第48話 違う伝票
木曜の午前中、藤木の乾物屋には、祭りの試食会で配る小袋の注文が入った。
千鶴は小分けにする昆布の枚数を数え直した。相手が欲しいのは五十袋だが、渡された見本の袋は去年のもので、印刷された店の電話番号が古い。母に見せると、もう使わない包装紙なら裏から出せばいいと言われた。
「去年の残り、六十袋ぶんあるよ」
「電話番号を直してから使おうよ。去年、番号違うって三件電話が来たんだから」
「そこまで気にする人、おらんと思うけどね」
「三件おったんでしょ」
千鶴は新しい宛名シールを探し、包材の業者に電話をかけた。小さなシールを五十枚だけ刷ってもらうより、店でカッターを使って貼り直したほうが安い。ただし細かい字を手で切るのは二人がかりになる。
ちょうどそのとき、店の奥へ町内の若い女性が来た。試食会の担当者で、注文した袋の表に祭りの名前も入れてほしいと言う。千鶴は既に印刷された包装紙を示した。
「追加すると、料金が変わります。元の注文では店の名だけです」
「去年、黒瀬さんに頼んだらやってくれたって聞いたんですけど」
「黒瀬さん、うちの店の印刷はしてないと思いますよ」
母が横から、去年は自分が夜に貼ったのだと口を挟んだ。無償にした覚えはないが、請求書に載せたかどうかまでは覚えていないらしい。
千鶴は一袋あたりの追加料金を書き、担当者に渡した。相手は一度持ち帰り、午後になって追加の文字を取りやめると連絡してきた。代わりに自分たちで紙札を付けるので、穴を開ける位置だけ揃えてほしいという。
「それならできます。穴だけ、先に見本を作りますね」
千鶴は見本用の袋を二枚取り、昆布を詰めてから机の上へ並べた。紙札を通す穴が袋の端に近すぎると、持ち上げた途端に裂ける。少し下げると今度は中の昆布へ当たるので、母に穴あけ器を借り、紙の余りで先に試した。見本を作るのにかかった時間も控えるが、そのまま五十袋の工賃に上乗せするつもりはない。初めての注文で失敗しないための試作まで請求したら、次は相手が自分で持ち込むだろう。
結局、紙札は担当者が用意することになった。千鶴は取り付け位置の図を描き、商品と一緒に渡すことを約束した。母は、昔なら口で教えて済ませたのにと首を傾げたが、担当者が当日不在でも同じ袋が作れるようにしておきたかった。
受話器を置いたあと、母は笑った。
「おまえ、値段の話はきっちりするようになったね」
「便利堂で覚えた。あとで伝票が合わんと、もっと面倒なんだよ」
「榊さんにそこだけ見習わんでほしかったわ」
千鶴は笑いながら、五十袋ぶんの包装紙を広げた。昼休みには便利堂へ行くつもりだったが、二軒分の配達先を変更したため、今日は寄らないことにした。黒瀬の名刺を片づけた件も、別に今日伝える必要はない。
貼り替えのシールを一枚だけ剥がして使ってみると、角が袋の折り目へ掛かって浮いた。母は「手で押さえればええ」と言うが、五十袋すべてを同じ力で貼るのは案外難しい。千鶴は小さな板を定規の代わりに置いて貼り始め、十枚終えるごとに端が剥がれていないか見直した。
昼過ぎに配達へ出る母へ、見本だけは先に担当者へ見せてほしいと頼む。急いで売り切るために、去年の番号を見逃すこともできた。けれど、次に電話を掛ける人が別の家へ繋がるたび、また店へ説明を求められる。千鶴は自分で決めた作業を途中で投げ出したくなかった。
※
そのころ、透は町の公民館で長机の脚を確かめていた。昨日、野添という男から電話があり、祭りの備品を三台だけ見てもらえないかと頼まれたのだ。黒瀬も手伝うと言っていたが別の用事で遅れ、野添が隣の倉庫から台車で三台を出してきた。
「すみません。黒瀬さん、倉庫に寄ってから来るって」
「現物があれば大丈夫です。脚の付け根を見ます」
「二台だけでも直せますか。三台目は端が腐ってて」
透は裏板を返し、木の割れ目に定規を当てた。二台は金具を交換すれば使えそうだが、残る一台は天板から作り直したほうが早い。安さを優先するなら廃棄する選択もあると伝える。
「黒瀬さんが、捨てるなって言うと思います」
「支払うのが会なら、見積もりを見てから決めてもらってください」
「予算が決まってるので、見積もりは三台分、別々にお願いします」
「できます。ただ、この三台目は金具だけ替えても安全にはならない。使うなら天板の補修も見積もります」
野添は手帳を取り出し、会に戻して確認する項目へ丸を付けた。まだ誰も買い替えを決めたわけではない。透は二台なら週明けに修理を終えられると伝えたが、野添は先に運搬の日取りを押さえ、発注書の署名をもらってから預けに来ると言う。
野添は頷き、机ごとに赤と青の札を結び直した。仕事用の携帯が鳴り、建具会社の現場から来週使う資材の問い合わせが入る。野添は三分で電話を終えると、今日のうちに直す必要がある机はないと確かめ、見積書を取りに来る日だけ決めた。
公民館の窓口にいた楓が、受付簿の見本を持って通りかかった。避難訓練用に借りる椅子の数が違っており、町内会側へ訂正してもらったところだという。
「透さん、その机、またここで修理するんですか」
「持ち帰って金具を合わせる。まだ見積もりだけ」
「そうですか。廊下を塞がないように置いてくださいね。ここ、次の団体が使うんで」
「はい。点検が終わったら倉庫へ戻します」
楓は次の利用団体が使う入口を示し、受付にいた職員へ通路の確認を頼んだ。今日は会の倉庫から一時的に出してもらっただけで、公民館が修理を発注したわけではない。透は野添と二人で机を台車へ載せ、元の保管場所へ戻すことにした。
楓は机を並べる位置だけ指示し、黒瀬や野添の事情を尋ねなかった。役場の窓口で預かっている書類と、便利堂の見積もりが混ざれば、どちらの責任か曖昧になる。
帰り際、透は公民館の掲示板に、夏祭りに向けた事前説明会の案内を見つけた。今年は、雨天時の行事変更を話し合う項目が加わっている。野添が作った案内で、問い合わせ先には個人の携帯ではなく会の電話番号が印刷されていた。
透が写真を撮ろうとすると、野添が横から言った。
「参加するなら、今のうちに申し込んでくださいよ。席が足りなくなるんで」
「俺は机を直すだけです」
「それでも町の人でしょう」
透は掲示板の日時を控え、必要になれば連絡すると答えた。野添は三台とも隣の倉庫へ戻し、翌日運ぶ二台には番号札を残した。




