かまどの魔女の舞台裏
「どうして、よりにもよって聖祭の日に――」
突然、クビを言い渡されるなんて……。
料理屋に住み込みで働いていた私は、わずかな私物である調理道具をトランクに詰め込み、着の身着のまま店を出た。
店を追い出される私を見る、料理人の男たちの蔑む目が脳裏から離れない。
オーナーが最後に言い放った言葉が、私の心に怒りと惨めさを掻き立てる——町の有力者である海軍将校の館で、料理メイドを探している。せいぜい可愛がってもらえ――と。
「……売られたんだ、私」
住み込みの料理屋をクビになれば、路頭に迷い次の仕事を探すしかない――オーナーと海軍将校は裏で取引をして、私を寒空に放り出したのだ。
件の海軍将校が求める料理メイドが、ただの料理人で無いことは私にも分かる。
以前から料理屋に度々訪れては、執拗に私を呼び出していた。
そして男たちの——私が慰みものにされるのをわかっていて、ほくそ笑む目――
「元気出してよ、オブリス」
「フォム……」
私の首に巻きつき温めてくれていた、キツネのような姿の火精霊フォム。
火の精霊だけど温度を操ることが得意で、いつも料理の手助けをしてくれている。
子どもの頃からずっと一緒の彼は、料理屋でも影ながら私を見守っていて――今日の出来事も一部始終、共に屈辱を味わった。
「オブリスが望めば、あんな奴らボクがやっつけてやったのに!」
「ダメよフォム。下手に力を使えば、かえって危険だわ」
フォムが温度を操れると言っても限定的で、数人に火傷や凍傷を負わせるのが精々といったところ。
普通の人はフォムを見ることができないけど、私が取り囲まれてしまったらひとたまりもない。
それに私が危険人物だとみなされたら、悪しき魔女として処刑されてしまうかも。
「それで、その海軍将校の料理メイドってやつになるのかい?」
「絶対にイヤ。そんなおぞましいところに、行けるわけない」
「じゃあこれからどうするのさ?」
「どうにもならないから困ってるの!!」
祖母が亡くなって全てを失い、フォムと体一つでこの町――サレンにやって来た。
料理の腕を活かして、なんとかありついたのが住み込みの料理屋の仕事。
そこをクビになった今、行くあても何かを買うお金も無い。
ただ寄る辺なく、雪の舞い始めた寒空の町を彷徨うだけ――
「ねえ、あなたは黒バラと赤バラ、どちらがお好み?」
「どっちも素敵な役者さんなのよね。今日は特に決められないわ!」
嬉しそうにおしゃべりをする、女性たちの声。
どうやら、演劇の話をしているみたい。
「劇場……」
あてもなく彷徨っていた私は、町で一番立派な劇場の前に立っていた。
入口の大きな看板には、二人の騎士と黒と赤のバラが描かれている。
演目は、【黒バラの騎士と赤バラの騎士】――聖祭の夜にピッタリの、この国で最も親しまれている物語。
きっとこのあたりで一番人気や有名な俳優が、騎士役として出演するに違いない。
劇場に向かう人達はみんな、ここぞとばかりに着飾っている。
着の身着のまま店を追い出され、ボロ服で立ちすくむ自分が、場違いで恥ずかしい。
「おっと」
「あっ……すみません」
ぼやぼやしていて、男の人とぶつかってしまった。
幸い男性は変な輩ではなく、社交辞令的ではあるがこちらを気遣ってくる。
「こちらこそ申し訳ない。おケガはありませんか? お嬢さん」
「ええ……」
「貴女も観劇に?」
すぐに立ち去ろうとしたが、間髪入れずに問いかける男性。
それにしても、私のこの姿を見て観劇だなんて――
「まさか! こんな格好で劇場に入れるわけないじゃない!」
「装いなど関係ありません。今日は聖祭の夜なのですから」
演技じみたキザな言い回しと共に、男は手を差し出す。
「よろしければ、一緒に夢のひと時を過ごしませんか?」
