第四章 針線街の仕立て屋
翌朝、林新年は遅刻した。
彼が遅刻したのは、これが初めてだった。
研究室に着いた時、彼の机は空だった。それから一刻ほどして、彼は入ってきた。髪は
いつもより乱れていて、袖口のボタンを一つ、掛け違えていた。
「行くぞ」と彼は言った。
「寝てないですね」
「ああ」
「なぜ?」
「一つ考えていたからだ」と彼はボタンを掛け直した。「今日行って断られたら、僕に
はもう次の手がない」
僕たちは大通りを歩かなかった。
林新年は細い路地を三つ回った。路地には染めた布が干してあり、色が痣みたいに濃か
った。地面は濡れていて、踏んでも音が出なかった。
針線街のその店は、通りの真ん中あたりにある。入口に木の札が掛かり、鋏と針が描か
れている。
幌は古い布で、端が毛立っていた。
扉を押して入ると、中は狭い。裁ち台が一つ、木の棚が並び、棚には反物が何十本も巻
いてある。通りに面した窓から光が入り、台の上の薄い埃に落ちる。
台の後ろに老婆が座り、服を縫っていた。彼女は林新年を一目見た。
「来たね」
「ああ」
「奥へ」
彼女は針を布に刺し、僕を見なかった。二歩進んで、振り返って一言足した。
「窓は閉めるな。あの子の灯は烟が出る」
奥の部屋は、手前より狭かった。
屋根に穴が開いている。
穴は大きくない。手のひら二つ分ほどで、縁はきれいに整えられている。壊れた穴では
ない。誰かが穿った穴だ。上には板が一枚、ずらせるように載っている。
穴の真下に、低い机が一つ。紙、コンパス、墨糸、小さな銅の定規が散らばっている。
机の脇に、少女が座っていた。
ごく普通の灰色の布の服で、袖口は白く擦り切れている。髪は木の簪でまとめ、幾筋か
零れて頬に垂れていた。僕よりいくつか上に見える。
彼女は顔を上げなかった。
「ちょっと待って」と彼女は言った。「すぐ終わる」
僕たちは立って待った。
待っている間、僕はこの部屋を見ていた。
壁という壁が、紙だった。
貼られた絵ではない。びっしりと重なった紙だ。一枚が一枚に重なり、床から梁まで貼
り込んである。どの一枚にも星点と弧と数字。黒い墨、赤い墨、消して描き直した跡。
端の卷れた紙、黄ばんだ紙。
これは数日の仕事じゃない。
これは何年もの仕事だ。
僕は数えた。
横に三十七列、縦に二十段ほど。少なくとも七百枚。
そして彼女は、十四歳に見えた。
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彼女はようやく筆を置いた。
「終わった」と顔を上げる。
目は明るい。鋭い明るさではない。井戸の水が光を返すような明るさだ。
「林新年」と彼女は彼の名を呼んだ。名簿を読むみたいに、平坦に。
「ああ」
「筆、持ってきた」
「持ってきた」
林新年は懐からあの紙包みを出し、机の上に置いた。
「筆を持ってきた」とは言わなかった。ただ置いた。
彼女も礼を言わなかった。包みを解き、筆を取り出し、紙の端で試し書きをする。
「うん」
その一言だけ。
それから彼女は筆を髪に挿し、僕のほうを向いた。
「君が陳臨」
「はい」
「話は聞いてる」と彼女は言った。「十歳で、授業を追い出された」
「話が早いですね」
「話じゃない」と彼女は言った。「僕もその場にいた」
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彼女は机の上のものをどけ、一区画空けた。
「君の両親の資料に、ガラスはあった?」
僕の手が宙で止まった。
「なぜ分かるんです?」
「陶家の窯は、源橋で唯一ガラスを吹けるから」と彼女は言った。「僕は毎月一日に行
く。今月、変わったものを聞きに来た奴がいるか、って」
彼女は僕を見た。
「彼が昨日、話してくれた」
「なぜ、それを?」
「私が探してるものも、ガラスになるから」
