第7話 失敗を認める勇気
セシルが提出した輸送計画の変更案には、ひとつ見落としがあった。
中継所に空きがあることは確認していたものの、物資の保管を正式に依頼するには、輸送担当部署から申請を出さなければならなかったのだ。
保管場所そのものは確保できる。しかし、使用の承認には数日かかるという。
当初の計画では、それでは間に合わない。
翌朝、輸送担当者から報告を受けたセシルは、すぐに自分の書類を確認した。
ルシアンが昨日指摘していた問題だった。
頭では理解したつもりだったが、実際に支障が出たことで、自分が何を見落としていたのかようやく分かった。
「申し訳ございません。私が先に日程案を作成したため、必要な手続きを確認しないまま話が進んでしまいました」
セシルが頭を下げると、輸送担当者は慌てたように手を振った。
「いえ、こちらも確認が不足していました。そもそも私どもの仕事ですから」
「ですが、私が提示した案を前提に進めていただいたのは事実です。まずは状況を整理させてください」
セシルは、現在分かっていることを紙に書き出した。
施設側が希望する到着日。輸送担当者が懸念している道路の状態。中継所を使う場合に必要な手続き。
そのうえで、判断すべき事項を担当者ごとに分けていった。
「私から日程を決めるのではなく、皆様でどの方法がよいか相談していただければと思います」
担当者は頷いた。
「分かりました。施設側には、こちらから改めて連絡します」
セシルはその場で代案を出そうとして、言葉を飲み込んだ。
すぐに自分が動いた方が早い。
そう思ってしまう癖は、まだ抜けていない。
けれど、今回は一度立ち止まってみることにした。
昼過ぎ、輸送担当と施設側の責任者による話し合いが行われた。
セシルは同席したが、議論の中心には入らず、必要な情報を整理する役目に徹した。
「中継所を使わず、出発日を元の予定に戻す方法はどうでしょう」
輸送担当者が提案した。
「ただ、道路の状態が心配です。途中で雪が降れば、到着が遅れる可能性があります」
施設側の責任者は少し考えた。
「こちらとしては、遅れること自体は大きな問題ではありません。必要なのは、どの程度遅れる可能性があるのか事前に知ることです」
「そうでしたか」
「はい。施設では冬物資を少し余分に保管しています。ですから、二日ほどの遅れなら対応できます」
セシルは思わず顔を上げた。
その情報は、これまでの書類には記載されていなかった。
自分が日程を調整した時には、施設側が元の日程を希望していることだけを重視していた。
なぜその日程を希望するのか、詳しく尋ねていなかったのだ。
「それでしたら、道路の状態を確認しながら出発日を決める方法も取れますね」
輸送担当者が言った。
「はい。こちらも受け入れ準備を進めておきます」
二人はその場で、状況に応じて出発日を調整する手順を決めた。
セシルは議事録を取りながら、少し恥ずかしくなった。
最初から担当者同士で話し合っていれば、もっと簡単に解決できたかもしれない。
自分がよかれと思って間に入ったことで、かえって問題を複雑にしてしまったのだ。
会議が終わると、セシルは改めて二人に頭を下げた。
「今回は、私の確認不足でお手数をおかけしました」
施設側の責任者は、穏やかな口調で答えた。
「お気になさらないでください。こちらも必要な事情を十分に伝えていませんでしたから」
「ですが、次からは同じことを繰り返さないようにいたします」
「そうしていただければ十分です」
その返事に、セシルは少し救われた気がした。
失敗したら、取り返さなければならない。
王宮で仕事をしていた頃は、そう考えていた。
しかし、今回のように自分一人で取り返そうとすれば、また同じことを繰り返してしまうかもしれない。
必要なのは、失敗を隠さず、関係者と共有し、次に同じ問題が起きないようにすることだった。
夕方、セシルは修正した記録をまとめ、共同事業の連絡窓口へ提出した。