「……ははっ。夢、ですか――」
意図した訳ではなかったが、乾いた笑いがこぼれる。
演劇を観て、楽しんで――夢が終わったら、また惨めに彷徨うだけ。
そんな夢――煌びやかな悪夢、私は観たくない。
「まやかしの夢に浸ったところで、私の心は癒されることはありません」
「お嬢さん……?」
「私が……私が本当に望むのは――」
「きゃあぁぁっ!! 熱っ、熱いっ!!」
突然、幼い少女の悲鳴が響きわたった。
声の方を見ると、少女が辛そうに腕を抑えて俯いている。
その足元にはひっくり返った鉄板と、散乱して転がる丸パン。
劇場の正面通りに似つかわしくないボロ屋に、無理矢理とりつけられた粗末なパン焼き釜と売り場カウンター。
観劇客相手に、いかにもアコギな商売をしてそうな店構えね。
「馬鹿ヤロウ!! 売りモンが全部ゴミになっちまったじゃねぇか!!」
「ひっ……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ったく、本当に鈍くせぇガキだぜ」
店員らしき強面の男が、少女の異常な悲鳴より大きな声で怒鳴りつけた。
すっかり怯えた少女は、腕の痛みも構わず謝り続ける。
許せない、あの子きっと火傷を負っているわ。
「いいか? 今夜中にパンを100個売るんだ」
「そ、そんなの無理です……!」
「できなかったらクビだからな!!」
「ひっ……」
無理難題を言い放ち、強面の男は店の中に戻っていった。
残された少女は、哀れな顔で呆然と立ち尽くすばかり。
「ごめんなさい。私、失礼します」
「あ、お嬢さん――」
私は男性に一礼すると、少女のもとへ駆け出していた。
きっと私が本当に望むのは――
◆◇◆◇◆
私はパン屋のカウンターに駆け寄り、立ち尽くす少女に声をかける。
「ねぇ、あなた大丈夫?」
「え……」
「ひどい悲鳴が聞こえたけど、火傷でもしたんじゃないの?」
「あ……痛たたた……」
指摘されて痛みを自覚したのか、少女は苦しみだす。
彼女の腕は広範囲に赤く腫れ、水脹れができ始めていた。
「やっぱり……フォム、お願い」
「あいよ!」
フォムが少女の腕の、赤く腫れている部分に巻き付く。
熱を操るフォムは、火傷をした患部の熱をとることが出来るのだ。
さすがに完治はしないけど、重症化は防げるだろう。
「このキツネさん? は、一体……」
「あら。あなた、フォムが――精霊が見えるのね」
「フォム……セイレイ……?」
自身の腕をじっと見つめ、不思議そうな顔をする少女。
精霊が見えるなんて、珍しい子ね。
「この子が見えるなら、あなたもいつか精霊と出会うのでしょうね」
「えっ……?」
「ううん、何でもない。私はオブリス、あなたは?」
「あの、カ……カーナ、です……!」
簡単な自己紹介をして、私は手近な木箱にトランクを置く。
そしてエプロンと三角巾を取り出した。
「それじゃあカーナ、始めましょう」
「え……何を……?」
「パンを100個作って、売りきるの」
「……えええええええ!?」
手早く身支度を整え、トランクから調理道具を取り出していく。
驚きの声をあげて呆然としていたカーナが、困惑しながら話しかけてきた。
「そんなの無理です……いつも30個売れれば、良い方なんですから……」
「大丈夫、こんなに人が歩いてるんだもの」
泣き言を言うカーナを宥めながら、私は調理場にある食材を確認していく。
調理場と繋がっている倉庫には、大量の小麦粉が積まれている。
倉庫の壁面に並ぶ棚には、塩や砂糖と一緒にココアやイチゴジャムの瓶詰めがずらりと並ぶ。
入口近くには大きな木箱が並べられ、ビーツを始めとした野菜類が無造作に置かれていた。
「劇場の第一幕が終われば、休憩で観客が外に出て来る。それまでに、たくさん――【特別なパン】を作るの」
