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【小説1巻発売中】いたりあ食堂ピコピコ ~レトロゲーに転移した俺は、平和に料理を作りたい~  作者: 明桜ちけ
第三章 どんな夢を信じても

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082 季節外れの大雪の日に

 地下水路の壁画を見学させてもらってから、一週間ほど。

 季節は春を迎え、日に日に暖かい陽気になっていた。


「だいぶ過ごしやすくなってきたな」


 ランチの開店準備をしていると、じんわりと額に汗が滲む。

 あんなに寒かった冬が、もう終わるのだと実感する。


「俺なんか暖房用の薪、切らしたまんまですからね!」

「いや、それはさすがに気が早すぎない?」


 ヒューの軽口に、トルトのツッコミが飛んでいく。

 今はピスケスの節の下旬だから——現実だと、3月末くらいか。

 そろそろ桜の季節だな。


「イサナ王国の人は、お花見とかするの?」

「ええ、しますよ。この時期だと、西のミモザの丘が見ごろですね」

「ミモザかぁ……いいね」


 俺の質問に、前菜の盛り付けを手伝っていたフェルミス君が答える。

 ミモザの黄色い花畑のような日替わりパスタを作ろうと、俺は大きな一号缶のスイートコーンを取り出した。

 缶切りを差し込むと、プシュッという音とともに甘い香りが広がっていく。


「うおお! 何だ黄色いつぶつぶ!?」

「スイートコーンな。今日の日替わりパスタはこれで――」


 缶の中にぎっしりと詰まったスイートコーンに、近くで見ていたティオが歓声をあげる。

 食材の説明をしていると、外から通行人の驚く叫び声が響いてきた。


「雪!? 雪が降ってきだぞ!!」

「ええ!? もうピスケスの節も終わりなのに!!」


 声につられて手が止まり、頭が窓の方を向く。


「雪……?」


 窓の外は灰色の世界で、吹雪のように雪が舞っている。

 冬の間にも何度か雪は降っていたが、こんな吹雪を見るのは初めてだ。

 ヒューやトルトも、ゾロゾロと窓に近づく。


「雪って言うか、吹雪っすね」

「うわぁ! もう端っこの方、積もり始めてる!」

「これってもしかして――」


 アリエスの修行の影響だ。

 おそらく、二ヶ所目のボスを倒したのだろう。

 俺のプレイした王国編でも、分岐直後に大雪のイベントがあった……はず。


「どうしたんだ? 一代目」

「あ、いや……これじゃあ、今日はお客さん来ないだろうなぁって」

「えええええ!? マジかよぉ~」


 大きく驚いて、落胆するティオ。

 しかしこれだけ大雪だと、お客さんどころか従業員も危ない……今のうちに帰れる人は帰さないと。


「このまま降り続けると、帰り道が危険だ。みんな、もう帰る支度しちゃいな」

「そんな、お店はどうするのさ?」

「この調子じゃ誰も来ないよ。来ても数人だろうから、俺一人で大丈夫だ」


 なるべく気を遣わせないように、帰る方向に話を持っていく。

 それを察してくれたフェルミス君が、素早く帰りの準備に入った。


「ではお言葉に甘えて、お先に失礼します」

「うん……じゃあ、僕も帰るよ」


 手がけていた仕事を片付けると、私服へ着替えに向かうトルトとフェルミス君。

 二人の背中を見送りながら、ソロソロと近づいてくるヒュー。 


「あの……俺は残って良いっスか? 今帰ったら凍え死んじまう」

「あはは、いいよ。部屋も空いてるし」


 フェルミス君が住み込みから通いになって、居住エリアの部屋が一つ空きになっている。

 今はヒューやティオが、時おり泊まるのに使われていた。


「仕方ねぇな。じゃあオレはもう帰るぜ、一代目」

「「 お前は泊ってけ 」」

「へ?」


 思わず俺とヒューの声がハモる。

 こんな危険な日にティオを帰すわけにいかない。

 俺たちの制止にティオがキョトンとしていると、トルトとフェルミス君が着替え終わって戻ってくる。


「それじゃあ帰るよ、店長さん」

「お先に失礼します」

「気を付けて帰ってね。もし明日、雪が積もって危なそうだったら、休んでいいから!」

「わかりました」

「は~い!」


 二人を見送る頃には、雪はふくらはぎくらいの高さまで積もっていた。

 それでもなお、吹雪は収まる様子がない。


「雪、すげぇ」

「全然、人歩いてないっすね~」


 案の定、ランチタイムを過ぎてもお客さんは一人もやってこなかった。

 残ったメンバーで片付けや掃除をしながら、窓の外を見て雪の勢いに圧倒される。

 しばらくすると、まだ昼だというのに夜のような暗さになってしまった。


「もう店閉めちゃうか」

「え~」

「そんでもって、まかないパーティーだ!」

「ま、まかないパーティー!?」

「良いっスね~」


 お客さんが来ないなら、いっそゆっくり休もう——

 俺は店を閉めるため、看板を片付けに外へ出た。


「――ぶおっ!? ひ、人……?」

「…………」


 店の外——テント看板の屋根の下に、人が立っていたのだ。

 着ているボロボロのマントが風になびかれ、まるで幽霊のよう。


「すみません、変な声出しちゃって。ビックリしてつい……」

「……いや……」


 しかも声からして、女の人?

 マントが男物に見えたから、男性かと思った。

 それになんというか——薄汚れ過ぎている……。

 あまりに俺が長く見すぎたせいか、女性は顔を伏せたまま話しだす。


「……雪が止んだら、すぐに立ち去る。それまでここにいるのを、許してほしい」

「えっ……」

「ふぅぅ……ふぅぅ……ふえぇぇ……」


 女性の話を聞いていると、か細く弱々しい泣き声が聞こえてきた。

 彼女は手元の塊を抱き寄せ、俺に背を向け体を揺する。


「子ども……?」

「……ふえぇぇん……」

「ルーナ…………大丈夫だから……」


 やっぱり子どもを連れているんだ。

 ただならぬ様子に、この人たちを帰してはいけないと体が動く。


「あの、雪が止むまでなら店の中で休んでいって下さい」

「……悪いけど、金を持ってないんだ」

「休むだけなんだからお金なんて取りませんよ! 他にお客さんも居ないし、さぁさぁ!」

「……ふうぅ……ふえぇぇん……」


 力いっぱいに響く、赤ちゃんの泣き声。

 まるで最後の力を振り絞るように。


「……すまない」


 意を決したように、彼女は店に入った。

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◇◆◇書籍情報◇◆◇


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