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預かり屋 榊便利堂 ~死に際の想いのこもった最期の一言を届ける裏稼業~   作者: MIYA
第八章 避難済み

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第62話 確かめた日付


 美和が父の古いノートについて町へ電話をかけたのは、あの葬儀から二週間ほどたったころだった。実家から持ち帰った段ボールは、まだ自宅の和室に置いてある。夫は早く片づければいいと言ったものの、中にあるのが雑誌だけではないと知ってからは口を出さなくなった。


 子どもを送り出した朝、美和はノートを開いた。父の字は数字が大きく、日付だけがやたら几帳面だ。台所の出費や金柑を配った先の名も書いてある。十五年前の八月の頁には古い新聞の切り抜きが挟まり、その余白へ鉛筆で短い走り書きが残っていた。


 それが仕事の紙か家の記録か、美和にはわからない。紙を重ねて見ると、新聞の発行日と父が書いたらしい日付は同じとは限らなかった。書き足した時期を勝手に推測するより、どこから出てきたのかを残した方がいいと思った。


 町の文書担当へ電話をかけると、原本はいま手元に置いて、まずノートの来歴と相談内容を整理してほしいと案内された。寄贈するかどうかも、家族が確認してからでよいという。


「父が個人で持っていたものなんですが、町の記録に関係するかもしれなくて」

『公的な資料かどうかは、こちらで確認する必要があります。何か写しをお願いする場合も、先に範囲をお伝えします』

「父の名前が出ることはありますか」

『調査の結果によります。いま断言はできません』


 美和は礼を言い、相談した日付と担当部署をノートとは別の便箋へ記した。電話で案内された提出方法も、机に置いた付箋へ書き写す。親戚のうち一人は遠方に住んでいるので、週末に会うだけでは全員と話しきれない。写真だけ先に送るなら、昔の名前が写らない頁を選ばなければならない。美和は送信する画面を開いたまま迷い、いったん携帯を伏せた。急いで資料を出せば父のことが早く片づくという考えを、自分で何度も止めていた。昼休みの夫へ電話をかけると、帰宅が遅くなるので夕飯は先に食べていてほしいと言う。


「ノートのこと、親戚にも訊いてから決めるわ。町へは相談しただけ」

『わかった。週末、子どもは俺が公園連れていくから、そのあいだ話しに行ってきたら』

「そうする。あの箱、勝手に捨てんといてね」

『手紙が多い方やろ。触らんよ』


 美和は電話を切り、ノートの下へ新聞を戻した。父の持ち物を守ることと、昔の記録に使える情報を隠しておくことのどちらを選ぶか、まだ自分だけでは決められない。週末の親戚との約束を手帳へ入れ、仕事の鞄を持って家を出た。


           ※


 役場では、牧野と別の担当職員が保存文書の原票を並べていた。港東地区の一次連絡票には、当初の安否が「未確認」とされた四世帯分の記載が残っている。翌朝の集計版にはその四世帯に対応する行がなく、合計欄の脇に「避難済み四」と別の筆記具で書かれていた。


 写しを並べれば数は一致する。しかし、誰がいつ確認してどの避難所へ移したのか、対応する記録はまだ見つかっていない。義信が提出した私的な紙には「確認待ち四件」とある。これだけで、二種類の役場文書の作成経緯が証明されたことにはならなかった。


「この数字、当時の担当が数え間違えたってことですか」と同僚が尋ねた。

「そう書くなら根拠が要る。いま言えるのは、二つの記録が一致していないってことや」

「この四世帯、原票には名字がありますね」

「名前が読めても、今どこにおるかは別の確認が要る。閲覧できる部分とも分けて扱って」


 別の避難所の資料室にも、同じ地区の世帯が記録されていないか問い合わせた。調査を引き継いだ当初、牧野は翌朝の集計の方が整った記録だと思っていた。けれど揃っている数字だけを優先すれば、夜の電話で「まだ確認できない」と書いた人の仕事が消えてしまう。照合表の見出しには安否の結果を示す語を置かず、確認に使った資料の番号だけを書いた。


 牧野は照合した頁の番号を振り、表へ記入していった。どの避難所の記録を次に見るか、担当を分けて申請する。資料室の棚には新年度の案内が届いており、会議室の利用申請も重なっている。古い記録の再調査だけで、課の一日が終わるわけではなかった。


 義信は追加の聞き取りを申し出ていたが、まだ会う日が決まっていない。牧野は家族の楓ではなく、本人へ直接連絡する担当を指定した。久保田美和からの相談についても、ノートを引き取る前に来歴を確かめる。公文書と私物を、同じ棚に入れることはできない。


           ※


 千鶴が久保田家の入金を確認したのは、その週の金曜だった。店に届いた振込通知を見ると、美和が支払った額は郵送した請求書より多い。透が最初に渡した概算の見積額で振り込んだらしく、交換部品を使わずに済んだ分がそのまま含まれていた。


「透さん、これ。請求書の金額と違います」

「部品代、外したはずだけどな」

「請求書は合ってます。振込の方が多いです」


 千鶴は二枚の控えを机へ並べた。透は美和の番号へ電話をかけ、振り込まれた額と実際の請求額の差を伝えた。美和は父の古い伝票を見ながら振り込んだと謝ったが、透は請求書を後から出した自分にも説明不足があったと話した。


「差額を返します。返金先の口座、こちらの控えでいいか確認させてください」

『いま手元に通帳がないので、帰宅してから折り返します』

「急ぎません。確認できるまでこちらで預かります」


 電話を切ると、千鶴は帳簿の余白へ返金予定と記した。まだ口座も確定していないので、返金済みの欄には何も書かない。透が別の用事で外へ出たあとも、千鶴は作業代と立替金の控えを分けて綴じた。今日は便利堂の勤務日で、午後には実家の乾物屋へ戻る約束がある。


 美和から折り返しがあったのは、千鶴が帰る直前だった。口座名義を復唱して照合し、振込手数料はこちらで負担すると透が決めた。手続きの実行は翌営業日になる。千鶴は予約した日付を書き、通帳で出金を確認するまで処理を閉じないよう、伝票へ付箋を貼った。


 透は店に残り、今月末の入金一覧を整理した。久保田家からの差額は、返したいと思っているだけでは帳簿から消えない。振込の予定日を店の暦へ書き、銀行の明細を確認したら千鶴が次の勤務日に照合できるよう、控えを机の端へ残した。ほかに未入金のまま残っている竹岡家の請求書には触れず、こちらは予定の期日が来たときだけ確認することにした。


 実家へ着くと、母が追加の昆布を計量していた。千鶴は便利堂の帳簿を持ち込まず、乾物屋の注文控えだけ開く。母に頼まれた追加分の重さを書き込み、包装用の紙紐を一本取り出した。


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