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預かり屋 榊便利堂 ~死に際の想いのこもった最期の一言を届ける裏稼業~   作者: MIYA
第三章 戻らない鍵

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第21話 墓じまい


 翌朝、透は便利堂の作業台で扇風機を分解していた。客は羽根が回らなくなったと言って持ち込んだが、スイッチを外すと配線の被覆にも細かな亀裂があった。新しいスイッチだけ付けて返すと、来年の夏にまた持ち込まれそうだ。


「直るんですか、その古いの」


 配達を終えた千鶴が、机の上へ袋入りの干し椎茸を置いた。透は外したねじを小皿へ移し、傷んだ配線を見せる。


「部品はあるけど、費用を聞いてから客に決めてもらう。修理代で新品が買えるなら、そのほうがいい人もいる」

「お客さん、前から使ってたやつだって言ってましたよ。買い替えるかは別ですよね」

「そう。だから見積もりを出す」


 透は電話で状態を伝えた。客は母親が長く使った品だから一度持ち帰って相談すると言い、廃棄も追加修理も保留にした。預かり札へそのまま記入し、手を洗ってから別の仕事に取り掛かる。


 今日は、事故から数えて七日目だった。昨夜まで続いた喉の引っ掛かりはもうない。早瀬昭三へ伝えたのは昨日の午後で、その後は本人が自分の連絡先を警察へ知らせることを承諾してくれた。透が代わりにできることは、施設と寺との連絡を妨げないことくらいだ。


「終わったんですか、鍵の件」と千鶴が言った。

「言葉は届けた。鍵は警察にある」

「じゃあ、もう取りに行かないんですね」

「俺の物じゃないし。早瀬さんが寺へ電話するって言ってた」


 千鶴は必要以上に訊かず、午後の網戸引き取りの伝票を開いた。乾物屋の配達先でもある家なので、両方の荷を一度で運べるよう順番を変えたいらしい。透が寸法を測り直していると、航から工場の棚の写真が届いた。扉が落ちかけたまま、「触るな」と大きく貼り紙をしてある。


『先に寸法取りに来い。工賃払うから』


 透は、今日は夕方しか空いていないと返した。航から「今日来いとは言ってない」という返事が来る。棚の下見は翌週に回し、危ない扉は開けずにおいてもらうことにした。


           ※


 それから二週間ほどして、常光寺で早瀬家の閉眼供養が行われた。


 昭三は施設を離れられなかったので、白木は本堂の端に電話を置き、本人と声をつないだ。墓所の手続きは寺と昭三のあいだで進み、事故車に積まれていた位牌も、持ち主の確認と所定の引き渡しを終えて寺へ預けられていた。三つの名前は墓誌の三人と一致した。それを白木が透へ告げたのは、昭三から伝えてよいと連絡があったからだった。


 透が寺にいるのは、当日の机と座布団を運ぶ仕事を頼まれていたからだ。裏の倉庫から出した机は脚が片方がたつくので、白木と二人で薄い板をかませた。今日は参列者が増える予定もなく、床へ傷を付ける前に使える場所を選ぶ。


『聞こえとる。そっちの机、なんか鳴っとらんか』


 電話の向こうから昭三が声を掛けた。透が「古い机なので、あとで脚を直します」と答えると、老人は「寺に言うて、鉄の金具は太いのに替えとけ」と言い出した。白木は笑い、法要を始めるので金具の話は終わりにしましょうと頼んだ。


 読経の途中、外で郵便配達のバイクが止まった。庫裏の戸を誰かが開けたので、透は後ろを振り向きかけたが、白木の声を聞いて前へ向き直った。三つの位牌は、寺が支度した低い台の上に並べられている。


 墓地へ移ると、早瀬家の区画には新しい花が供えられていた。白木はそれが誰のものか尋ねなかった。閉眼供養の段取りと墓石の撤去は、昭三が自分で石屋と話して決めている。北野が以前、匿名で問い合わせたらしい日程とは別に決め直したものだ。


 透は道具を片づけるため庫裏へ戻った。白木は読経のあいだ電話をつないでいた端末を充電器に戻し、忘れ物がないか机の下を確かめる。透が作業を終えるころ、住職は別の封筒を持ってきた。


「北野さんのことですが、早瀬さんから改めて相談を受けています」

「お骨のことですか」

「ええ。ご家族の確認や、亡くなったあとの手続きは寺だけでは決められません。今は関係するところと順番に話をしている段階です」


 昭三は、北野の遺骨を寺で預かってほしいと申し出ていた。白木は、家族や関係者の確認と必要な手続きを経たうえで、寺が管理する無縁墓で受け入れる方向を本人へ伝えている。ただ、早瀬家の墓はこの先閉じるし、北野の遺骨も、今日すぐ寺へ来るわけではない。墓地を任されている寺と、北野の死後に関わる人たちが、別々に進めなくてはいけない話だった。


「俺にできることはありますか」

「いまのところは、ありません。早瀬さんもそうおっしゃってましたよ」


 寺の裏へ回ると、石屋が次の作業で使う資材の置き場所を白木と相談していた。撤去の日はまだ決めていない。墓を閉じると決めてからも、搬出経路や隣の区画を傷つけない方法について、関係者の確認は必要だった。透は道幅を測ってほしいと頼まれ、巻尺を一度取りに戻った。


 白木は封筒を懐へしまい、午後から来る法事の参列者に出す茶碗を数え始めた。透は使った台車を倉庫へ戻し、仕事の請求書を渡す。寺の用件が増えたからといって、朝から頼まれた運搬費を曖昧にするのも変な話だった。


 千鶴が寺へ寄ったのは、乾物屋から頼まれた法事用の椎茸を届けに来た帰りだった。透が机を畳んでいるのを見ると、請求書を書いたかどうかを先に訊いてくる。


「帰ってから書く」

「その返事、信用してないです。今日の分はここで書いてください」


 透は車の荷台から伝票を取り、台車を運んだ回数を確かめた。白木が横から、倉庫へ戻した回数も忘れていると言う。千鶴は計算を手伝いながら、さっきの法要に昭三本人は来られたのかと訊いた。


「電話で参加したよ。金具の話して、住職に止められてた」

「え、そういう人なんですね」

「北野さんとは、ずっとあんな調子だったのかもな」


 千鶴は伝票の合計金額を指で押さえた。少し迷ってから、佐知子の美容室で会った朝のことを話し始めたが、途中でやめた。


「似てるって言いかけたけど、別の家の話ですね」

「うん。あの人も、まだ決めることが残ってる」

「じゃあ、透さんの仕事は?」

「棚の蝶番。航からさっき催促が来た」


 透が工具箱を持ち上げると、千鶴は自分の配達先をもう一度確認した。四時には網戸の引き取りがあるので、戻る時間が遅くなるなら先に連絡してくれと言う。透は携帯電話を出し、航へ工場に向かう時刻を送った。


 工場へ着くと、航は壊れた棚の前に折りたたみ椅子を置いていた。扉を外してあるから、蝶番の穴を測り直すにはちょうどよかった。透が工具箱を開ける横で、航は買ってきた金具の袋を二つ並べ、どちらを使うのがいいかを訊いた。


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