第十一話 奥羽を包む
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さらに。
二年が経った。
俺は。
七歳になった。
この二年で。
日本は。
また大きく変わった。
*
羽柴秀吉。
いや。
今では。
豊臣秀吉。
秀吉は。
関白となった。
そして。
豊臣姓を名乗った。
*
紀州。
四国。
そして。
九州。
秀吉は。
次々と戦を進めた。
気がつけば。
西日本のほとんどが。
豊臣の支配下に入っていた。
*
俺たちも。
無理に逆らうことはしなかった。
上杉景勝。
徳川家康。
北条氏政。
そして。
俺。
織田三法師。
*
四人は。
豊臣秀吉の前で。
膝を折った。
*
秀吉は。
俺たちが。
もっと抵抗すると思っていたらしい。
俺が頭を下げた瞬間。
秀吉の顔には。
明らかに。
嫌そうな表情が浮かんだ。
「……三法師様」
「はい」
「ずいぶんと。
素直でございますな」
「秀吉さん。
強くなったから」
「……」
秀吉の笑顔が。
一瞬。
引きつった。
*
俺は。
秀吉に逆らうつもりはなかった。
今の秀吉は。
西日本をほぼ掌握している。
ここで戦えば。
多くの人が死ぬ。
それに。
俺たち四人が。
まとめて敵になる必要もない。
*
秀吉も。
俺たちを。
無理やり従わせることはしなかった。
関白となった秀吉にとって。
東日本の大勢力を。
一度に敵に回すのは。
得策ではない。
*
そこで。
俺たちは。
豊臣政権の中枢に。
大老として迎えられた。
俺。
織田三法師。
上杉景勝。
徳川家康。
北条氏政。
四人が。
豊臣政権の中で。
大きな発言力を持つ。
*
そして。
残った。
東北。
*
奥羽には。
まだ。
豊臣の支配が及んでいない。
その中心に。
伊達がいる。
*
俺は。
何度も。
伊達へ書状を送った。
『伊達殿。
織田・上杉・北条・徳川の協力関係に。
加わっていただきたい』
『無用な争いは避けたい』
『共に東北を守りたい』
『一度、お話をしたい』
*
返事は。
ない。
*
「また?」
「返事はございません」
長谷川秀一が答える。
「何通目?」
「五通目でございます」
「……」
俺は。
机に突っ伏した。
*
そんなある日。
豊臣家から。
使者が来た。
*
使者は。
俺の前に座ると。
頭を下げた。
だが。
その声音には。
遠慮がなかった。
「織田三法師殿へ。
関白殿下より。
御命令を申し渡します」
*
長秀の顔が。
険しくなる。
「奥羽の伊達が。
未だ豊臣家への服属を拒んでおります」
「……」
「よって。
織田三法師殿には。
奥羽征伐の先鋒を。
命じられます」
*
「俺が?」
「はい」
「伊達と戦うの?」
「必要とあらば」
使者は。
淡々と続ける。
「関白殿下は。
織田三法師殿が。
豊臣家に従う大名であることを。
天下に示されることを。
お望みでございます」
*
俺は。
小さな手を握った。
「断ったら?」
使者は。
表情を変えない。
「関白殿下の御命令に。
背かれるということでしょうか」
*
長秀が。
一歩前へ出ようとする。
俺は。
それを止めた。
「分かった」
「三法師様!」
「出陣する」
*
使者が去った。
長秀が。
俺を見る。
「戦われるおつもりですか?」
「……」
俺は。
首を振った。
「戦いたくない」
「では?」
「伊達さんを。
殺したくない」
*
俺は。
地図を広げた。
奥羽。
その南には。
北条。
西には。
上杉。
さらに南には。
徳川。
信濃には。
真田。
北陸には。
前田。
そして。
俺の織田。
*
「みんなで行く」
「……」
「大軍で」
「……」
「でも。
戦わない」
*
長秀が。
俺を見る。
「包囲するのでございますか?」
「うん」
「攻撃せず」
「うん」
「降伏を促す」
「うん」
*
俺は。
小さく笑った。
「豊臣に。
力を見せる」
*
すぐに。
書状が飛んだ。
上杉景勝へ。
北条氏政へ。
徳川家康へ。
真田繁信へ。
