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預かり屋 榊便利堂 ~死に際の想いのこもった最期の一言を届ける裏稼業~   作者: MIYA
第九章 持っていったもの

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第67話 二十七番


 木曜の午前、紗江は物置から木箱を下ろした。昨日のうちに鍵を探したが見つからず、今朝ようやく古い裁縫箱の底から出てきた。母が箱に入れたものなら、母が出すまでは触らないつもりでいた。しかしこの家の荷物をこれから管理するのは自分だ。


 蓋を開けると、新聞紙に包まれた表札が一枚あった。木の角が削れ、『宮下』の二文字の下に、鉛筆で小さく『港東二十七』と書いてある。建て替え前の家で使っていたものだ。紗江は十五年前の片づけで、母がこれを柱から外したのか、誰かに預けられたのかを聞いた記憶がなかった。


 底には古い写真も入っていた。家の前で腰を下ろす二人の女のうち、一人は若いころのハルだった。もう一人の顔には見覚えがない。裏返すと、母の字で『ハルとトヨ。縁側』と書かれている。


 写真を透に渡そうかと思い、紗江は携帯を手に取った。先ほどまでは、見つけた物をすべて渡せば母の頼みが済むような気がしていた。でも、写真に写る女がそれを望むかどうかは、まだ確かめていない。


 紗江は写真の表と裏だけを撮影し、透へ「本人確認に使うなら、この画像だけ」と添えて送った。表札は木箱に戻し、また鍵を掛けた。


           ※


 紗江は送った画像を見返したあと、木箱へ入れてあった小さな紙切れを広げた。母が表札を包むときに使った新聞の切れ端で、表には十五年前の祭りの広告が載っている。そこから何かを判断できるとは思わないが、包み紙ごと捨てれば、あとで自分がいつ見つけたのかわからなくなる。


 箱の蓋の内側には、母が鉛筆で書いたらしい小さな線が何本かあった。高さを測ったのか、子どもの背比べの印なのかは判別できない。紗江は写真を撮ったが、透へは送らなかった。本人の居場所を探すために必要な資料と、娘が後から自分で調べたいものは分けておく。


 午後、洋品店から連絡があり、延期した浴衣の受け取り日を一日早められないかと客が希望していた。紗江は途中まで縫っていた部分の位置を電話で説明し、同僚が仕上げたものを一度店で見てから決めることにした。母の物置へ戻る前に、仕立て用の針が一本足りないことへ気づく。ハルの裁縫箱に良い針があっても、仕事用として勝手に持ち出す気にはならず、自分の店へ戻って探した。


 木箱の鍵は鞄に入れず、いつもの引き出しへしまった。鍵の場所を知る親戚が一人いたので、留守のあいだ物置へ人を入れないよう頼んでから出かけた。


 紗江が幼いころ、トヨは家の縁側で髪を結ってくれる人だった。急いでいる日は輪ゴムだけで束ねるので、学校へ着くころにほどけてしまう。ハルの結び方はきつすぎて、頭が痛いと文句を言ったこともある。その記憶が正しいかどうか写真を見てもわからない。写っている二人は縁側で並んでいて、どちらの手にも髪留めはない。


 紗江は箱の底から、色の褪せた布の切れ端を見つけた。浴衣の裏地らしいが、母が縫ったものか、自分が練習に使ったものかは判別できない。引き取った家財を整理するために広げた木箱が、子どものころに誰が何をしてくれたかを知る場所になるとは思わなかった。


 トヨが旧家を離れたのは高潮のあとだった。母が何度も連絡を取ろうとしていたなら、住所の控えくらい家のどこかへあるかもしれない。しかし、母は生前にトヨと電話で話していたのかと聞かれても、紗江には答えられない。自分が家を出て働き始めてからは、ハルの電話の全部を聞いていたわけではないからだ。


 夕方、紗江は箱へ戻した表札を、外から一度だけ触った。木目の一部に盛り上がりがあり、布を掛けると引っかかる。これを今すぐ磨いて元の形へ戻したら、長く使われていた痕まで消えてしまいそうだった。紙を一枚挟み、蓋を閉めたまま物置へ運んだ。


 紗江が物置を離れるとき、箱の下へ敷いた新聞紙の端が扉に挟まった。もう一度持ち上げて紙を直し、湿気がこもらない場所へ移す。十五年前の表札を、今日自分が傷つけてしまったら困ると思った。


           ※


 透は、受け取った写真を拡大した。背景には古い格子窓があり、手前に低い柿の木が見える。ハルの言った家の場所が二十七番だったことは、この字からわかる。ただ、それが役場の追補にある未確認の四世帯と同じ家かどうかは、写真だけでは判断できない。


 役場へ出向いて公開資料の所在を尋ねると、窓口で案内されたのは閲覧申請の様式だった。四月に公表された追補は誰でも読めるが、個人名の入った一次記録は業務目的でなければ閲覧できない。透は公開されている旧地図だけを申請した。


 楓はそのとき、別の窓口で引っ越しに伴う手続きを受け付けていた。透とすれ違っても、資料室へ案内することはしなかった。勤務が終わったあとで、便利堂へ電話を掛けた。


「公開地図で、何を調べるの?」

「昔の家の場所。宮下さんの仕事で必要になった」

「うちの部署の記録と結びつけるつもりなら、わからんところはわからんままにしといて」

「そのつもりだよ。そこに住んでた人の今の住所まで、地図に書いてあるわけじゃない」


 楓は少し笑ったが、すぐ父の話になった。義信は最近、古い道を歩いて帰ることがあるという。どこへ行ったか問い詰めても、娘へ説明する義務があるわけではないと楓はわかっている。ただ、夕飯が冷めるから帰る時刻だけは電話してほしいと伝えたらしい。


「久保田さんの件、進んでる?」と透が聞いた。

「公にできることは、追補に書いてある分だけ。いまのわたしは担当から外れてる」


 透は受領した画像に紗江から許可された用途だけ書き込み、仕事用の共有端末には保存しなかった。町の旧地図と写真で一致するのは地番と家の位置までで、転居の届け先も、表札を外した日の記録もそこからは追えない。ノブが覚えていることを聞くにしても、写真を勝手に転送する理由はなかった。


 透は礼を言って電話を切った。机には、紗江の許可を得た写真と、地図の閲覧控えがある。どちらにも、トヨの今の住まいは載っていなかった。


           ※


 その夜、ノブへ電話を掛けた。ハルと親交のあった人なら、トヨへ連絡した時期を知っているかもしれない。ノブはハルの死を聞いてしばらく黙り、相手の名前を確かめてから答えた。


『トヨちゃんの家へ、年賀状出しとったんは昔の話や。今の住所は知らん。知っとっても、本人に訊かず渡すんは嫌やけどね』

「そうですね。昔の住所へ、まず手紙を出します」

『ハルに、生きてるうちに本人へ電話しなさいって言うたことがある。せんかった理由までは、知らんよ』


 ノブは翌朝、近所の人と病院へ行く予定だと話し、電話を切った。透は古い住所の封筒を用意したが、今夜の集配には間に合わなかった。


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