第52話 今の担当
土曜日の午後、公民館の会議室へ運ばれた長机は、二台とも脚が揃っていた。
野添は椅子を並べ終えると、床を踏んで机を一台ずつ揺らした。どちらも前より安定している。黒瀬が持ってきた古い留め具は買い替えに決まったが、使える机まで捨てずに済んだ。
「これでよし。榊さん、請求書は会の名前でお願いします」
「請求書なら今日持ってきています。納品の確認だけお願いします」
透は工具箱を片づけ、会議室を出た。今日の集まりは今年の祭りの段取りを決めるもので、便利堂の仕事はここまでだ。野添に誘われたが、傘の修理が一件残っていると告げ、店へ戻った。
野添は納品書の二台分に印を付けたあと、請求書を会計担当が座る予定の席へ置いた。現金を用意しているわけではなく、払い込みの日程は会計から後日知らせることになっている。長机は貸し出し用の倉庫へ戻す前に番号札を付け替え、修理をしていない三台目と間違わないようにした。手伝いの青年が台車を借りたいと言いに来たので、野添は鍵の受け渡しを受付簿へ記入してから渡した。
会議が始まると、野添は配った紙を一枚ずつめくった。雨や風が強くなったとき、誰が中止を決めるか。連絡する人を一人に集中させず、代理を決めておくか。今年初めて書き直した欄には、まだ四つの空白があった。
昨年は連絡網の上から順に電話を掛け、途中で不在の家があると誰かが代わりに回した。今回は決定した内容を最後の家まで同じ文面で届ける担当を決めたい。野添は出席者へ紙を配ったあと、会議の終了時刻を先に告げた。翌朝の早い仕事がある人もいるので、昔の話を始めるなら、まず今日決めるべき事項から片づける必要があった。
「町内の担当だけで決めてええんか」と、古くから手伝っている男が尋ねた。「昔は総代や、ほかの役員が集まってからやったろ」
「集まるまでに風が強うなったら困ります。連絡がつかんときもありますから」
野添は机の向こうを見る。黒瀬は後ろの席に座り、まだ発言していなかった。いつもなら話がまとまらないところで古い例を示してくれるが、今日は膝の上の鞄を開けたままだ。
「黒瀬さん、昔のやり方、教えてもらえますか」
黒瀬は二枚の紙を取り出した。十五年前の自分の小さなメモと、今週書き直した説明の便箋だった。出席者全員に渡すほどの枚数はないので、野添に原本を預けた。
「これは、当時の会の正式な議事録ではありません。私が書いておいたものです。読んでほしい」
野添は便箋の冒頭を読み、途中で黒瀬を見た。
「十五年前、祭りを続ける側で意見を言われたんですか」
「ええ。天候が悪くなる前に、止めておくべきやと話した人もおった。それでも私は続ける意見を伝えました」
「そのとき、ほかの人は」
「ここに名前を書けるほど、正確に覚えておりません。誰が何を言うたか確かめるなら、ほかの人にも尋ねてください」
会議室の窓の向こうで、小学生がボールを蹴っていた。参加者の一人がカーテンを少し閉める。
「今さら、それをどうしたらええんや」
野添は紙を机に置いた。話しているあいだも、今年の雨天時の欄は埋まっていない。
「今年の決め方に使わせてもらいます。けど、この紙を十五年前の全部の記録として配るのは、違いますよね」
「そうです。私の側から見えたことしか書いとらん」
「だったら、別の封筒に入れて保管します。当時のことを調べたい人がいても、これだけ見たら早合点すると思うんで」
「会の名前で公開するんか」と後ろから声がした。
野添が首を振ると、年長の参加者は「なら、何で今ここで読ます」と手を上げた。黒瀬は言い返しかけたが、隣の席から「あの年は会場におった人間も、家で知らせを待っていた人間もおる」と別の声が上がった。
「ここで話すことと、みんなに配ることは分けます」と野添は言った。「預かった事実は記録します。中身は、まず本人の資料として別に置かせてください」
黒瀬は椅子の縁をつかみ、持ってきた便箋の写しが足りないことを口実にせず、その提案を受け入れた。
黒瀬は頷いた。だが会議に出ていた年長の男は、これでは昔の人間が責められるだけだと言い、受け取った紙を机の端へ寄せた。
「祭りを続ける言うたのは、おまえ一人やないやろ」
「私一人ではありません。だからといって、私が言わんかったことにはできません」
黒瀬は椅子に座り直し、野添が作った今年の表をもう一度見た。若い人たちが途中で会議をやめず、紙の空欄を埋め始めている。
集会所を使える時刻、町内の連絡網、雨具をどこへ保管するか。決定者と代理の名前が書かれても、それで全員が納得したわけではなかった。年長の男は最後まで、昔のやり方を変えるのは大げさだと言っていた。
議題を戻すと、若い担当の女性が「携帯だけの連絡だと、うちの班には伝わらない家がある」と言った。野添は連絡網の最後に電話を受ける人を一人ずつ書き足し、当日の掲示板にも中止や会場変更を貼る役を決めた。紙で配る案内は、本人の同意を得た連絡先だけ載せる。誰も出なかった場合に使う番号も別の欄へ分けた。
「この人数で、試しに一回回せるんか」と年長の男が尋ねる。
「四月の準備の日にやります。回らんかったら、直します」
野添は決まらなかった欄を勝手に埋めなかった。三月の会議までに本人へ確認する担当名だけを書いた。
野添は会議が終わるころ、便箋を持って黒瀬のところへ行った。
「写しを取ってもいいですか。今日の議事録には、黒瀬さんから資料を預かったことだけ書きます」
「ええ。元の紙は、今の会へ渡すつもりで持ってきました」
「じゃ、保管用の袋を用意します。誰でも勝手に持って帰れるようにはしませんけど」
野添は封筒の表へ寄託日と本人資料であることを記し、祭りの議事録へ「黒瀬巌から私的記録二点を受領」とだけ書いた。内容を正式な決定経緯として転記するかどうかは、今日の会議では決められない。便箋の複写も、いったん黒瀬に見せてから保管することにした。
黒瀬は鞄を閉じ、野添が封筒を収納棚へ運ぶのを見送った。棚の鍵は野添が預かり、今日の議事録は別の職員が閉じた。黒瀬は旧メモの日付が正しく書かれているか最後にもう一度尋ねたあと、席を立った。
帰り道、公民館の駐車場で車を動かすのに手間取り、黒瀬は野添へ誘導を頼んだ。野添は鏡を畳む位置を指示し、最後の一台が出るまで敷地に残った。




