第40話 局の裏階段
郵便局の窓口では、古い建物の写真をどこで見られるか誰も即答できなかった。透が申込用紙を出したわけではないと知ると、若い職員は少し安心した様子で奥の人へ声を掛けた。
「沿革の冊子は閲覧できます。個別の配達記録となると、三十二年前のものはお答えできませんが」
「それは頼むつもりはありません。建物と、昔の職員の写真が残っていれば」
「写真なら、旧局舎の展示をご覧になったほうが早いかもしれません」
案内してくれた職員は、旧局舎が今は町の公民館になっていることを地図へ記した。透は公開冊子の閲覧場所を控え、頼まれていた修理用の小さな部品を郵便で出してから外へ出た。駐車場で背中に当たる風は冷たく、段ボール箱を潰している人の手から切れ端が一枚転がってきた。
旧局舎まで軽トラックで五分ほど。改装された正面玄関には公民館の名札が掛かっていたが、裏手の石段は昔のままらしく、踏み面の中央だけが大きくへこんでいる。受付の女性は閲覧者名を書いてもらえれば展示写真の撮影も構わないと言った。
「二階への階段にも一枚ありますよ。高いところなんで、額には触らんといてくださいね」
階段の踊り場に掛かった集合写真には、制服姿の男女と作業着の男が一人写っていた。中央の男性の名札は読めなかったが、額の下には局長・浦上音吉とある。透が端の男へ目を移すと、口を結んで少し顎を上げた顔に見覚えがあった。
祖父だった。
撮影日は、音吉が亡くなった前年。祖父の胸には名札がなく、何のために同じ写真へ収まったのかわからない。写真を撮ってから受付へ戻り、展示の由来を尋ねると、作成時の記録は残っているが寄贈者の氏名は一般には公開していないという。
「写っている人のお名前がわかったら、知らせてもらうことはできますか」
「展示の説明文にないことを、ここで調べてお答えするのは難しいですね。写っているご本人のご家族なら、資料の担当へ相談していただけますけど」
「家族なのは端の一人だけで。写真は撮らせてもらいましたから、大丈夫です」
透は礼を言って受付の紙へ退出時刻を書いた。案内してくれた女性は壁の古い時計を指し、午後の会議で二階を使うから、昼前に来てよかったですねと笑った。
※
受付へ戻る途中、二階の部屋から子どもたちが降りてきた。工作教室で作った段ボールの郵便受けを抱え、階段が狭いからと一人ずつ壁へ寄っている。先頭の子が額の前で足を止め、透に古い制服の人は郵便を配っていたのかと訊いた。
「たぶんな。こっちの人は局長だったらしいよ」
「じゃあ、隅の人は?」
「うちの祖父。でも、ここで何しとったかは俺も知らん」
引率の女性が子どもを呼びに来た。透が会釈して道を空けると、子どもは段ボールの受け口へ手紙を落とす真似をしながら降りていった。昔の建物が今は別の用事で使われていることがわかる。透は集合写真の撮影日を写真のメモ欄へ入力し、端の男の名は書き足さなかった。家の外へ出してよい名かどうか、まだ管理人に確認していないからだ。
外へ出ようとしたところで、公民館の管理人に呼び止められた。昨年、便利堂へ修理を頼んだ裏階段の雨戸がまた重くなったらしい。透は来訪の目的とは別の仕事として現場を見せてもらい、レールの摩耗を確かめた。
「一番下だけ削ったら閉まるんと違いますか」
「今日は閉まるようになります。ただ、戸車の片方が削れてます。来年また引っ掛かると思います」
「年度末まで予算が残っとるか聞かんと。見積もりだけ先にもらえます?」
「部品の型を調べて、金額を出します。今ここで交換までは約束できません」
管理人は面倒そうに息を吐いたが、見積もりの宛先を教えてくれた。透は雨戸を元の位置へ戻し、測った寸法を仕事用の手帳へ記した。出入口の床には運動教室で使う青いマットが立て掛けてあり、押し戻した雨戸がその端に当たらないよう、管理人と二人で置き直した。
受付を出る前、透は入口に貼られた開館案内の写真を撮った。公開されている昔の集合写真なら、次にノブへ見せるときも、どこの展示物か説明できる。受付の女性へ借用元を尋ねると、寄贈の経緯までは記録があるが、誰かへ渡せる複写は用意していないという。透は展示そのものの写真を撮っていることを改めて確かめ、持ち帰るのは自分の端末の画像だけにした。
玄関先では、工作教室に来た子どもたちの靴が下駄箱からはみ出していた。透は道具箱を抱えたまま通路の端へ寄せ、職員が靴を入れ直すのを待ってから外へ出た。
軽トラックの運転席で公開冊子の控えを確認していると、郵便局から折り返しの電話があった。以前の職員が作った記念写真については、今、公民館が展示するもの以外に公開資料があるか調べないとわからないという。透はそこまで急ぐ話ではないと返事をし、案内された冊子名だけ書き足した。
帰り道でヤマイチに寄り、先月直した冷蔵ケースの取っ手を確認した。真弓は青果の値札を替えている最中だった。透を見ると、レジの裏に置いていた未処理の伝票を取ってきた。
「代金、これで合っとる? 月をまたいだから会計に言われて」
「部品代はここ。取り付けは前回の修理に含めた」
「わかった。あと、浦上さんのこと訊いとったろ。母に電話しようか」
「いや、今はいい。公開の写真が見つかった。お母さん、県外へ行ってるんだろ」
「年明けに戻るよ。戻ってから聞けばええんやね」
真弓は釣り銭の袋を渡し、売り場から呼ばれると話を切り上げた。家族の用事で外にいる人をわざわざ探すほど、透も急いではいなかった。取っ手が緩んでいないことだけ確かめると、真弓に受領印をもらって店を出た。
※
夕方、便利堂では梶が縁台の板を壁へ立て掛けていた。部品の箱がひとつ届き、透が注文した戸車とは違う型が入っている。伝票を見ると品番の末尾が一桁だけ違った。
「向こうの間違いやったら、取り替えてもらえ」と梶が言った。
「注文の控えも確認します。こっちが間違えたかもしれないから」
「どっちにしても、箱を開けたままにせんといて。ねじがまた散る」
透が発注帳を開くと、自分の書いた字が薄く、末尾を読み違えてもおかしくない。千鶴が作った新しい欄へメーカーの品番を転記し、翌朝問い合わせることにした。
「何か調べてきたんか」と梶が縁台の板を戻しながら訊いた。
「旧郵便局の写真です。思ったより残ってました」
「そらええ。今度、手の空いたときに見せてくれ」
透は頷き、画像を保存したフォルダに展示場所と撮影日を記入した。店の外では日が沈みかけている。梶が縁台の板へ布を掛けたので、透は脚立を畳み、戸締まりを手伝った。




