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預かり屋 榊便利堂 ~死に際の想いのこもった最期の一言を届ける裏稼業~   作者: MIYA
第七章 引き受けない仕事

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第54話 渡す前に


 二月最後の金曜、野添慎二は祭りの器材の置き場所を紙へ描いていた。週末に集会所の床を磨く予定があり、机を動かすのはその前に済ませたい。修理の終わった二台の長机を受け取ってから、使えない一台は別の場所へ移している。


 黒瀬が来たのは、倉庫の扉へ新しい番号札を付け終えたころだった。


「余ってる机は、まだ修理せんのか」

「今年は借りません。来年どうするかは、会計見てからです」

「そうか。急いで決めんでもええな」


 野添は顔を上げた。黒瀬が長机の処分について自分から話を終えたのは、これが初めてだった。


「この前の紙、預かってます。昔の祭りのことを調べたい人が来たら、どう扱えばいいですか」

「私の記録やと断って見せてください。ただし、今日の議事録と混ぜんといてほしい」

「わかりました。閲覧した人の名前も記録しときます」


 野添は先週作った「黒瀬巌・本人記録」の封筒を専用箱へ戻した。会の正式な決定書と勘違いされないよう、収納棚の目録にも私的資料と記してある。資料の寄託日と受領者は先週の帳簿に残っているので、今日は閲覧を申し出た人へ説明するための注意書きを追加した。


 帰り際、黒瀬は野添へ、今年の雨天時の連絡について一つ尋ねた。自分の名前が代理の欄にまだ入っているという。


「これ、外してもええか。家におらん日もある」

「前に聞いたとき、引き受けてもいいって言うたでしょう」

「引き受けたのは私のほうや。引き受けられん日があるなら、先に言わんといかん」


 野添は予備の担当者を頼む相手の名前を書き出した。黒瀬は自分に連絡がつく日の分だけ残し、足りない日に代わる人を探す作業は野添へ返した。


「それなら、三月の会議まで仮の欄にしておきます。代わる人にも先に聞かんと」

「昔なら、誰か空いてるのを呼びに行ったもんや」

「今年は空いてるかどうか、聞いてから名前を書きます」

 野添は一旦書き込んだ黒瀬の番号の隣に、連絡できる曜日だけ鉛筆で印を付けた。頼れる年長者がいるのは助かるが、担当表へ勝手に名前を残してよい理由にはならなかった。


 話をしているあいだに、黒瀬の布鞄から白い紙が一枚落ちた。便利堂の予約用紙だった。野添が拾って渡そうとすると、黒瀬は先に手を伸ばした。


「それは、私の用事や。気にせんでええ」


 野添は一瞬紙を見たが、書いてあることは読まずに返した。二人は倉庫の鍵を確かめ、戸締まりをして別れた。


           ※


 便利堂へ戻った透の机には、ノブから送られてきた葉書が置かれていた。正月に渡した祖父の未発送便箋については何も書かれていない。庭に植えた菜の種が鳥に食べられてしまい、家族と別の場所へ蒔き直したという、短い近況だけだった。


 透は葉書を読むと、千鶴へ見せてよいか迷い、ひとまず自分の引き出しへ入れた。ノブは家の出来事を書いただけで、祖父の件をほかの人へ伝えてほしいとは頼んでいない。


「透さん、竹岡さんのところ、入金確認できました?」

「まだ。今月分のまとめと一緒に見ておく」

「催促状は勝手に作りませんからね。連絡するなら、透さんからお願いします」


 千鶴は請求書の束を仕分けた。竹岡家の分には、前に発送した請求書の控えが挟まっている。支払いの日付が載るまでは、入金済みの棚へ移せない。千鶴は別の客の領収書だけ切り、財布の紐を締め直した。


 昼前、黒瀬が店へ来た。前に見た予約用紙を持っているが、今日は先に名刺を差し出すことはなかった。


「宛先、決まりましたか」

「決まりません。それで、予約はまだせんでおきます」

「わかりました」


 黒瀬は机の前へ座り、昨日の雨で濡れた鞄を膝へ置いた。透は温かい茶を出したが、相手は湯飲みの持ち手を確かめるだけで飲もうとしなかった。


「私、先代から言葉を受け取ったときは、死んだ人が頼んだことなら何でもやろうと思ったんです。ところが、頼まれたことを引き受けるのと、別の誰かへ背負わせるのとでは、ずいぶん手間が違いますな」

「黒瀬さんの予約が必要になったら、先に連絡ください。あのときは、お話だけ伺います」

「ええ。そのときは、相手を決めてから来ます」


 黒瀬は紙をしまい、代わりに祭りの机の請求書の控えを差し出した。野添から預かった支払前の書類で、見積もりと金額が合っているか確かめてほしいという。透が帳簿と突き合わせると、運搬費の欄だけ二重に計上されていた。


 透は謝ろうとして、使い慣れていた一語が喉の手前で止まった。黒瀬は伝票の数字を見たままで、透の次の言葉を待っている。


「申し訳ありません。運搬は一回だけです。こちらの転記ミスでした。直して再発行します」

「野添へは私から伝えておきましょう。あいつ、自分の現場も忙しいそうやから」

「店からも連絡します。会計の書類なんで」


 黒瀬はようやく茶を一口飲んだ。会の担当者へ訂正の予定を知らせるため、帰る前に電話を一本掛けたいと言う。透は店の固定電話を貸し、千鶴が誤った金額を先に記帳しないよう、控えへ赤い印を付けた。


 黒瀬が電話口で自分の名前を告げるあいだ、透は古い控え帳を開かなかった。祖父が十六年前に何を預かり、どこへ届けたかは、今日の請求書の訂正に関係がない。


 千鶴は差し替える請求書の控えを一枚取り、運搬費の数量を二から一へ直す箇所に付箋を貼った。透はそれを確認し、今日の日付で訂正版を出すことを帳面へ記す。古い一枚を捨ててしまえば、受け取った側がどこを直したのか分からなくなる。誤った控えは「無効」と書いて綴じ、新しいものと一緒に会計へ送る準備をした。


 黒瀬は二度目の電話で野添に繋がると、明日の朝、集会所へ寄ると言った。新しい連絡表に一つ空欄が残っているらしい。


           ※


 午後、千鶴は乾物屋へ戻る前に、裏の棚から十五年前の新聞束を一度引き出した。先代の帳面の横に置くと紛らわしいので、透に保管場所を尋ねるためだった。透は束の紙の端を確かめ、まだ開けないまま、棚の下の元の場所へ戻した。


「いつまで置いときます?」

「必要になったら読む。今は、黒瀬さんから聞いたことと分けておきたい」

「じゃあ、場所だけ帳簿に書いときます。誰かが掃除のとき出しても、捨てないように」


 千鶴が帰ったあと、透は黒瀬から許可を得て撮ったメモの画像を、自分の調査記録へ移した。最初の便に黒瀬が乗っていたという本人の証言は残るが、ほかの二人の名も、その先に何があったかも書かれていない。


 閉店間際、航が車の部品を入れる箱を持ってやって来た。


「これ、蓋だけ割れた。直せるか」

「中身、何が入る」

「予備のナット。蓋が閉まればいい」


 透は箱を裏返し、割れた蝶番の寸法を測った。直せるかどうかは、明日部品を探してから答えることにした。


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