第3話 清洲城
向かう先は、清洲城だった。
村を出て街道へ入ると、すでに人の流れが大きく変わっていた。
村々から集められた兵が列をなし、兵糧を積んだ荷車が重い音を立てて進んでいる。その脇を、馬に乗った伝令が急ぎ足で駆け抜けていく。
普段なら農作業へ向かう人々の姿が見える道も、この日は違った。
人も物も、すべてが戦へ向かって動いていた。
その流れの中を、新介と小平太は並んで歩いていた。
「おい、新介」
「なんだ」
「そんな顔してたら、信長様の前で腰抜かしたと思われるぞ」
小平太が横から顔を覗き込む。
「笑い事じゃない」
「だから笑うんだ」
小平太は豪快に笑った。
その声につられるように、新介の口元にもわずかな笑みが浮かぶ。
しばらく歩いてから、新介は前を向いたまま尋ねた。
「……小平太」
「ん?」
「怖くないのか」
小平太はすぐには答えなかった。
街道の先へ目を向けたまま、少しだけ考えるように黙っている。
やがて、肩をすくめた。
「怖ぇよ」
意外な答えだった。
「怖くねぇ奴なんざ、長生きできねぇ」
小平太は笑った。
「だから飯も食うし、仲間と馬鹿話もする。そうしてりゃ、少しは腹も据わる」
新介は思わず笑った。
「……そういうものか」
「そういうもんだ」
小平太は前を向いた。
「戦なんざ、好きな奴はいねぇ」
その言葉の意味を、新介はしばらく考えていた。
やがて街道の向こうに、清洲城の姿が見えてくる。
城へ近づくにつれて人の数はさらに増えた。
兵糧を運ぶ者。
武具を整える者。
馬の世話をする者。
あちこちから人の声が聞こえ、城下は普段とは比べものにならないほど騒がしい。
それでも、慌てている者はいなかった。
騒がしさの中に、妙な静けさがあった。
誰もが、これから始まる戦の近さを知っているからなのだろう。
「小平太!」
城門の向こうから声が飛んできた。
「遅いぞ!」
「迎えに行ってたんだ!」
小平太は笑いながら声を返し、新介の肩を軽く叩いた。
「こいつを連れてきた」
新介は軽く頭を下げた。
「毛利新介です」
二人が城門をくぐる。
広間の前には、すでに多くの馬廻衆が集まっていた。
若い者もいれば、年嵩の者もいる。
だが、誰も必要以上に言葉を交わさなかった。
武具を確かめる者。
仲間と短く言葉を交わす者。
黙って立ち尽くす者。
それぞれが、それぞれのやり方で戦を待っていた。
緊張は、声ではなく空気に滲んでいた。
その時だった。
城内のざわめきが、ふっと途切れた。
誰かが命じたわけではない。
それでも、人の波が静かに左右へ開いていく。
小平太の笑みも消えた。
その表情を、新介は初めて見た。
やがて、静かな足音が近づいてくる。
一人の男が姿を現した。
織田信長だった。
信長は何も言わず、兵たちの間を歩いていく。
急ぐこともない。
威張ることもない。
ただ、そこに並ぶ一人ひとりの顔を静かに見ていた。
新介は背筋を伸ばした。
信長が自分の前を通り過ぎる。
そう思った。
だが、信長の足が止まった。
視線が、新介へ向く。
新介は思わず息を詰めた。
信長は、しばらく何も言わなかった。
ただ、新介の顔を見ている。
その目から逃れられない。
やがて、信長は静かに口を開いた。
「そなた、恐れておるな」




