表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/23

第10話 本陣突入

 豪雨の中を、織田勢は駆けていた。


 泥が跳ね、槍が雨を裂く。怒号は激しい雨音に呑まれ、隣を走る兵の姿さえ、時折、白い雨幕の向こうへ消えていく。


 それでも、誰も足を止めなかった。


 新介も槍を握り締め、前だけを見て走った。


 その時、雨の向こうから今川兵が一人、突然姿を現した。


 槍が突き出される。


 新介は反射的に身をかわし、そのまま懐へ踏み込んだ。槍を返し、穂先を突き込む。


 男が泥の中へ崩れ落ちた。


 新介は足を止めなかった。


 後ろから続く馬廻衆が、その脇を駆け抜けていく。倒れた敵を踏み越え、ぬかるみに足を取られながらも、兵たちは前へ前へと押し寄せていった。


「止まるな!」


 どこかで信長の声が響いた。


 姿は見えない。


 それでも、その一声だけは豪雨の中を通り抜け、兵たちの背を押した。


 新介は前を走る味方の背を追った。


 何が起きているのか、すべてを見ている余裕などない。倒れた兵を飛び越え、泥に足を取られてよろめき、それでも槍を握り直して走る。


 横では、小平太が敵兵を薙ぎ払っていた。


 その槍は重く、一突きごとに今川兵を押し退けていく。


「新介!」


 小平太は振り返りもせず叫んだ。


「遅れるな!」


「おう!」


 新介は短く答えた。


 息が苦しい。


 胸の奥で心臓が激しく打っている。槍を握る手にも、わずかな震えがあった。


 それでも、新介は走った。


 前方から敵兵が二人、雨の中へ姿を現した。


 一人の槍を払い、もう一人が振り下ろした刀を身を引いてかわす。その瞬間、横から一人の織田兵が飛び込み、敵兵へ組み付いた。


「行け!」


 名も知らぬ兵だった。


 新介は一度だけ頷き、そのまま駆け抜ける。


 背後で、金属のぶつかる音が響いた。


 振り返らなかった。


 振り返れば、足が止まる。


 足が止まれば、前へ進めない。


 今はただ、前へ出るしかなかった。


 義元のいる場所へ。


 雨脚は少しも衰えない。


 本陣へ近づくにつれ、立ちはだかる今川兵の数も増えていった。奇襲によって戦列は乱れている。それでも兵たちは容易には崩れず、次々と槍や刀を構えて織田勢の前へ立ちはだかる。


 新介は槍を振るい、泥を蹴った。


 敵の刃が頬を掠める。


 身を捻り、槍を突き出す。


 また一人が倒れた。


 その向こうへ目を凝らす。


 何かが見える。


 雨に霞んだ、大きな影だった。


 小平太も、それに気づいたらしい。


 前を走っていた足が、わずかに緩んだ。


「新介!」


 新介も顔を上げた。


 豪雨の向こうに、大きな陣幕が浮かんでいる。


 風に煽られた幕の隙間から、旗の影が見えた。その周囲には、なお多くの今川兵が集まり始めている。


 小平太は槍を握り直した。


 いつもの笑みは、もう消えていた。


「……行くぞ」


「ああ」


 二人は並んで槍を構えた。


 胸の奥で、鼓動が大きく鳴る。


 あの陣幕の向こうに、敵の総大将がいる。


 今川治部大輔義元。


 その名を思った瞬間、新介の喉がわずかに鳴った。


 ここまで来た。


 もう、後ろへは戻れない。


 小平太が陣幕を見据えたまま、一歩前へ出る。


「俺が先に行く」


 新介が小平太を見る。


「任せる」


「おう」


 短く答えると、小平太は槍を構えた。


 次の瞬間、雨を裂くように駆け出した。


 新介も、その後を追う。


 豪雨の向こうで、今川の旗が大きく揺れている。


 本陣は、もう目の前だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