085 ココアと約束
『いたりあ食堂ピコピコ ~レトロゲーに転移した俺は、平和に料理を作りたい~1』発売中
「んんん――」
寝ぼけて伸びをすると、首肩がバキバキと音をたてた。
俺はぼんやり、いつもと違う天井の景色に思考を巡らせる。
「ああ……ソファで寝てたんだっけ……あたたた」
ベッドはティオに貸して、俺はリビングのソファで寝たんだった。
脳が覚醒してきたところで、腰の痛みに気づく。
まだ夜みたいだが、このまま寝続けるのは無理だと体が訴える。
仕方なくフラフラと立ち上がり、軽くストレッチ。
「雪……まだ降ってるのかな……」
立ち上がったついでに、窓から外の様子を確認する。
町はすっかり雪国のようになっているが、雪は止んでいた。
ふと視線を落とすと、前の道に店の灯りが――
「あれ……キッチンの電気、消し忘れたっけ……」
目をこすって確認するも、やはり道を照らしているのは店の灯りだ。
「仕方ない……行くか……」
フラフラする眠い体を引きずりながら、俺は店への階段を降りる。
そしてキッチンに入ると、カウンターの向こうにアルテさんの姿が見えた。
「あれ? アルテさん……」
セルフレジの前で、ジッとレジを——ドロアーを見つめるアルテさん。
眠っているルーナちゃんを抱え、旦那さんのボロボロのマントを纏って。
「どうかされましたか?」
「……あんたは、心配しないのか?」
俺が店に降りてきたことは、とっくに気づいていたのだろう。
声をかけるとすぐに、こちらに問い返してきた。
「私が店の金を盗んで、逃げるんじゃないか――って」
鋭い目つきで、アルテさんは俺を睨みつける。
よほど生活に困っていたのだな。
レジに入っている金を盗んだところで、子どもと暮らしていればすぐ底をつくだろうに……。
なるべくアルテさんを刺激しないよう、俺はゆっくりと彼女に近づき並び立つ。
「おそらくお金は盗めません。俺の意志に関係なく、この店は俺への危害を無効化させるんです」
「――ふん。そんなトラップがあったのかい」
どの道うまくいかなかったのかと、自嘲気味に笑うアルテさん。
彼女の中で、どれほど激しい葛藤があったのだろうか。
「それに本気で盗む気なら、そんなにモタモタしてないでしょう?」
「…………はぁ」
呆れたようにため息をついて、アルテさんはキャッシャーから目を逸らした。
心なしか、少し肩の力が抜けたようにも見受けられる。
「私はあんたに……何をすればいい……?」
アルテさんは冒険者だからか、ずっとお金のことを気にしてるな。
別に見返りを求めて助けたわけではないんだけど……それでは、彼女が納得できないんだ。
もう少し、アルテさんとは話をしなくてはいけない気がする。
「では、一緒にお茶でも飲みましょう」
「…………」
「変に目が醒めてしまったので、温かいものが飲みたくて」
「……わかった」
カウンター側の調理台――ピザ場の調理台に電気ケトルを置き、俺はお湯を沸かす。
レジ前で立ったままのアルテさんを、手招きでカウンター席に案内する。
静かな夜のキッチンに、ポコポコと音を立ててお湯が沸いていく。
カップにとっておきのココアを入れてお湯を注ぎ、チョコレートを一片入れてかき混ぜる。
「どうぞ」
「……どうも」
キッチンからカウンター越しに、ココアの入ったカップをアルテさんに差し出す。
無愛想でぎこちなく、カップを受け取るアルテさん。
俺も自分の分のカップを持ってホールに向かい、カウンター席に座る。
そしてココアを一口飲んで、これからについて話し始めた。
「二階の部屋はしばらく空き部屋なので、どうぞゆっくりしていってください」
「……どうして、そんな施しをするんだ?」
「先ほども言いましたが、個人的な仕事の信条です。それに――」
またアルテさんが、警戒しているような視線になる。
恩の貸し借りは、あまり好きじゃないのだろう。
なるべく気にしないようにお茶を飲みながら、俺は自分の意見を述べていく。
「俺もイサナ王国の人たちに、たくさん助けてもらいましたから」
「それは……私とは、関係の無いことだ」
「まぁ、そうなんですけどね」
これまであまり気にする場面が無かったけど、俺の国とイサナ王国では常識が違う。
そしてアルテさんたち母子は、イサナ王国の常識では逃げ場の無い崖っぷちに立たされているんだ。
ピコピコで安心して休んでいって良いんだって、どうしたら信じてもらえるんだろう――
「俺の故郷の国には、育児休業って制度があって」
「イクジ……キュウギョウ?」
「給金を貰いながら、子育てのために仕事の休みをもらう制度です」
とりあえず他意が無いと思ってもらうために、自分の常識について話してみる。
育児休業は正確には雇用保険料から出る給付金だけど――今はアルテさんにわかりやすく、給金と言っておく。
あと貰うための条件なんかも、色々省略。
必要なのは、概念を伝えることだから。
「ここは、アンタの国じゃない」
「それはそう……なんですけどね」
言葉では否定的だけど、アルテさんの顔が少し顔がほころぶ。
やっとココアにも、口をつけてくれた。
育児休業は、アルテさんが納得できる話みたいだな。
よし、この路線で話を続けよう。
「子どもがいたら、働けない。だから、働ける人たちで支える――というのは、自然なことだと俺は思うんです」
「…………」
眠っているルーナちゃんの顔を撫でながら、アルテさんは静かに耳を傾けてくれている。
少しココアを飲んで、俺は話を続けた。
「もちろん、完璧に助け合えてるわけでは無い。このお休みは子どもが二歳になるまでで、まだまだ働けないだろう! とか。子どものいない人への、しわ寄せが大きい! とか」
「そりゃぁ、そうだろうね」
皮肉っぽく笑いながら、相槌を打つアルテさん。
だけど制度のマイナス面を話したことで、かえって興味を引き出せた感じがする。
「それでも、生き方を選べずに悲しい決断をする人が出るよりかは、ずっといい」
「…………」
「ただ普通の幸せを願う人に――それを不運な事故や病気で失いかけてる人に、手を差し伸べる。俺に出来ることはたかが知れてるけど、可能な限りそうしたい」
俺にできることは、ただ料理を作ること。
だけど——
「美味いメシと温かい寝床さえあれば、人生はなんとかなるもんです。今はこの店でゆっくり休んで、将来について考える時間にしてください」
「……そうかい」
短い返事だったけど、アルテさんの声は優しかった。
これで、納得してくれただろうか。
「てっきり私は、アンタのワイフになれって言われるかと思ったよ」
「……えっ…………」
「フン、そこで固まるんじゃないよ。アタシに魅力が無いみたいじゃないか」
「いやぁ……まいったな……」
急にそんな話を振られたら、返事に困る……。
でも俺が親切にしたときから、アルテさんはずっと懸念していたのかもしれない。
今はその心配が無くなって、気安く話してくれているのだろう。
「俺は軒先に立ってたのが仮に旦那さんだったとしても、同じことをしましたよ」
「ああ、そうだろうさ」
「まぁ部屋は別けなかったかもしれませんが」
「その方が、安心だね。ティッドは抜けてるところがあったから――」
他愛のない会話で、夜は更けていった——
ご愛読いただき、ありがとうございます。
引き続き、本作をどうぞよろしくお願いします。
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