その際、ルシアンから確認のための面談を求められた。
指定された会議室へ入ると、彼は机に置かれた報告書を読んでいた。
「アーデン嬢。お疲れ様でした」
「ありがとうございます。今回の件では、ご指摘いただいたことを十分に理解できておりませんでした」
セシルが頭を下げると、ルシアンは少し首を傾げた。
「私に謝る必要はありませんよ」
「ですが、昨日のお話の後にも、問題を残してしまいましたので」
「それについては、担当者の方々と解決されたと聞いています」
ルシアンは報告書の一部を示した。
「むしろ、こちらの記録はよく整理されています。問題が起きた経緯と、誰がどの判断をしたのかが明確です」
「ありがとうございます」
「それに、今回の件であなたが変えたことがありますね」
セシルは顔を上げた。
「変えたこと、ですか?」
「以前なら、自分で新しい案を作って解決しようとしたのではありませんか」
図星だった。
セシルは小さく笑った。
「そうかもしれません。実際、途中までそのつもりでした」
「ですが、今回は担当者に判断を委ねた」
「はい。自分がすべてを決める必要はないと、ようやく分かりました」
ルシアンは頷いた。
「それなら、今回の失敗にも意味があったと思います」
セシルはその言葉を聞いて、少し考えた。
失敗にも意味がある。
王太子妃教育では、間違いを正すことを教わった。間違いそのものを肯定することは、あまりなかった。
もちろん、失敗してよいという意味ではないのだろう。
けれど、失敗した後に何をするかによって、その経験の価値は変わる。
「ヴェルナー様は、いつもそのようにお考えなのですか」
「いいえ」
意外にも、ルシアンは即答した。
「以前は、私も随分と失敗を嫌っていました」
「そうなのですか?」
「ええ。失敗しないように準備して、必要なことはすべて自分で確認していました。その結果、周囲に随分迷惑をかけたことがあります」
セシルは目を丸くした。
彼は仕事に厳しく、判断も早い。そんな人物が自分と同じような失敗をしていたとは、想像していなかった。
「もし差し支えなければ、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
「……あまり格好のよい話ではありませんよ」
「それでも、聞いてみたいです」
ルシアンは少し困ったように笑った。
「では、また時間のある時に。今日はもう遅いでしょう」
セシルが窓を見ると、外はすっかり夕暮れになっていた。
「そうですね。失礼いたします」
「アーデン嬢」
立ち上がりかけたところで、呼び止められた。
「ひとつだけ、申し上げてもよろしいですか」
「はい」
「あなたは、間違いを指摘されると、まず謝りますね」
セシルは思わず姿勢を正した。
「それは……申し訳ございません」
言った瞬間、ルシアンが笑った。
「今も、です」
「あ……」
セシルもつられて笑ってしまった。
「確かに、そうですね」
「謝罪が必要な場面はもちろんあります。ただ、誰かの意見が違うだけで、あなたが間違っているとは限りません」
「……気をつけます」
「それも、急いで直す必要はありませんよ」
ルシアンは書類を閉じた。
「少しずつでよいと思います」
セシルは会議室を出てからも、その言葉を考えていた。
少しずつでよい。
新しい職場に来てから、早く役に立たなければと焦っていたのかもしれない。
ここでは、最初から何でもできる必要はないのだ。
帰り道、セシルはいつも利用するパン屋の前で足を止めた。
店先には、焼きたての菓子パンが並んでいる。
今夜は少し疲れている。
けれど、仕事が終わった後に好きなものを買って帰る余裕くらいはある。
セシルは二つほどパンを選び、紙袋を受け取った。
自分のために買ったものなのに、どうして二つも選んだのだろう。
そう思ってから、ルシアンの顔が浮かんだ。
彼も甘いものを食べるのだろうか。
次に会った時、尋ねてみよう。
セシルは紙袋を抱え直し、少し軽くなった足取りで家路についた。




