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預かり屋 榊便利堂 ~死に際の想いのこもった最期の一言を届ける裏稼業~   作者: MIYA
第五章 マリアに

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第33話 返す伝票


 土曜の乾物屋は、いつもより昆布が売れた。町内の催しで弁当を頼まれている店が、出汁用の分をまとめて買っていったからだ。藤木千鶴は母が書いた配達票を並べ、まだ引き取られていない分に丸をつけていた。


「昨日の追加、十袋やって言うたやろ」

「そこに書いてあるのは八ですよ。残り二つ、別の棚ですか」

「そうやったかな。電話してみて」


 千鶴が先方へ尋ねると、注文は十袋だが二袋は来週の分だった。母は電話口で数をまとめて聞いたらしい。千鶴は配達票を二枚に分け、今日の分だけ先に車へ積んだ。


 荷台に箱を運ぶ途中、以前ハツに売った薄い昆布と同じ品が見つかった。最後に配達したとき、佃煮へ少し酢を入れると教わった。母がいつか作ってみたいと言っているが、店が閉まると夕飯の支度だけで手一杯になる。千鶴は今日の売れ残りから一袋を手に取り、母へ値段を尋ねた。


「それ、なんで買うの」

「試しに作ります。失敗したら自分で食べるんで」

「自分で買うなら、店で余っとる細いほうにしなさい。高いやつ使わんでええ」


 千鶴は袋を戻し、細い昆布を一袋選び直した。帳場で自分の財布から代金を払うと、母が領収書は要るかと聞いてきた。「家で食べるんだから、要りません」と言って、袋を配達箱の横へ避けた。


 午後、最後の配達先から戻ると、午前に分けた来週の二袋について、納品日が伝票へ書かれていないと連絡があった。千鶴は注文を受けた人に確かめ、いつもの火曜でよいことを聞き直す。母が横から「運賃はどうするん」と声をかけてきたので、受け取り時の伝票も出してもらった。次の配達と同便にする約束になっており、別料金を取る必要はなかった。


 千鶴は新しい伝票に「火曜・同便」と赤字で添えた。箱の横には使い終わった輪ゴムが山になっており、母はそれを一つずつ拾ってまた使おうとしている。


「それ、伸びてるやつは捨てましょうよ。先週、車の中で箱が開いたんですから」

「輪ゴムくらい、よう見て使うたらええ」

「よう見て使わなかったから、中身数え直したんでしょ」


 母が言い返そうとするより先に電話が鳴った。千鶴が受話器を取ると、今度は贈答箱の熨斗を外してほしいという依頼だった。箱詰めの前ならできるが、封をしたあとの分には新しい包装紙が要る。千鶴は棚から見本を二つ持ってきて、相手に色と金額を確かめてもらった。受け取りに来る時間まで伝票に書いてから、母へ渡す。


「これなら、私が出かけてもわかります?」

「わかる。おまえ、ほんま、わしを年寄り扱いするな」

「明日になってから聞かれても、私ここにおらんかもしれんですから」


 千鶴は余っていた包装紙を箱へ戻した。明日の日曜には配達が一件ある。便利堂へ出るのは月曜なので、朝の受け取りは母が担当することにした。


 熨斗の注文票は、店先のカレンダーに挟まれていた。千鶴が日曜配達の欄へ赤い印をつけると、母が「そんな大きく書いたらほかの日が見えん」と言う。千鶴は印を小さくした代わりに、配達箱にも同じ色の紐を結んだ。母はその紐をほどこうとしてから、当日の担当が見分けられるならと残した。


「千鶴、今日、榊さんとこ寄るん?」

「今日は便利堂の日じゃない。自分の用事が済んだら、少し寄るかも」

「家の伝票持って行って向こうの伝票と混ぜなよ」

「前に混ぜたの、私じゃありませんけど」


 母は聞こえないふりをして、出汁用の昆布を奥へ運んだ。


           ※


 透はそのころ、便利堂で網戸の新しい戸車を合わせていた。午前中に客へ持って行った部品が合わず、仕入れ先の寸法表をもう一度見ている。昨日も朝から出歩いて、今日も手元の仕事が残っていた。客へ納期を一日延ばせるか頼み、返事を待つあいだに南条陽介へ電話をかけた。


『透? これから出るとこ。何?』

「昨日見せてもらった会報の、公開されてる古い号を調べてもらえないか」

『いま資料館の前にいるんだけど、開館時間ならわかるよ』

「そういう意味じゃない。ネットに出てる範囲でいい」

『はいはい。どの会だか送って。探すだけなら昼飯のあとにやる』


 南条は町の外で働く同級生で、会うといつも透の服装へ一言余計なことを言う。今日は向こうも仕事の段取りを急いでいるらしく、それ以上しゃべらずに電話を切った。


 透が案内の写真を送ってしばらくすると、公開されている会報の所在が届いた。八月の会館で撮られた写真が数年分並ぶ。参加者の名前は限られており、桑島の顔が写っている年も、いない年もあった。遠くの土地で毎年開かれる集まりだという以上の手がかりはない。


 午後、透は昨日節子から教わった番号へ、日曜の連絡時間を尋ねる短いメッセージを送った。寺村(てらむら)カルロスという人は工場に勤めており、仕事中の電話は難しいと節子から聞いている。ほどなく「明日の午後二時なら電話できます」と返事が届いた。


 透は番号を仕事用の携帯へ登録した。節子からの連絡を桑島の帳面へ挟み、日曜の午後二時には現場へ出ないよう、明日の作業予定をずらした。


           ※


 千鶴が便利堂へ顔を出したとき、透は客に渡す網戸を組み直していた。彼女は店の仕事の相談をしたかったわけではなく、母から頼まれた乾物の配達ついでに、お裾分けの大根を置いて帰るつもりだった。


「これ、梶さんにも分けてください。うちだけじゃ食べきれん」

「また大根? 昨日も持ってきたぞ」

「梶さんからじゃないです。店の仕入れ先です。同じ畑かもしれませんけど」


 透が笑うと、千鶴は作業台の上にある請求書の控えを見つけた。竹岡家の封筒が見当たらない。


「出したんですね」

「昨日」

「じゃあ、戻ってくるまでその話はしません」


 千鶴は網戸の端に置いてあった寸法表を裏返し、番号を一つ指した。こちらの戸車なら合うかもしれないと透が言うと、千鶴は「それ、私にはわかりません」とすぐ手を引っ込めた。


「昨日の会館、何か見つかりました?」

「手紙を読んだ人と、明日話せることになった」

「よかったです。明日、私は来ないですけど」

「うん。乾物屋は」

「夕方には店じまい。家のほうで佃煮の実験します」


 千鶴は戸口まで行ってから立ち止まり、肩へ掛け直した鞄の紐をもう一度引いた。


「明日、相手の人が嫌がることまで聞かんといてくださいね」

「相手が嫌だと言ったら、そこでやめるよ」


 千鶴が帰ったあと、透は網戸の戸車をもう一度はめ直した。今度は上げ下げが引っ掛からなかった。夕方には客の家へ持って行ける。作業伝票を閉じ、明日カルロスに何を聞くか、手帳の空いている頁へ書いた。


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