「特別な、パン?」
「さぁ、カーナも手伝って。まずはビーツの皮をむいて、スライスにするの」
「あ……はい!」
ビーツの下処理をお願いすると、カーナはナイフを手にして器用に皮を剥き始める。
皮の剥けたビーツはとてもキレイな赤色をしていて、パンの生地に入れたら良い発色しそう。
カーナにビーツを処理してる間に、私は粉類とココアを合わせて黒いパン生地を作っていく。
「フォム、パン生地の発酵、おねがい」
「あいよ~」
「あっ……」
大人しくカーナの腕に巻きついていたフォムが、ひょいと台の上に飛び降りる。
そして私がパン釜の近くに置いた、黒いパン生地の入った大きなボウルに覆いかぶさった。
「火傷、治まってる……?」
「少し痕が残ってるけど、しばらくすれば消えると思うわ」
「あ……ありがとうございます!」
腕の火傷の腫れが引いて、すっかり元気を取り戻したカーナ。
ビーツのスライスで山盛りになったボウルを、嬉しそうに差し出してきた。
「あの、ビーツのスライス終わりました」
「ありがとう。フォム、これも一緒にローストして。柔らかくなるようにね」
「はぁい」
スライスされたビーツを鉄板に広げ、パン焼き釜の中に入れる。
黒いパン生地のボウルに乗ったままのフォムが、パン釜に尻尾を入れてビーツを焼き始めた。
「次はビーツ用の生地を用意するわよ」
「ビーツで、何を作るのですか?」
「赤い――バラのパンを作るの」
「バラの、パン……」
発酵や火入れの管理をフォムに任せ、私は次の作業の準備を進めていく。
ビーツを入れる生地の粉を合わせたり、パンを成形するために調理台に粉をはたいたり。
一通り準備が整ったころ、フォムがボウルから飛び降りた。
「黒い生地の発酵と、ビーツのロースト終わったよ」
「ありがとう。カーナ、ココアの生地をこのくらい——手のひらに乗るぐらいのボール状にして、バットに並べていって」
「こんな感じですか?」
「うん、良い感じ。バットがいっぱいになったら、布巾をかけて順番に並べてちょうだい」
「はい! わかりました!」
さっそくカーナは、器用に生地を丸め始める。
この間に私が赤い生地をこね始めれば、作り終わるころに二次発酵が済んでいるだろう。
「良い感じにビーツも潰れるわね。キレイに生地に混ざりそう」
焼いて柔らかくなったビーツを、麺棒を使ってすりつぶす。
合わせておいた粉で生地を作り、すり潰したビーツを入れる。
白い生地はあっという間に、鮮やかな赤に色付いた。
「フォム、これも発酵お願い」
「まかせろ!」
待ち構えていたフォムが、赤い生地のボウルに飛び乗る。
同じ頃、カーナが声をかけてきた。
「あの、生地を丸め終わりました」
「早いじゃない! 次はこれを伸ばして、円形のシートにするのよ」
最初に丸め終わったバットの黒い生地を調理台に置き、麺棒で円形に広げていく。
円形に広げた生地を四枚ほど、端を少し重ねながら縦一列に並べる。
「円形に伸ばしたら、少し端を重ねながら並べて砂糖を振りかけて、クルクル巻いていくの」
並べた生地にたっぷり砂糖をふりかけ、包み込むように巻いていく。
そして細長く巻かれた生地を、スケッパーで二等分に切り分けた。
「巻き終わったものを、半分に切ると――」
「わっ! お花の形……黒バラだ!」
「カンタンでしょ? 全部作っていくわよ」
「は……はい!」
私たち二人は手分けして、どんどん黒バラの生地を作っていく。
カーナは意外に器用で、パン焼きの鉄板があっという間に黒バラで埋め尽くされていった。
「オブリス! 赤い生地の発酵も終わったよ」
「ありがとう。カーナ、今度は赤い生地を丸めてくれる?」
「はい!」
「フォム、次はパンの焼成よ」
