第16話 見事
雨を裂くように、小平太が笑った。
「行くぞ!」
返事を待たずに地を蹴る。槍が唸り、義元の刀がそれを迎えた。鋭い金属音が豪雨の中へ響き、二人の間で刃と穂先が幾度も交わっていく。
小平太は間合いを詰めながら、休むことなく槍を繰り出した。義元は退かない。穂先を払い、柄を弾き、ときにはわずかに身を捻るだけで突きを外していく。
小平太が一歩踏み込めば、その先には義元の太刀がある。
槍をかわくだけではない。
小平太が次にどこへ踏み込むのか、その動きまで読んでいるようだった。
新介は二人の攻防を横から見つめていた。
義元には隙がない。
小平太が攻めれば攻めるほど、その動きを受け止めながら、次の一手を待っている。
小平太が再び突いた。
義元が槍を払う。
穂先が外へ流れた。
小平太はすぐさま柄を返し、横薙ぎに払う。義元は刀を立てて受けた。重い音が響き、二人の足が同時に泥へ沈む。
その瞬間だった。
小平太の目が変わった。
ほんのわずか、義元の右肩が開いている。
小平太は、それを見逃さなかった。
「――そこだ!」
腰を落とし、足を踏み込む。
全身の力を、槍の穂先へ乗せた。
これまでとは違う。
ただ速いだけの突きではない。義元の逃げ道そのものを塞ぐような、一撃だった。
義元が動く。
だが、間に合わない。
槍先が陣羽織を裂き、そのまま脇腹へ食い込んだ。
浅く肉を抉り、雨の中へ赤いものが滲んでいく。
小平太の目が見開かれた。
届いた。
確かに届いた。
義元は一瞬だけ傷口へ目を落とした。
そして、ゆっくりと小平太を見る。
「見事」
声に、皮肉はなかった。
敵の一撃を、そのまま武人として認める言葉だった。
小平太は歯を見せて笑った。
「へっ……」
だが、その瞬間だった。
義元の左手が伸び、槍の柄を掴んだ。
「なっ――」
小平太が槍を引く。
しかし、動かない。
義元の腕に、静かに力が込められる。
次の瞬間、太刀が閃いた。
乾いた音が豪雨を突き抜ける。
義元の刃が槍の柄を断ち割り、折れた穂先が泥へ突き刺さった。小平太の手には、短くなった柄だけが残る。
一瞬、小平太の動きが止まった。
その隙を、義元は逃さなかった。
踏み込む。
返す刀が走った。
小平太は咄嗟に身を引く。
だが、わずかに遅れた。
刃が膝を捉える。
鋭い痛みが足を貫き、血が雨の中へ散った。
小平太の身体が大きく揺れる。
「小平太!」
新介が踏み出した。
その瞬間、義元の眼差しが新介を捉えた。
新介の足が止まる。
左近とは違う凄みを感じた。
先ほどまで小平太と何度も刃を交わしていたというのに、義元は一度として大きく崩れていない。
そして今、小平太の渾身の一突きを受けながら、傷を負ったことさえ意に介さぬように反撃へ転じた。
新介は息を呑んだ。
これが、大将なのか。
これが、今川義元という男なのか。
小平太は膝から流れる血を一度だけ見下ろした。
それでも、笑った。
「……まだ終わっちゃいねぇ」
折れた槍を泥へ投げ捨て、腰の刀へ手を掛ける。
新介も刀を握り直した。
豪雨の中、二人はなお義元の前に立っていた。