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彼女は僕たちを壁の前へ連れて行った。
壁に図が二枚、留めてある。大きいのと、小さいの。
「これが源橋の」と彼女は言った。「学院の定本。二百年前に描かれた」
「これが王都の」と、小さいほうを指す。「観星台。四十七年前」
「王都のを源橋のと同じ大きさに拡大して、歳差ぶん平行移動すれば、完全に重なるは
ず」
「結果は?」
「見て」
彼女は灯を一盏取り、二枚の図の後ろに置いた。
光が透ける。
星点がびっしりと並び、大部分が重なった。
真ん中の一片だけが、ずれて、縫い目のようになっている。
縫いは狭い。紙が揃わなかったみたいに。
「ここ」と彼女は言った。「縫い目の片側は王都の図、反対側は源橋の図。縫い目の両
側は、それぞれ正しい」
「それぞれ正しい」
「そう」と彼女は言った。「王都の記録は間違っていない。源橋の記録も間違っていな
い。ただ、同じ物差しのものじゃない」
僕はその縫い目を長いこと見ていた。
「観測が間違ったんじゃない」と僕は言った。
「違う」
「誰かが基準を入れ替えた」
彼女は振り返り、僕を一目見た。
「君は、分かるのが早い」
「これを何と呼べばいいか、僕には分からない」と彼女は言った。「誤りじゃない。誤
りは直せる。これは直せない――両側とも正しいから」
「物差しだ」と僕は言った。
彼女は固まった。
手の灯が揺れ、影が壁で揺れた。
「なぜ、その言葉が出る」
「三日ほど前に、両親のノートで同じものを見つけたからです」
僕は第三巻のことを話した。線形が非線形に変わり、「データ点不足、結論は保留」、
そして第七頁の裏の小さな一行――周期そのものに周期があるなら、この方法は使えない
。
彼女は最後まで聞いてから、長いこと黙っていた。
そして一つ、聞いた。
「君の両親は、七四二年の冬に、北へ行かなかった?」
部屋が静かになった。
「なぜ、それを?」
「私も縫い目を見つけたから」と彼女は言った。「あれより小さい。ずっと狭い」
「どの年ですか?」
「七四二年」
彼女は灯を置いた。
「四十七年前のは、図全体が狂っている。七四二年のは、ほんの一小片だけだ」
「誰も探さないくらい小さくて」
「私は三年かけて、ようやく見つけた」
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僕たちはあの低い机の脇に座った。
僕は布の包みから第二巻を出し、机に広げた。
第二巻をちゃんと読んだのは、それが初めてだった。
第一巻は問題提起で、読んだ。第三巻から第六巻はデータで、目を通した。第七巻は考
察で、途中で止まっている。
第二巻、文献レビューだけを、僕は細かく読んでいなかった。
文献レビューは一番つまらない部分だ。他人が書いたものだ。自分のものを探すなら、
データを見るべきだ。
間違っていた。
第二巻の目次に、母さんは文献を六十七本、議題ごとに十九組に分けて並べている。
そのうち十七本、著者欄にはアルファベット二文字しかない。
L.F.
しかも、この十七本の引用の仕方が、他の五十本と違う。
他の五十本には、母さんは「某書某頁を見よ」としか書いていない。
この十七本には、抜粋がある。
一行ではない。段落まるごと写している。
しかも日付順じゃない。議題順だ。母さんはこの十七本を分解し、組み直し、番号を振
り、自分の論証に組み込んでいる。
つまり、これは引用じゃない。
これは通信だ。
「この十七本は」と僕は言った。「発表された論文じゃない」
「じゃあ何?」
「手紙です」
僕は一枚ずつめくった。
紙は薄い。半透明の類だ。どれも母さんの字で、整っていて、詰まっている。どの一枚
の末尾にも日付と、署名が一行。
L.F.