「はいはい」
パン窯に黒バラの生地の並んだ鉄板を、二枚入れる。
二枚の鉄板の間をフォムが器用に駆け回り、丁寧な温度管理でパンを焼いていく。
「さて、私もどんどん成型しないとね」
二人と一匹は、黙々と黒と赤のバラのパンを作り続けた。
ほどなくして、ココアの甘い香りが漂ってくる。
「1つ目の鉄板、焼きあがり~!」
「わぁ! 本物のバラみたいです!」
「さすがフォム、キレイな焼き上がりね」
「ふふん。ボクほど料理の得意な精霊はきっといないよ」
まぁ、普通の精霊は料理をしないものね……と、思いながらフォムから鉄板を受け取った。
生地は膨らみすぎず、バラの花の形を維持したままキレイに焼きあがっている。
「もうすぐ劇場から、観劇客が出て来るわ。この調子で、どんどん作っていくわよ!」
「はい!」
「はぁい!」
カーナとフォムに声をかけ、私は赤バラの成型に取り掛かった。
黒バラのパンと赤バラのパンを一緒に並べたら、観劇客はきっと興味を持つはず。
そんな想像をしながら、赤い生地を縦に並べた。
「赤い生地には砂糖より、いちごジャムがいいかな」
赤い生地にいちごジャムを塗り広げ、成形していく。
急いで1鉄板分作ると、パン釜の前に持っていった。
「フォム、この赤いパンを優先的に焼いてちょうだい」
「うんうん、待ってました!」
パン窯から顔を出したフォムは、赤バラの生地が並ぶ鉄板を加えて窯の奥へと運び込む。
先に焼いていたパンの鉄板をどかし、窯の一等地で焼き始めた。
「赤い生地を丸めるの、終わりました!」
「おつかれさま。あとは私が作るから、カーナは売り場の準備をしてちょうだい」
「わかりました!」
売り場の準備をカーナに任せ、私はパンの仕上げにかかる。
粗熱の取れた黒バラのパンを売場用の木箱に並べ、粉糖を振りかけていく。
聖祭の夜の、雪化粧のように。
「すごい、キレイ……」
「はい、味見」
端によけておいた形の崩れたパンを、半分こにしてカーナに差し出す。
少し怯えたような顔で、困惑するカーナ。
「え……食べても、良いんですか……?」
「味がわからなきゃ、お客さんに聞かれたときに説明できないでしょ」
渡されたパンを持って固まるカーナを前に、私は少し大げさにパンを頬張った。
ほろ苦いココアの旨味と、粉糖のひんやりとした甘みが口いっぱいに広がる。
そんな私の様子を見て、カーナもパンに噛り付く。
「美味しい……です!」
試食を兼ねた小休憩をとっていると、パン窯からフォムが出てきた。
真っ赤に焼きあがった、赤バラの鉄板を咥えて。
「赤いのも焼けたよ!」
「ありがとう、それだけ粗熱も取ってくれる」
「も~忙しいなぁ~」
フォムは鉄板の周りを飛び回り、サクッと粗熱を取ってくれた。
こちらも急いで木箱に並べ、粉糖を振りかけて仕上げる。
「はい、こっちも味見の半分こ」
「ありがとうございます! ――赤いバラは、甘酸っぱくて美味しいです!」
今度は受け取ってすぐに、笑顔で頬張るカーナ。
微笑ましく思いながら、私もいっしょに赤バラのパンを頬張った。
甘いパンとイチゴジャムの酸味が、疲れた体に染みわたる。
そうこうしているうちに、店の前の通りがガヤガヤしてきた。
「どうやら、観劇客が外に出てきたみたいね――残りのパンは私が作るから、カーナは売り場をお願い」
「はい! がんばります!!」
私は高音が出るようパンパンと手を叩き、大きな声で呼び込みをする。
「ただいま焼きたてでーす!! 黒と赤のローズブレッド、ローズブレッドでーす!!」
音と香りに釣られるように、こちらに注目する通行人たち。
一人、また一人と足を止めて、売り場のパンに注目する。
「カーナ、あとよろしくね」