前田利家へ。
そして。
織田家。
*
返事は。
早かった。
誰も。
断らなかった。
*
やがて。
奥羽へ向けて。
軍勢が集まり始めた。
*
最初に。
俺の目に入ったのは。
徳川勢だった。
「……多い」
俺が呟く。
長秀が。
苦笑する。
「これでも。
家康殿からすれば。
控えめな方かもしれませぬ」
*
その隣。
上杉勢。
さらに。
北条勢。
*
そして。
真田。
前田。
織田。
*
気がつけば。
地平線が。
旗で埋まっていた。
*
家康が。
馬上から。
周囲を見渡した。
「……これは」
家康の顔が。
珍しく。
引きつっている。
「三法師様」
「なに?」
「少々。
集めすぎではありませんかな」
*
俺は。
首を傾げた。
「そう?」
「そうです」
家康は。
苦笑した。
*
上杉景勝も。
黙って。
軍勢を眺めている。
「……」
しばらくして。
「三法師様」
「はい」
「これほどの兵を。
奥羽へ動かすとは」
「うん」
「私は。
伊達殿が気の毒になってまいりました」
*
北条氏政も。
同じだった。
「上杉殿」
「はい」
「我らは。
戦うために来たのでしたな?」
「そのはずです」
「……」
二人は。
目の前の大軍を見る。
「戦う必要。
ありますかな?」
「……私も。
そう思います」
*
その後ろ。
前田慶次が。
馬上から。
大軍を眺めていた。
「……つまらねえ」
隣にいた。
真田繁信が。
振り返る。
「何がです?」
「これだよ」
慶次は。
集まった軍勢を指差す。
「こんな大軍で。
城を囲んだら。
誰が戦うんだ?」
「いや」
繁信は。
真顔だった。
「戦わなくて済むなら。
その方がいいでしょう」
「お前。
本当につまらんな」
「慶次殿は。
ふざけすぎです」
「だが」
繁信は。
もう一度。
軍勢を見た。
「私は。
この軍勢に加われて。
本当に良かったと思っています」
「ほう?」
「信濃一国だけで。
この時代を生き残るのは。
容易ではありません」
繁信は。
小さく息を吐いた。
「これだけの大勢力が。
味方についている」
「……」
「これほど心強いことはありません」
慶次は。
少しだけ。
繁信を見る。
「お前。
やっぱり真面目だな」
「はい」
「つまらねえ」
「褒めているのですか?」
「まったく」
*
俺は。
その二人を見ながら。
少し笑った。
性格が。
本当に違う。
でも。
どちらも。
俺の周りにいる。
*
やがて。
奥羽。
*
俺たちの軍勢は。
伊達領へ入った。
攻撃は。
しない。
火も。
放たない。
矢も。
撃たない。
ただ。
進む。
*
北から。
上杉。
東から。
北条。
南から。
徳川。
信濃から。
真田。
北陸から。
前田。
西から。
織田。
*
伊達の城を。
巨大な輪が。
包んだ。
*
家康が。
もう一度。
周囲を見る。
「……本当に。
これだけの兵を集めて。
攻撃しないのですか?」
「うん」
「三法師様」
「なに?」
「恐ろしいことを。
考えられますな」
俺は。
首を傾げた。
「誰も死なないよ?」
家康は。
苦笑した。
「それが。
一番恐ろしいのでございます」
*
上杉景勝も。
小さく頷いた。
「三法師様の御考え。
理解いたしました」
*
北条氏政は。
遠くの城を見る。
「これほどの軍勢を前に。
籠城する意味もありませんな」
*
俺は。
書状を書いた。
伊達へ。
『伊達殿。
私は。
貴家と戦うために。
ここへ来たのではありません。
関白殿下から。
出陣を命じられました。
ですが。
私は。
人を殺したくありません。
だから。
この軍勢を。
すべて。
貴家の前に置きます。
戦えば。
多くの人が死にます。
しかし。
門を開いていただければ。
私は。
伊達家を残します。
領地も。
家臣も。
家名も。
できる限り。
守ります。
三法師』
*
書状が。
伊達へ届いた。
*
俺たちは。
待った。
一日。
二日。
三日。
*
慶次が。
欠伸をする。
「まだか?」
繁信が。
睨む。
