第86話 追補の続き
八月十四日の朝、牧野は役場へ届いた二通の申出書を別々の封筒へ入れた。片方は、町外で暮らすトヨの個人証言に関する追加の確認。もう片方は、黒瀬が自分で持参した十五年前の祭りの判断と救助に関する説明だった。
黒瀬は受付で、以前にも話したことがあると告げた。牧野は、それが誰への私的な話だったかを確かめ、町として今日受け取る書面には受付日を付けた。
「私は、祭りを続ける側に立っとりました。最初の舟で助けられた三人のうちの一人でもあります」
「ご自身が直接見たことと、あとで聞いたことを分けていただけますか」
「分けて書いたつもりや。足らんところは言うてください」
黒瀬は自分の便箋に書いた二度目の出航を、もう一度読み直した。父と母が三人を降ろしたあと岸を離れるところは見た。その先の航路は知らず、転覆したと後日聞いた。名前を出してよいか本人に確認できない人のことは、今日も勝手に記さなかった。
牧野は書面を受け取り、町の古い記録のどこと照合するかを説明した。黒瀬がそこに判を押したからといって、翌朝の四世帯の扱いまで一度に解決したことにはならない。
「今日の分は、本人の申出として記録します。確認できたところから進めます」
「それでええ。いま思い出したことを、十五年前から知っとったことにしてもらうのは困る」
黒瀬は受付番号の入った控えを持ち帰った。帰りに集会所へ寄り、雨の場合の撤収経路を野添に確かめるつもりだった。
牧野は提出用の別紙を一枚ずつ複写し、原本を役場の受付箱へ回した。黒瀬が自宅で保管する最初の便箋を、ここで預かったことにはならない。本人が今日署名した説明書と、以前に私的に渡した証言は来歴を分けて記録した。
同僚が公開用の追補ファイルを開くと、四世帯の欄に修正履歴を追記できる余白があった。今日の黒瀬の話をそこへ加えれば、昨年から問い合わせている人の目にも早く届く。だが、二度目の舟が岸を離れた事実だけで、どの世帯が避難したかまでは確認できない。
「同じ晩の話なら、一つにまとめられそうなんですけど」と同僚が言った。
「照合先は同じでも、受付の番号まで一つにしたら、後でどの話を誰がしたかわからんようになる」と牧野は答えた。
牧野は公開されている追補の末尾を印刷し、説明書の提出先を確認するための付箋を付けた。新しい申出があることを記すときも、名前と現在の連絡先は本人の同意を確認してから扱わなければならない。今日、黒瀬が話していない誰かの名前を、役場の方で補うつもりはなかった。
別の職員から祭りの会場変更に関する電話が入り、同僚が席を立つ。牧野はそのあいだに返信が必要な書面をまとめ、トヨから来ている追加の連絡と黒瀬の申出の封筒が机の上で重ならないよう、保管する棚を分けた。
受け付けたばかりの書面には、問い合わせ先を本人が指定する欄がある。黒瀬は自宅へ電話してよいと書いたが、トヨは町外会館を通じた連絡を希望していた。牧野は返信用の封筒を二種類作り、会館へ宛てた方には個人名を表へ大きく書かないよう同僚に伝えた。
「返事が届いたかどうか、こちらで確認できます?」
「会館へ預ける前に控えを残そう。本人へ届くまでの扱いは、向こうの手順を聞いてから」
資料の中身が似ていても、持ち主が希望する送り方まで同じにはできなかった。
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トヨの手紙には、今の住所を公表しない希望が引き続き書かれていた。自分が覚えている救助の場所について、前回の説明を一か所訂正している。牧野は、記録の訂正理由を返事へ書き、本人の同意なしに名前を公開資料へ載せないことを確認した。
別の机では、久保田美和が相談していたノートのうち、必要な日付がある頁をどう扱うかを検討していた。原本は美和のものだ。コピーを受け付けるとしても、私的な電話番号や家族の用事を残す必要はない。牧野は承諾を取る項目を分けた書類を用意した。
「これだけ来たら、追補もすぐ終わりますか」と若い職員が尋ねた。
「一枚書いたら終わる仕事ではないよ。次に訂正の相談が来ても、出した人が困らんように残さないと」
牧野は公開済みの追補を開き、翌朝の集計へ「避難済み」と記した根拠が欠けている箇所を確かめた。ここはまだ不一致のままだ。今日の申出から誰かの生存がわかったとしても、残る世帯の安否までまとめて書くことはできなかった。
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午後、野添は黒瀬から受付の控えを見せられた。十五年前の説明を役場へ出したのは黒瀬自身で、野添が若手の代表として代筆したものではない。
「これ、今年の運営資料とは別にしておきます」と野添は言った。
「そうしてくれ。今年の判断に昔の事情を持ち込んで、曖昧にしたくない」
「それなら、今夜の予報を確認してください。明日の雨天時の連絡網、試しに回しますから」
黒瀬は自分の携帯電話を取り出した。野添の作った連絡表には、黒瀬よりずっと若い担当者の名が二人並んでいる。祭りを開催するかどうかは、その人たちが予報と現場の状況を見て判断する。黒瀬は連絡が来たら、自分に割り振られた机の搬出だけを手伝うことにしていた。
野添は夕方、連絡表の試し回しを始めた。最初の人へ電話すると、その人は仕事中で出られず、代理に決めていた女性へ繋がった。女性が次の人へ回す前に、会場の変更を知らせる欄の読み方がわからないと訊く。野添は実際の紙を開き、誰でも同じように読めるよう文字を大きく書き直した。
「今日、試してみてよかったな」と青年が言った。
「明日になってから気づいたら、もう遅い」
黒瀬は倉庫の入口で二人のやり取りを聞き、手伝えることがないか尋ねた。野添は、風で飛ばないよう道具の箱へ重石を入れてもらえれば助かると答えた。黒瀬が重石の数を数え始めると、別の担当者が運搬車の時刻を確かめに来た。
黒瀬は道具箱へ重石を入れ終えると、残った数を野添へ報告した。野添は箱の側面へ必要数を記し、運搬車を担当する人へ写真を送った。朝に車へ積む際、箱だけが先に運ばれて重石を忘れないようにするためだ。
野添は明日の担当者へ連絡を回したあと、受信の印が付いていない名前だけ控えた。会議で決めたことでも、全員へ届いていなければ現場で動けない。黒瀬が昔の話をしに来た日だからこそ、今年の役割分担を曖昧にするつもりはなかった。欠けた一人へ電話を掛け直し、返事を確認してから連絡表を鞄へしまった。




