083 アルテとルーナ
≪カランカラーン≫
「あれ? 一代目、お客さんか?」
店に入ると、ティオが駆け寄ってきた。
すると女性は子どもを強く抱き寄せ、こちらを睨みつける。
「……この店は、子どもを働かせるの?」
「あ、いやぁ……」
実際はティオが勝手に通うようになったんだけど……。
すごく警戒している彼女にどう説明したらいいかわからず、言葉を詰まらせてしまう。
「アルテ? アルテじゃないか!」
キッチンの方から、ヒューが声をかけてきた。
どうやら彼女は、アルテさんというらしい。
「ヒュー、知り合い?」
「兵士のころ、門の警備の日なんかに顔合わせててさ。夫婦で冒険者なもんだから目立ってて……ティッダは元気にして――」
ニコニコと話していたヒュー。
だがアルテさんの服装に視線を落とすと、急に表情が変わった。
「あ、ごめん今の無――」
「死んだよ」
冷たい言葉と共に、店内に沈黙が走る。
情けなく顔を見合わせる、男たち。
「魔物討伐に行って、逆に喰われちまった。よくある話さ」
冷たい沈黙に、辛い説明が追い打ちをかける。
な、なんて気まずい雰囲気なんだ。
「……ふえぇぇ……」
「まぁまぁ、お疲れでしょう? どうぞこちらに座ってください」
連れている子どもの泣き声に、これ幸いと席へと案内する。
とりあえず、カウンター席に座ってもらった。
「ルーナちゃん? は、一人でおイスに座れるかな?」
「…………」
アルテさんに抱かれたルーナちゃんは、こちらをじっと見つめる。
言葉を話さないし痩せてて小さいけど、首は座ってて母の腕にしがみつく力は強い。
見た目より、月齢はいってそうだな。
「大丈夫だ、座れる」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
俺はバックヤードから、子供用の小さな椅子を運び出す。
一人で椅子に座らされたルーナちゃんは、不思議そうにキッチンの方を眺めた。
「ルーナちゃん、小麦や牛乳は食べられますか?」
「……金を持ってないと言った」
「もう店は閉めてます。これから作るのは試作なので、食べた感想を聞かせてください」
「…………」
不審と困惑を含む目をしながら、アルテさんは静かに答える。
「なんでも……食べさせてる……」
「そうかぁ、じゃあちょっと待っててね」
普通の態度を心がけながら、俺はキッチンに入った。
キッチンの通路で話を聞いていたティオに、ミニタオルを手渡す。
「ティオ、このタオルで二人に温かいおしぼりを作ってあげて」
「わかった」
「俺はまかないを作るから、ルーナちゃんの隣に座って待ってて。食べ方を教えてあげて欲しいんだ」
「へへっ、まかせろ!」
ミニタオルを受け取ると、ティオは洗い場に向かった。
コンロの方へ向かうと、すれ違いざまにヒューが小声で耳打ちする。
「変な空気にしちゃってごめん、店長」
「仕方ないさ。ヒューはコレ」
「へ?」
俺はスキルの100円ショップで、ライオンの口パク人形——パペット人形を注文した。
ピザ場の調理台に現れた可愛い人形に、困惑するヒュー。
試しにパペット人形を手にはめ、ヒューの目前でパクパクさせる。
「アルテさんがゆっくり食事ができるよう、ルーナちゃんの面倒を見てあげて」
「……はぁいっス」
コンロの上にフライパンを二つ乗せ、それぞれオリーブオイルと刻みニンニクを入れる。
子ども用はニンニク少な目で。
弱火にかけて香りを引き出しながら、俺は子ども用にパスタを短めに切って茹で始めた。
「ドンナ、オリョウリ、デキルカナ~?」
「り~?」
ヒューのパペットとお話しながら、こちらを見ているルーナちゃん。
俺はカウンターから調理が見えるように体を傾け、フライパンに牛乳と昆布茶を入れる。
牛乳が沸騰しない程度に温まったところで、サケフレークと昼間のスイートコーンをたっぷり加えた。
「今日のメシは、クリームパスタだな!」
「ぱ?」
ティオが兄貴風を吹かせながら、ルーナちゃんに話しかける。
ルーナちゃんは、単語に満たない言葉で一生懸命に話す。
最初は赤ちゃんみたいだったのに、どんどん周りのことを吸収していくのが可愛いな。
微笑ましく思いながら、フライパンにパスタとパルメザンチーズを加えて仕上げていく。
「お待たせしました。サケとコーンのクリームパスタでございます!」
お客さんに出すときと同じように、カウンター越しにパスタを提供する。
目の前に置かれたパスタを見つめ、ルーナちゃんは目と口が大きく開かれた。
「……わっ! わっ!」
目をキラキラさせながら、興奮した様子でまわりの人たちの顔を見回すルーナちゃん。
何を訴えているかは分からないけど、喜んでくれていることだけはわかる。
それは他のみんなも同じようで、ティオは得意げに食べ方を披露しはじめた。
「こうやって食べるんだぜ! いただきます!」
フォークを握ったティオは、少し大袈裟にパスタに差し込む。
そしてクルクルとたっぷりパスタを巻き取り、大きな口で食らいつく。
じっとティオを観察するルーナちゃんの顔に、ヒューがパペットを近づけた。
「ルーナチャンモ、一緒ニ~モグモグ~シヨ~! モグモグ♪ チュルチュル♪ モグモグ♪」
裏声で器用にパペットを操りながら、ルーナちゃんにフォークを持たせるヒュー。
ルーナちゃんはフォークをパスタに差し込み、数本のパスタをすくい上げる。
そして身を乗り出すように、パスタを口に入れた。
「んっ!」
「美味しい?」
「ふぅんっ!!」
ニコニコしながら、ペチペチと頬っぺたを叩くルーナちゃん。
子どもらしく口の周りを汚しながら、ゆっくりと味わうように食べ進める。
「アルテさんも、冷めないうちに召し上がってください」
「あ……ああ、いただきます」
大人用はコーンとスモークサーモン、そしてほうれん草のアクセントを添えて。
体が温まるよう牛乳とチーズをたっぷり入れて、スープと見紛うほどのクリームパスタに仕上げた。
アルテさんはスプーンでスープをすくい、ゆっくりとすする。
「……美味しい」
ため息のように、こぼれた言葉。
「ありがとう……ありが、とう……」
「ルーナチャン、オイシイ? オカワリモ、アルヨ~♪」
アルテの声が掠れていくのを、ヒューの裏声がうまくかき消していた。





