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預かり屋 榊便利堂 ~死に際の想いのこもった最期の一言を届ける裏稼業~   作者: MIYA
第四章 こたつを出しておいて

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第24話 門札


 金曜の朝、白木隆源(しらきりゅうげん)は常光寺の本堂で椅子を三十脚だけ並べていた。竹岡家から申し出があったのは、ごく近い身内での葬儀だった。人数を増やさないことと、ハツが参列しないことについて、白木は前夜に佳代から説明を受けている。


「今日のあと、母が寺へ来たら、兄のことを聞かせんといてほしいんです」


 佳代が受付の机を運ぶ白木へ言った。白木は供花の札を確かめてから答えた。


「こちらからお母さんを呼ぶことはしません。ただ、来られたときに嘘の説明まで引き受ける約束はできませんよ」

「わかってます。あの人、今週は家から出られんので」

「それなら今日の受付と、お母さんが寺にいらしたときの話は分けておきましょう」


 佳代は頷き、出席者の名前を書いた紙を机に置いた。母と兄の名前が同じ紙に載っていることを避けたくて、昨夜何度も書き直した紙だった。


 実の職場から二人が来た。長く一緒に出荷をしていたという男性は、弔問が終わると「この箱を受け取ってもらえますか」と小さな封筒を差し出した。業務の書類とは別に、実が休みの日に同僚へ買ってきた菓子の領収書が混ざっているらしい。


「会社の机、ほんまに片づけてないんですか」

「昨日まで当番表もそのままで。こちらで必要なものは分けて送ります」


 佳代は礼を言い、封筒を鞄の奥へ入れた。菓子の領収書の宛先は、向こうの職場の人たちだった。次に実の机から品物を送るときは、会社の機密に当たるものと私物を分けてほしいと頼むと、相手は自分からメモを取った。


           ※


 式が終わってから、佳代は実の同僚を寺の裏手まで見送った。一人は急いで町へ帰らなければならず、最初に手を合わせてからずっと腕時計を気にしていた。もう一人は、実が休暇の前日に仕事の引き継ぎを書いていたという話をしてくれた。


「途中で送った荷物、ちゃんと先方へ着いたか聞かれてたんです。もう休みに入るんだから、俺らがやると言ったんですけど」

「兄ちゃん、昔からそういう人でした」


 同僚を見送り、受付へ戻ると、式には間に合わなかった親戚が訪ねてきていた。実の死を知って、どうして母親が顔を見せなかったのかと尋ねてくる。佳代は受付机の前に立ち、香典を差し出されるより先に頭を下げた。


「いま、母は診療所から戻ったばかりなんです」

「それでも息子の葬式やろ。あとで知られたらどうするん」

「あとで私が話します。今日は、その話はせんといてください」


 自分が話すと口に出してみると、佳代はいつ話すのかを決めていないことに気づいた。それを親戚に説明する気にはなれず、出席の記帳だけ頼んで台所へ下がる。葬儀のあとで家へ持って帰るものには、兄の写真、遺影を包んだ紙、香典帳、寺の領収書がある。母の目に触れないよう分けて運べるのは、自分の車一台だけだった。


 白木は本堂の片づけを終えると、佳代へ香典帳を渡した。遅れて来た親戚がまだ門の外に立っていたので、忘れ物がないかだけ確かめる。佳代は領収書と受付の名簿を別の袋に入れ、車の後部座席に黒い袋を二つ並べた。


           ※


 同じころ、透は竹岡家の門の前に軽トラックを止めた。作業の途中で置いてきた脚立と養生シートだけ引き取りたいと、佳代から早朝に許可をもらっている。ハツの家に上がる予定はなかった。


 門には、榊便利堂の作業札が裏返しになって掛かっていた。札を外すために片足を敷地へ入れかけると、隣の松井が通り掛かった。


「榊くん、裏の梯子やろ。佳代さんから聞いてる。庭の裏戸を開けといたで」

「助かります。ハツさんは」

「いま洗濯物を畳んどる。私が声かけて家の中におってもらうわ。玄関のほうへは回らんとき」


 頼んだのは佳代だった。松井は母を部屋に閉じ込める役を押しつけられたわけではなく、ハツの干し物を手伝うために来ている。透は裏戸から入り、作業札と脚立、塀際に寄せてあった養生シートを回収した。縁側から家の中を覗くことはしなかった。


 荷台を閉めていると、勝手口のほうで戸が滑る音がした。透は庭から見えない側へ移り、松井が戻って来るのを待った。


「ハツさん、庭の枝だけ見たい言うてたけど、今日は止めといた。あんたが来てることは話したよ」

「俺がいたからですか」

「それもあるけど、今日は風が強い。あの人、昨日帰って来たばっかりやろ」


 松井は濡れた軍手を手に持ち、家へ戻っていった。透は門をきちんと閉め、作業札を工具箱のふたの下へ入れた。


 車で寺の前を通ると、境内の入口に実の葬儀を知らせる札が出ていた。作業札を助手席の道具箱へ入れ直し、透は速度を落とさず次の現場へ向かった。親戚ではない自分が式場へ顔を出せば、佳代が新たに説明しなければならないことが増える。


           ※


 夕方、葬儀を終えた佳代が家へ戻ると、玄関のたたきに母の草履が揃えてあった。兄の革靴も、帰省した日のまま靴棚の下にある。母が見つけたら何を訊くだろう。佳代は一度持ち上げたが、かかとを揃えて一番下へ戻した。仏間から、ハツが針箱を探す声が聞こえる。


「帰ったんか。松井さんが今日は榊さん来とった言うてたで。山茶花、終わったん?」

「道具だけ取りに来たんよ。残りはまた別の日に」

「せっかく来たんなら、顔見せてくれたらええのに」


 佳代は喪服の袖を見下ろした。薄い黒の上着をいつものカーディガンへ替えてから、仏間へ入る。ハツは糸の絡んだ針をほどいていて、娘が持ってきた袋には目をやらなかった。


「今日、実の仕事場から電話あったよ」

「あの子、向こうで迷惑かけとらんか」

「仕事はきちんとやってたって」

「そら、よかった。実は、いつ戻ってくるんや」

「向こうの病院で落ち着いたら、仕事のこともあるやろし。いまは会社の人に頼んどるみたい」

「倒れたばっかりやのに、仕事の心配ばっかりしよって」


 ハツは糸を針穴へ通すため、眼鏡を少し上げた。佳代は兄の写真をしまった引き出しを一度開けかけ、閉める。喪服を畳み終えても、兄が亡くなったと母へ切り出す時刻をまだ決められなかった。


 台所で松井の持ってきた煮物を温め直し、二人分の茶碗を並べた。母の薬の袋には曜日と時間を書き足し、次の受診票を茶箪笥へ入れる。母は「日曜には実から電話あるやろか」と訊いた。佳代はご飯の盛りつけを続けながら、「仕事が忙しければ、遅なるかも」と答えた。母が自分の茶碗を引き寄せたところで、佳代は余分な三つ目の箸を引き出しへ戻した。


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