081 壁画
トンネルのような横穴の通路の先に、明らかに絵が描かれているわかる壁が見えてくる。
通路を抜けると、これまでよりかなり天井の高い広間に出た。
そして眼前に広がるのは、壁一面の懐かしい壁画。
「すごい、な……」
懐かしい――思わずこぼしそうになった言葉を、口の中に留める。
激しい嵐の中、無数の瓦礫の上で向かい合う青年と人魚。
洋風ファンタジーの城のシルエットのはるか上空、嵐の雲の上を巨大なクジラが泳ぐように飛んでいる。
この壁画の絵は『イサナ王国物語』のイメージイラストとして、雑誌や攻略本によく掲載されていた。
「ずいぶんと、感慨深そうに見るんだな」
「え!? あ、ああ……」
訝しげに俺の様子をうかがうアーネスト。
思わずたじろぐ俺の後ろから、トルトが退屈そうに話しに乗ってきた。
「店長さんって、意外とアカデミックな趣味してるんだよね」
「そうそう! こういうの、結構好きなんだ」
「ふぅん……」
とりあえずトルトの言葉に乗って、世間話に持ち込む。
できればこのまま自然に、壁画について聞いていきたい。
「アーネストの研究では、この壁画はどういう意味があると考えているんだい?」
「壁画の意味?」
原作ゲーム『イサナ王国物語』は、物語中盤でアリエスと共に行く【新世界編】と王国に残る【王国編】に分岐する。
どちらの結末もハッピーエンドとは言えない内容で、第三の隠しエンディングがあると多くのプレイヤーが信じて探し回った――が、結局それは存在しなかった。
唯一伏線として残され、最後まで回収されなかったこの壁画の内容のみ。
本当は大団円エンドがあったが、容量不足など大人の事情で実装されなかったのだろう――という仮説を残して、イサ国ブームは収束を迎えた。
「ここに描かれている魚の亜人は星巫女で、かつて人と何らかの関係があった――と、考えている」
「魚の星巫女……」
「この世界はゆるやかに崩壊している。だが時おり星巫女という存在が登場し、世界を作り替える形で再生させているんだ」
「今の時代の再生を行ったのが、イサナ王国王族の祖先と言われているよ」
アーネストの解説に、トルトが補足を加える。
思い返してみれば、ゲーム序盤にそういう説明ムービーやエピソードが結構あった気がするな。
その星巫女の設定があるから、王族や王族が上層部にいるイサナ聖教会の権力が強いのか。
序盤の空気感が平和過ぎて、そんなアポカリプス世界ってイメージ全然無かったわ。
「……何もしなくても、世界は崩壊するってことか?」
「どちらかというと『何もしなければ、崩壊するだけ』かな」
「なぜ、何もしないと世界は崩壊するんだ?」
「地上に繫栄した生物や積みあがった建造物の重みで、世界の床が抜けるからだ」
「床が抜ける!?」
急にポップな表現をされて、思わず吹き出しそうになる。
そんな俺を不服そうに睨みながら、アーネストは壁画の下の部分を指さす。
壁画の瓦礫の下部には地上の境界と思われる線が引かれており、その下に瓦礫が崩れ落ちていく様子が確かに描かれていた。
「――だが世界の崩壊も、星巫女による再生も、数千年に一度という記録がわずかに残るだけ」
ゆっくりと壁画を見渡しながら、アーネストが解説を続ける。
全体を眺めるためか後ろ歩きをしながら、壁画から離れていく。
「星巫女の再生によってかつて何が起きたか、これから何が起きるのか……実際のところは何もわからず、目下研究中というわけだ」
後退しながら、俺の横にたどり着いたアーネスト。
どうやら解説はこれで終わりのようだ。
それにしても『何もしなければ、世界は崩壊するだけ』ね。
だとしたらラディルとアリエスの星巫女の旅も、何か意味のあることなんだな……。
よかった――わずかばかりの安堵が、俺の心に広がる。
「でも魚の亜人って、これまで一度も確認されたことが無いんだよね」
ずっと静かに話を聞いていたトルトが、口を開く。
途端、アーネストが不機嫌そうにムッとする。
「世界の再生に関わっているなら、何らかの痕跡があってもいいはずなのに――だからこの壁画は創作だろう、って意見が魔導学園では一般的だね」
「……フン」
ああこれは、トルトがアーネストを煽ってるな。
仲の悪い二人がケンカを始める前に、話を終わらせなくては。
「まぁまぁ、この壁画がその痕跡ってやつかもしれないだろ? アーネスト、この壁画を撮ぇ……記録してもいいか?」
「記録?」
俺はショルダーバックから、スマホを取り出す。
それだけでアーネストは、すぐに記録の意味を理解してくれた。
「店の料理の絵のように、正確に模写するということか?」
「あ~……そんなところだ」
「構わない。そのかわり、その『記録』を僕にも譲ってほしい」
「それはもちろん! それじゃあ、失礼して――」
今はまだ何もわからなくても、後で役に立つかもしれない。
そう思いながら、写真と動画で壁画をくまなく撮影した。
「こんなものかな。あ、あと良かったら、店に繋がる扉をここに設置しようか?」
「店への扉?」
「こういうのなんだけど――バックヤード!」
実際に見せた方が早いと思って、バックヤードの扉を出す。
開いた扉の先には、出かける前に設置したゴミ袋が口を広げている。
これで店に繋がったというのは、わかってもらえるだろう。
「扉がここにあれば、アーネストも移動がラクになるかと思って」
「……いや、遠慮する」
良かれと思っての提案だったが、アーネストにはあっさり断られてしまった。
だが不服というワケではないようで、理由を話す彼の顔は不機嫌そうではない。
「集中したいから、あまり人の出入りが多くなるのは好まない」
「そ、そうか……そうだよな」
「え~、扉出しといてもらったほうが絶対便利なのに、本当に変わり者だなぁ」
トルトは信じられないという顔で、口を挟む。
それを慣れた様子でスルーし、アーネストは俺に話しかける。
「見学はもういいのか?」
「ああ、今日はありがとう。アーネスト」
「礼はその『記録』というやつでいい。今度店に行くまでに、用意しておいてくれ」
「はは、わかったよ。それじゃあな」
「はぁ~、やっと下水道から出られる~!」
案内してもらった礼をアーネストに告げ、俺とトルトは店へと戻っていった。