「はい! ――いらっしゃいませー!! ほろ苦い黒バラ、甘酸っぱい赤バラ、どうぞご賞味くださーい!!」
元気な笑顔で、呼び込みを始めるカーナ。
私は調理台に戻り、残りの生地を成型していく。
「まあ、本当にバラの形をしているのね」
「可愛い! 赤いバラを一つ、いただくわ」
「ありがとうございます!」
「私は黒バラを」
「はい! ただいまご用意します!」
最初のパンが売れると、次々とお客さんが寄ってくる。
嬉しそうな笑顔のお客さんたちに、どんどんパンが買われていく。
「私は赤と黒、一つずついただくわ」
「どっちにしようか迷う~」
「両方買って分けっこしない?」
「何だ? あの行列?」
客が客を呼び、店の前には人だかりができていた。
そして次から次へと、バラのパンが売れていく。
「おいおいマダム、ここは何を売ってるんだい?」
「なんでも、演目を模したバラのパンを売ってるらしいわ」
気が付くとカウンターの内側に、カラになったパンの木箱が5個も積みあがっていた。
一箱に20個ずつ並べたから、もう100個以上売れたのね。
「これで全部焼き終わりだよ、オブリス!」
「ありがとう」
パン窯から最後の鉄板を咥えて顔を出し、フォムは跳び回ってパンの粗熱を取っていく。
私はそれをカラになった木箱に並べ、粉糖を振りかけ仕上げる。
そして木箱をストック用の棚に差して、私はエプロンと三角巾を外した。
「それじゃあ行きましょうか、フォム」
「……あの子に、挨拶はしないのかい?」
「火傷の手当てもしたし、パンも十分に売れたから大丈夫よ」
「ふーん……じゃあ、いっか」
手短に帰り支度を終えた私の肩に、フォムが飛び乗る。
最後にカーナの嬉しそうな横顔を見て、私は店を立ち去った。
「ありがとうございました! ……すごい、完売ですよ! オブリスさ……ん……?」
すごく楽しかった。
力を尽くして良いものを作り、それをお客さんが買って笑顔になる。
いつも……こうだったら良かったのに。
「あら。あのバラのパン、もう売り切れちゃったの?」
「えっ!? あっ……はい……」
「とても美味しかったから、もう一ついただこうと思ったのだけど」
「その……ごめんなさい……」
「残念だけど、また来るわね。バラのパンを焼いたのって、どなた?」
「バラのパンを焼いたのは――」
もしかしたら、これは聖祭が見せてくれた最後の奇跡なのかもしれない――
「かまどの魔女さまです」
◆◇◆◇◆
「ねぇ、知ってる? 黒と赤のローズブレッド」
「もちろんよ! 私、いただいたもの」
「本当!? ねぇ貴女、どっちを選んだの?」
「私が選んだのは――」
大きな川の、橋の上。
行き交う人々の活きのいい噂話が、風に乗って耳に飛び込んでくる。
「それにしても、あんなに美味しいパン屋があったなんて知らなかったわ」
「なんでも昨夜限定で【かまどの魔女】が焼いたんですって」
「まぁ、物語みたいなお話。ステキねぇ~」
昨夜の劇場の演目よりも、巷はバラのパンの話でもちきりだ。
ちょっとした出来事に尾ひれがついて、変な物語が出来上がっている――でもそこが、ティアランらしい。
「最期に面白い思い出ができて良かった、かな」
気まぐれに女の子を助けただけだったけど、自分の料理がこんなにも噂になるのは悪くない。
ただただ無力で哀れなだけの女で、終わらずにすんだのだから。
聖祭の思い出が、胸の中で宝石のように煌めいているのを感じる。
「ねぇ、本当にここから川に飛び込むの?」
「そうよ。行くあても生きる術も無い。他人に惨めに飼われるぐらいなら、死んだ方がマシ」
そして町の人たちが噂する【かまどの魔女】は、私とともに消えてしまう。
誰もが語らう物語になる――私がキレイに終わることが出来るのは、きっと今なのだ。
