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私の悪口が尽きたら、二人で何を話すの?  作者: 九葉(くずは)


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第4話

 翌週の昼休み、川役場では弁当箱の蓋をひっくり返して、豆取り遊びが始まっていた。駒は黒豆と白豆で、負けたほうが両方食う。黒豆を焦がした炊事番のおかげで、今日はどちらも負けるわけにいかなかった。

 ヤーノが角の豆に指を伸ばすと、向かいでマレクが煙草を巻きながら言った。

「そろそろヒルカが泣きついてくると思うんだ。あの子、一人じゃパンも焼けないんだぞ。お嬢さんが意地張って、いつまでもつと思う?」

 見物の若い書記が袖で白豆を盤から弾いた。いつもなら、相手の駒が減った、とマレクが大騒ぎするところだ。今日は書記が黙って卓から拾った。

 マレクの目はヤーノに向いていた。杯があれば、あの晩とそっくりだった。

「マレク。もうやめろ」

「あ? お前、どうした。酒場じゃ一番でかい声で『そいつは傑作だ』って笑ってたろ」

 ストーブの向こうで班長が顔を上げた。あのとき同じ卓にいた連中が、ここにも半分はいる。

「ああ。言った。前の晩に鍵棒を溝に落としたの、俺だろ。次はそれを喋るつもりだろうと思ってた。ヒルカの話になってほっとして、杯まで鳴らした」

 自分の失敗をこうして口にしても、誰の肩も揺れなかった。あの晩に言っていたらどうだったろう。

「俺はもうやらん。前に俺が笑ったのを理由に、あの子を笑うのもやめてくれ」

「何だよ、急に偉そうに」

 マレクは巻きかけの煙草を握り潰して出ていった。白い豆の間にこぼれた葉を、書記が一枚ずつ拾った。


 ほかの連中が弁当箱を仕舞って立ったところで、班長がヤーノのそばへ来た。

「次の非番の、上流で釣る約束な。マレクはもう親父さんから筏を借りてる。あいつとお前を同じ筏に乗せて、一日釣らせるのは、ちょっとなあ」

 春にこの班へ来てから、初めて休みの釣りに誘ってもらえた。浮きを削って赤く塗った。釣れるかどうかもわからないのに、鱒を包む油紙が三匹ぶん、道具棚に畳んである。

「あいつには俺から話してやってもいいぞ。たいしたつもりで言ったんじゃないってな」

「たいしたつもりで言いましたよ、班長」

 班長が目を伏せた。

「そうか。じゃあ悪いな」

 ヤーノは棚の浮きと油紙を取った。魚の代わりに、盤に残った豆を両方包んだ。焦げているのも、今夜は自分のぶんだ。


 詰所の裏の渡り廊下では、マレクが待っていた。

「こないだ橋から見えたぞ。ヒルカと川原で何してた?」

「石を投げてた」

「それだけってことはないだろ。あいつ、俺のこと何て言ってた? 親父さんに何か言いつけたのか?」

「お前の話なんか出なかったよ」

「俺とあんな別れ方したばっかりでか? じゃあ何の話をしたんだよ」

 マレクはもう怒っていなかった。面白いことが聞けそうなときの、少し眉を持ち上げた顔だった。似顔を描いた石のことを『じつはさ』と切り出せば、今日の帰りには名残の鱒がどこで釣れるか、二人で話していられるかもしれない。

「あの子が話したい相手には、自分で話すだろ。俺に聞くなよ」

 肩をかわして廊下を抜けた。油紙の中で、豆がころころ音を立てた。



 その日の夕方、私は約束の石を持って船着き場へ行った。ヤーノは桟橋に繋いだ丸太に座って、小さな赤い浮きの糸をほどいていた。

「釣りをするの?」

「支度だけして、暇になった」

「だったら、ちょっとこっちを向いて」

 外套から手巾の包みを出した。あの仏頂面の石は前から似ていたけれど、片方の眉を下げて、鼻の頭に泥を一滴描き足した。手巾の上で見たら、その泥が妙に立派で、少し描きすぎた気がした。

 ヤーノは石を受け取ると、顔の隣まで持ち上げ、わざわざ片眉を下げてみせた。石のほうが、よほど澄ました顔をしている。

「ちょっと男前に描きすぎたかしら」

「この鼻でか?」

「鼻は似てる」

 今度は彼のほうが先に笑った。指の腹でそっと片眉をなぞってから、急に真面目な顔になった。

「これ、本当に貰っていいのか」

「そのために持ってきたのよ。大事にしてね。自分で顔を描いた石、誰かにあげるのは初めてなの」

「うちの引き出し、手前が空いてる。そこに置く」

 手巾を畳んで石を包み直す手つきがあまりに慎重で、絵の具ならとっくに乾いてるわよ、と言いそびれた。鼻に泥までついた仏頂面なんて、さっさとポケットに放り込まれると思っていた。

 風が出て丸太の綱が桟橋を擦り始めた。そろそろ帰ると言って立ったあと、私はもう一度しゃがんだ。

「あのね、ヤーノ。明後日、町へ出るの。西の石橋のたもとに、干し無花果のパイを焼く店があるでしょう。あそこの、食べたことある?」

「いつも道まで匂うやつか。一人じゃ丸いのひとつは多くてな。半分だけくれって、どうも言いそびれる」

「じゃあ、一緒に行かない?」

 町に何の用があるのか聞かれたら、パイを食べに、としか答えようがない。続けてもっともらしい用事をこしらえる前に、ヤーノが言った。

「終業の鐘が鳴ってからなら行ける」

「石橋の東詰、街灯の下で待ってるわ」

「ああ。明後日な」

 坂の途中で私が振り返ったとき、ヤーノは包みをまた開いていた。石を顔の横に持っていき、誰も見ていないつもりで、もう一度あの変な眉を作った。

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