「慶次殿。
もう少し静かに」
「暇なんだよ」
「戦がないのですから。
良いではありませんか」
「それがつまらねえんだ」
「私は。
その方がいい」
*
やがて。
「三法師様!」
使者が。
駆けてきた。
「伊達殿から。
返書がございます!」
*
俺は。
すぐに開いた。
短い。
だが。
はっきりしていた。
『戦う理由なし。
城門を開く。
伊達家の存続を願う。』
*
「……よかった」
俺は。
小さく息を吐いた。
*
誰も。
死ななかった。
誰も。
傷つかなかった。
それでも。
伊達は。
俺たちの前に。
門を開いた。
*
俺は。
城へ入った。
伊達の家臣が。
深々と頭を下げる。
「伊達家。
これより。
御意に従います」
「うん」
俺は。
頷いた。
「戦わなくて。
よかったね」
「はい」
*
その報せは。
すぐに。
大坂へ届いた。
*
「戦わずして。
伊達が降った?」
秀吉は。
報告書を握ったまま。
黙っていた。
*
関白豊臣秀吉。
西日本を。
ほぼ手中に収めた男。
その秀吉が。
俺に命じた。
奥羽を征伐しろ。
*
そして。
俺がやったことは。
征伐ではなかった。
*
俺は。
上杉。
北条。
徳川。
真田。
前田。
織田。
すべてを。
一つの場所へ集めた。
*
家康も。
景勝も。
氏政も。
最初は。
その大軍を見て。
引いていた。
慶次は。
つまらないと。
ぼやいていた。
繁信は。
その大軍に加われたことを。
心から喜んでいた。
*
そして。
俺は。
誰一人。
死なせなかった。
*
戦わずに。
勝った。
*
俺は。
大坂へ送る報告書を。
長秀に渡した。
「これでいい?」
長秀は。
書状を確認してから。
静かに笑った。
「はい」
「秀吉さん。
怒るかな?」
「……」
長秀が。
少し考える。
「おそらく。
複雑な御心境でしょうな」
「どうして?」
「御命令通り。
伊達は従いました」
「うん」
「しかし」
長秀は。
遠くを見る。
「関白殿下が。
最も見せたくなかったものも。
同時に見せてしまいました」
「なに?」
「三法師様が。
どれだけの人を。
一声で動かせるのかを」
*
俺は。
少しだけ。
考えた。
俺自身には。
大した力なんてない。
七歳。
剣も。
まだまともに振れない。
でも。
俺の周りには。
力を貸してくれる人がいる。
*
上杉。
北条。
徳川。
真田。
前田。
織田。
そして。
伊達。
*
俺は。
奥羽の空を見上げた。
「……仲間。
増えたね」
長秀が。
笑う。
「はい」
「でも」
俺は。
少し困った顔をした。
「また。
揉めそう」
「……」
長秀が。
黙った。
たぶん。
その通りだった。
*
俺は。
まだ七歳。
それでも。
少しずつ。
分かってきた。
国を取るのは。
兵だけじゃない。
人を殺さず。
相手の家を残し。
敵だった者にも。
生きる場所を与える。
そうすれば。
いつか。
敵だった人間も。
味方になってくれる。
*
そして。
俺が集めてきた人たちは。
今や。
日本の東半分を。
巨大な輪のように。
繋いでいた。
*
西には。
豊臣秀吉。
東には。
俺たち。
*
天下は。
二つに。
分かれ始めていた。
*
俺は。
まだ知らなかった。
この奥羽征伐が。
豊臣秀吉にとって。
俺を試すための命令だったことも。
そして。
俺がその命令を。
想像以上の形で。
利用してしまったことも。
何より。
秀吉が。
この日から。
俺を。
ただの織田家当主としてではなく。
一人の。
「天下を争う相手」として。
見るようになったことも。
最後までお読みいただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
ぜひ、感想やコメントをもらえたら嬉しいです。
また、おかまバー〈ゴールデン戦国〉の夜話 ― 推し義龍様と転生ママ ―も連載中です。
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