「もう! オブリスがいなくなったら、ボクはどうしたらいいのさ!?」
「悪いけど、また新しい宿主を探してちょうだい」
「そんなカンタンに言わないでよぉ!」
プリプリ怒るフォムを橋の欄干に降ろし、トランクを持ち上げる。
「さてっと。そろそろ行きま――」
「ぅぅ……ひっく……グスグス……」
欄干を乗り越えるため身を乗り出そうとしたとき、少女のすすり泣く声が聞こえてきた。
いつの間にか2~3歩離れた場所に、ボロボロなローブを被った少女が。
「ごめんなさい……お父さん……お母さん……」
「うっ……」
少女の懺悔に、気まずくなる。
川に飛び込む興がそがれ、そっぽを向いて彼女が立ち去るのを待つことに。
「カーナは女神さまのもとに参ります」
「えっ――カーナ!?」
昨日知り合った名に驚き、彼女の方へ振り向く。
そこには今まさに川に飛び込まんと、欄干の上に立つカーナの姿が。
「ちょっとアンタ何してんのよ!!」
「へ……か、かまどの魔女さま!? キャアアアッ!!」
慌てて欄干から、カーナを引きずり降ろす。
反動で二人一緒に、橋の上へ派手に転がってしまった。
「いたたたたた……」
「あの……どうして? かまどの魔女さまがここに……」
「いや、それはその……置いといて、どうして川に飛び込もうなんてしてたの!!」
自分のことは棚に上げ、思わずカーナを問い詰める。
すると、はじめはキョトンとしていたカーナの目元が、どんどん赤くなっていく。
「私、店をクビになっちゃったんです……」
「え……なんで? 約束の通り、100個以上のパンを売ってたじゃない」
「それが……」
今にも泣き出しそうな顔を俯き、ポツポツと話し始める。
「そんなに、パンが売れるはずがない……作れるはずが、ない……ウソを、ついてるって……」
「売上のお金があるんだから、証明になるでしょ!?」
「それが……従業員のみんなが、口々に『お金を盗まれた』って言いだしたんです……」
「……は?」
邪悪で悪意に満ちた発想に、怒りで体が震えた。
それから語られた理由が、あまりにも予想通りすぎて――
「私が怒られないために、店や従業員のお金を盗んで売上に見せてるって……」
「……最、悪」
「ぅぅぅ……」
辛い出来事を吐き出したせいか、ボロボロと大粒の涙をこぼすカーナ。
それはもう、私がこれから何をなそうとしていたのかを忘れてしまうぐらいに痛々しくて。
「も~、ほら泣かないで」
「だって……せっかくオブリスさんが、助けてくれたのに……」
「そんなこと言っても仕方がないわ。カーナ、何か美味しいものを食べに行きましょう。きっと元気が出る」
「お前たち!! そこで何を騒いでいるんだ!!」
「ヤバっ……憲兵だっ」
二人で騒ぎすぎたせいか、橋を警備していた憲兵が駆け寄ってくる。
面倒なことになる前に、逃げなきゃ!
「ほら、行くわよ! カーナ!!」
「へ……は、はいっ!!」
「ええっ、待って待って!! ボクを置いていかないでよ!」
慌てて肩に飛び乗るフォムと、手を取り合う私とカーナ。
二人と一匹は、逃げ出すように橋を駆け出した。
これは私達が、とある劇団の料理番にスカウトされる、数刻前の出来事でした――
【作者からお願い】
『かまどの魔女の舞台裏』を読んでいただき
「面白い!」
「続きが気になる!」
と少しでも思っていただけましたら、
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【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!
皆様の応援が、作品を書く最高の原動力です!
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