七三八年の春から。七四二年の冬まで。
最後の一枚だけが、写しじゃない。
最後の一枚は、原本だった。
紙が違う。厚い。墨も違う。赤みがかっている。
字は少ない。四行だけ。
僕は一度読んだ。もう一度読んだ。
それから紙を机の真ん中へ押し出して、二人に読ませた。
「十七本とも受け取った。
君の第三組がおかしい。データの問題じゃない、組分けの問題だ。
来月、北へ行く。
もう北へ行くな。
――L.F.」
部屋は静かだった。手前で老婆が縫う音だけが、一つ、一つ。
林新年が先に口を開いた。
「君の両親には、王都に同僚がいた」
「ええ」
「そしてその人物は、七四二年の冬、北へ行くなと言った」
「ええ」
「そして二人は死んだ」
僕は答えなかった。
僕が気づいたのは、そこじゃない。
気づいたのは、この手紙が原本だということだ。
前の十七枚は写しだ。母さんが自分で写した。整理し、引用し、論証の鎖に組み込むた
めに。
この一枚だけが原本だ。
つまり、この手紙を、母さんは写さなかった。
そのまま残した。
残した理由は二つ考えられる。写すのが惜しかったか。あるいは――写している暇がなか
ったか。
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「この印、見たことがある」
希捷莉卡が急に言った。
彼女は立って、壁際へ行き、木箱から厚い冊子を一冊抜いた。
表紙は暗い赤で、角が擦れて光っている。
「王都観星台の旧記録。四十七年前の巻」と彼女は机に置いた。「彼が盗み出した」
林新年は何も言わなかった。
彼女は冊子を開き、最後の頁、裏表紙へ進む。
そこに小さな印があった。丸く、淡く、ほとんど磨り減っている。
中に二文字。
L.F.
僕はあの手紙を取って、裏表紙の隣に並べた。
筆跡は違う。手紙は手書き、裏表紙は印。
だが文字の形は同じ。二文字の間の空きまで同じ。
「同じ手だ」と希捷莉卡は言った。
「あるいは、同じ型だ」
「どういう意味?」
「その人物は筆を替えても、署名の癖は替えなかった」
僕は顔を上げた。
「これは借りた印じゃない」と僕は言った。「自分で彫った印だ」
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帰り道、空はもう暗くなり始めていた。
僕たちは路地を歩いた。灯はつけなかった。
「あの本を彼女に渡した時、彼女が叱られると分かってたんですか」
「分かってた」
「それでも渡した」
「ああ」
「なぜ?」
林新年は何歩か歩いてから答えた。
「僕は彼女ほど上手く計算できないからだ」と彼は言った。
「それだけですか?」
彼は少し黙った。
「それに、同じことを僕が言っても、叱られない」
路地は暗い。彼の顔は見えない。
「彼女はスケーラー家の娘だ」と彼は言った。「家は彼女に、貴人のために占わせろと
言う。星を測れとは言わない。一度口に出して、三日、正座をさせられた」
「君は?」
「うちは僕を騎士団に入れたい」
「口に出したら?」
「何も起きない」と彼は言った。「『この子は自分の考えがある、いいことだ』で終わ
る」
彼は平坦に言った。
「だから僕が本を持ってくる。彼女が計算する」と彼は言った。「そうすれば、彼女が
出したものを、少なくとも誰かが口にできる」
僕は少し考えた。
「利用してるんですね」
「ああ」
彼は否定しなかった。
「だが、僕が彼女ほど計算できないのは、本当だ」と彼は言った。
路地を抜けた時、通りにはもう灯が点いていた。
「さっき、一つ聞かなかったな」と彼は言った。
「何を?」
「なぜ彼女があの場にいたか。あの授業に、なぜ座っていたか」
僕は思い出した。
「彼女、その場にいたと言ってました」
「彼女がいる授業では、彼女はいつも最後列に座る」と彼は言った。「君があの質問を
するのを、待っていたんだ」
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その夜、僕は遅くまで記録を書いた。
「第十一条:第二巻文献レビュー内に通信十七通、署名
L.F.。七三八年春より七四二年冬まで。写し十七、原本一。」
「第十二条:原本の内容――『来月、北へ行く。もう北へ行くな』」
「第十三条:王都観星台四十七年前の旧記録、裏表紙に同一の印。手書きと印、文字の
間隔が一致。」
「第十四条:希捷莉卡、源橋と王都の二図の間に断口を二か所発見。一は四十七年前、
一は七四二年。」
書き終えて、僕は長いこと手を止めていた。
そして二行足した。
「第十五条:周明遠教授曰く、王都学会は毎年春に各学院を巡検する。今年の人選は未
公布。」
「L.F. が誰なのか、僕は知りたい。」




