084 二階の増設と休憩室
「そろそろ失礼するよ。世話になったな」
食事を終えたアルテさんが席を立ち、ルーナを抱き上げる。
すっかり暗くなった空からは、いまだドカ雪が降り続いていた。
「まだ雪が降ってますし、休んでいってください」
「でも、これ以上世話をかけるわけには……」
「こんな夜に店から追い出したとなっては、信用に関わりますよ」
何より、店を出てどこに行くというのか。
必死に理由を考えながら、アルテさんが出ていくのを引き止める。
「大雪で危ないから、今夜はヒューとティオも店に泊まるんです」
「彼らは従業員だからで、私は――」
「大切なお客様です」
「…………」
絶対に、押し負けてはいけない。
少し気は引けるが圧をかけるような口調で話すと、アルテさんは押し黙る。
「……ふっ……金も払ってないのに、客だなんて……」
「それに、泊る部屋もあるので安心してください」
そう言って手を洗い、俺はセルフレジへと向かう。
「店長……? もしかして――」
ヒューは俺が何をしようとしているか、すぐに察したようだった。
そんなヒューにニコっと笑顔を送り、俺はセルフレジのダンジョン拡張ページを開く。
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→二階フロア拡張:500万マジカ
フロア拡張に伴う活動必要マジカ:+20万マジカ/月
→休憩所拡張:100万マジカ
→ダム拡張:20万マジカ
フロア拡張に伴う活動必要マジカ:+10万マジカ/月
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欲しいのは休憩所だけど、二階を拡張するなら営業でも使おう。
ダムも含めて、二階の設備を全部タップする。
≪設備拡張分のマジカを受領します≫
音声アナウンスが流れ、自動でレジのドロアーが開く。
その上には、マジカを吸い込む異空間。
いつものようにジャラジャラとマジカを吸い込む。
「なっ……一体何が起きたんだい!?」
引き気味で狼狽える、アルテさん。
まぁ、すごい金額が一気に吸い込まれていくからね。
店の拡張とかトンネル設置で慣れたとはいえ、俺もちょっと痛みを感じるくらいだ。
≪マジカの受領完了≫
≪いたりあ食堂ピコピコ 拡張します≫
店の入口を入ってすぐ右の壁——かつて二階に続く階段があった場所が光りながら、奥に広がっていく。
まもなく店の拡張が完了し、二階への階段が現れた。
ヒューが頭を掻きながら、呆れた声でつぶやく。
「ったく。本当にお人よしなんスから、店長は」
「あははは。アルテさん、こちらへどうぞ」
「?」
不思議そうな顔のアルテさんを案内しながら、二階へとあがった。
新たに現れた二階は、現代の店の間取りそのもの。
大人数向けの掘りごたつが六席、大きな窓から外の景色がよく見える。
一番奥には、ワインセラーやドリンクバーのついた簡易キッチン。
「広い……二階にも、こんなに客席があったんだね」
「ええ」
客席を見回すアルテさんを連れて、簡易キッチンまで進む。
簡易キッチンの更に奥に、従業員用の休憩室がある。
「この奥が従業員の休憩室になってるんです。足元、段差に気を付けて下さいね」
「あ……ああ」
休憩室は八畳のたたみ部屋で、ユニットバスもついたワンルーム。
すぐに泊まれるか、俺は布団や水回りを確認していく。
「風呂トイレ、よし。確か布団も……あったあった」
懐かしさが込み上げてくるほど、現実世界での休憩室そのものだな。
起業前の忙しい時期に、この部屋によく社長と一緒に泊まってたっけ。
押し入れに入っていた布団が新品で、余計に感傷に浸ってしまう。
「……どうかしたのか?」
「あ、いえ。今夜はこちらでお休みください。お風呂とトイレも、自由に使ってもらって大丈夫ですよ」
少し泣きそうなのを誤魔化すように、俺は布団を敷いていく。
ルーナちゃんはアルテさんと一緒に寝るかもしれないけど、一応二枚分の布団を用意した。
「その……本当にいいのか? 私は何も……金も払えないんだぞ」
本当に泊まれると実感が湧いたのか、アルテさんが不安そうに問いかける。
「いいんですよ、そんなこと」
「なんで……?」
不安と不信の目で、見つめてくるアルテさん。
ただ目の前の人を助けるために、自分に出来ることをしたいだけなんだけど——彼女はそんな考えを、信じないのかもしれない。
それなら——
「俺は古い人間なので、人助けも仕事のうちと習ってるんです」
「…………」
「だから、気にしないでください」
あまり納得した様子ではない、アルテさんの沈黙。
そんな彼女に水道や電気の使い方を一通り教えて、俺は自分の部屋に戻る。
「おかえりなさい、店長」
「あれ? まだ起きてたの、ヒュー」
「いや、まぁ……気になるじゃないっスか。あ、ティオはもう寝かしたっス」
「そうか、ありがとう」
アルテさんたちが心配だったのだろう、部屋ではヒューが待ち構えていた。
ひとまずティオが寝ているのを確認して、俺たちはリビングのソファに腰掛ける。
「その……これからどうするんスか? 二人のこと」
「しばらくは、うちで休んでもらおうと思う」
あんな小さな子がいては、しばらく働くのは難しいだろう。
それに酷く思い詰めていたし、一人にするのは心配だ。
「良かったぁ! いやぁ、あの様子じゃ母子で野垂れ――って感じだったスから」
「まぁ、確かに」
二人の処遇を聞いて安心したのか、嬉しそうに軽口を叩くヒュー。
「やはり片親で働くのは難しいのか?」
「そりゃあ! 特にアルテは冒険者っスからねぇ。子どもを連れての仕事は、まず無理でしょ」
「子どもを預けるとかは、できないのか?」
「預ける……」
急にヒューが黙り込み、深刻そうな顔になる。
何かまずいことを、聞いてしまったのだろうか?
話題を変えようかと考えていると、ヒューがゆっくりと説明を始めた。
「イサナ聖教会に預けるということは、親子の縁を失うという事っスからね……」
「えっ!?」
思いがけない、重い話。
俺としては、保育園とかベビーシッター的なものを想像してたのに……。
「もっとこう、一時的に子どもの面倒みてもらえる施設とか、子守りしてくれる人とか……そういうの、無いの?」
「なんすスかそれ。面倒の見れない子どもはイサナ聖教会の子となって、親と会うことも、自分が親だと知らせることも禁止されるんですよ」
「お、おう……」
とんでもないカルチャーショック……。
だからアルテさんは、あんなに過剰なほど大事そうにルーナちゃんを傍に置いてたのか。
「アルテはきっと、死んでもあの子を手放さないだろう」
「そうか……旦那さんと、仲良かったんだな」
「ああ……すごく、な」
なんだか、やるせない話だな。
これからアルテさんたち、どうしよう……。





