さんが?」
「そうだ」
「でも……」
俺は。
言葉を失った。
*
信雄は。
笑った。
「何を驚いている」
「だって。
俺のために?」
「当然だろう」
*
信雄は。
俺の頭に。
そっと手を置いた。
「お前が。
織田でいたいというなら。
それでよい」
「……」
「お前を守るためなら。
私は羽柴姓くらい。
喜んで名乗ろう」
*
胸の奥が。
熱くなった。
*
前にも。
この人は。
俺を救ってくれた。
小牧・長久手の時。
秀吉と講和した時。
織田家の実権を。
俺に残した時。
*
そして。
今も。
*
「叔父さん……」
俺には。
信雄が。
救世主に見えた。
*
「それなら。
俺は織田のままでいられる?」
「もちろんだ」
「秀吉さんも。
怒らない?」
「私が羽柴を名乗ることで。
関白殿下の顔も立つ」
信雄は。
笑った。
「お前が羽柴にならずとも。
豊臣家との縁は示せる」
*
「……そっか」
俺は。
ようやく。
息を吐いた。
*
だが。
「三法師様」
長秀が。
静かに口を開いた。
「一つ。
問題がございます」
「なに?」
「それだけでは。
おそらく足りませぬ」
*
俺は。
長秀を見る。
「どうして?」
「関白殿下が。
欲しているのは。
姓そのものではないからです」
「……」
「天下に対して。
三法師様と豊臣家との繋がりを。
明確にしたいのでしょう」
*
長秀は。
少し考えてから。
言った。
「ならば。
姓よりも強い繋がりを。
作ればよいのでは?」
「姓より強い?」
「はい」
長秀は。
俺を見る。
「婚姻です」
*
「……婚姻?」
「豊臣殿の御一族。
あるいは御養女となった姫を。
三法師様の正室とするのです」
*
俺は。
固まった。
「秀吉さんの娘と?」
「そのような形であれば。
豊臣家と織田家の結びつきは。
羽柴姓以上に明確になります」
*
俺は。
考えた。
確かに。
秀吉が。
俺を羽柴にする理由は。
俺を。
豊臣の側にいると。
天下へ示したいから。
*
なら。
羽柴にならなくても。
豊臣家と。
深い縁があると示せれば。
秀吉は。
羽柴姓に。
こだわる必要がなくなる。
*
「……婚約なら」
俺は。
呟いた。
「俺。
やる」
長秀が。
少し驚く。
「よろしいのですか?」
「うん」
俺は。
頷いた。
「羽柴にならないためなら。
何でもする」
*
信雄が。
苦笑する。
「何でも、か」
「うん」
「後悔するぞ?」
「羽柴になるより。
ずっといい」
*
長秀が。
静かに笑った。
「では。
道は見えてまいりましたな」
*
俺は。
書状を見る。
そこには。
『羽柴』
と書かれている。
*
俺は。
その文字を。
そっと伏せた。
「官位はもらう」
「はい」
「豊臣さんとも。
仲良くする」
「はい」
「信雄叔父さんにも。
羽柴になってもらう」
信雄が。
苦笑する。
「構わぬ」
「そして」
俺は。
拳を握った。
「俺は。
織田のまま」
*
元服まで。
あと二か月。
*
まだ。
秀吉は。
俺が羽柴を名乗ると思っている。
*
なら。
この二か月で。
秀吉自身に。
「三法師は織田のままでよい」
そう言わせればいい。
*
俺は。
長秀を見る。
「行こう」
「どちらへ?」
「秀吉さんのところ」
「もう交渉を?」
「ううん」
俺は。
笑った。
「その前に。
もっといい条件を作る」
*
俺は。
初めて。
元服の日を。
楽しみに思った。
*
織田三法師として。
大人になる日。
そして。
羽柴秀信という名前を。
歴史から。
消すための日にする。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
そちらもよろしかったらご一読ください。




