第6話 私のやり方は間違いですか?
セシルがエルフェルト公益財団で働き始めて、一週間が経った。
新しい職場にも少しずつ慣れてきたが、今までとの違いに戸惑うことは多い。
特に大きかったのは、各部署の担当者が自分たちで判断する場面が多いことだった。
王宮では、問題が起こればセシルが関係者に連絡を取り、必要な情報を集めてから調整することが多かった。
しかし財団では、まず担当者同士で話し合い、それでも解決しない場合に調整担当へ相談することになっている。
その仕組み自体は理解できた。
ただ、実際に仕事を始めると、つい以前と同じ行動を取ってしまう。
「アーデンさん、少しよろしいですか」
隣の席に座る若い職員が、書類を持って近づいてきた。
「はい。どうなさいましたか」
「北部の支援施設へ送る物資について、輸送担当から日程の変更を求められているんです。ただ、施設側は元の日程を希望していて」
セシルは書類を受け取り、内容に目を通した。
北部の山間地域にある施設へ、冬物資を届ける計画だった。
輸送担当者は道路の状態を考えて出発日を早めたいと言っている。一方、施設側は受け入れ準備が整っていないため、予定どおりの日程を希望していた。
「なるほど。では、施設側の準備がいつ整うのか確認していただけますか」
「はい。それは確認しているのですが、輸送担当の方が先に変更を決めたいとおっしゃっていて」
「分かりました。私から一度、双方へ連絡してみます」
セシルはそう答えて、すぐに必要な書類を集め始めた。
こうした調整なら、王宮でも何度も経験している。
双方の事情を確認し、実現可能な日程をいくつか提示すれば、話は進むはずだった。
昼過ぎには、輸送担当と施設側の責任者から返答が届いた。
セシルはその内容を整理して、新たな日程案を作成した。
翌日の午前中に出発し、途中の中継所で一泊してから施設へ届ける。施設側の受け入れ準備が整うまで、物資は中継所で保管するという案だ。
輸送担当の都合にも、施設側の事情にも配慮している。
自分でも悪くない案だと思った。
「こちらで進めれば、双方の希望をある程度満たせると思います」
セシルが日程案を隣の職員へ渡すと、相手は少し困った顔をした。
「ありがとうございます。でも……」
「何か問題がございましたか」
「いえ、助かるのは確かなんです。ただ、この件は本来、輸送担当と施設側で調整することになっていまして」
「はい。ですが、お困りのようでしたので」
「それはそうなんですが……」
職員は言いにくそうに視線を落とした。
セシルは、相手が何を気にしているのか分からなかった。
問題は解決へ向かっている。
しかも、自分の仕事が増えただけで、他の人に負担をかけたつもりはない。
それなのに、喜ばれていないように感じられた。
その日の午後、セシルは共同事業の確認会議に出席した。
会議には財団の職員に加え、外交上の連絡窓口としてルシアンも参加していた。
「北部の輸送計画について、変更案が提出されていますね」
ルシアンが書類をめくりながら言った。
「はい。私が双方に確認を取り、日程を整理いたしました」
「なるほど」
ルシアンは一通り目を通した後、顔を上げた。
「この案について、輸送担当と施設側の正式な合意は得られていますか」
「それぞれに事情を確認したうえで作成しました。これから承認をいただく予定です」
「では、まだ双方が合意したわけではないのですね」
「はい。ただ、実現可能な案にはなっていると思います」
ルシアンは少し考えるように書類を閉じた。
「アーデン嬢。この日程案を、あなたが作成する必要はあったのでしょうか」
セシルは思わず顔を上げた。
「必要、と申しますと?」
「輸送担当者と施設側の責任者が調整すべき事項を、あなたが引き受けた理由です」
「担当の職員が困っておりましたので、私にできることがあればと思いまして」
「そのお気持ちは分かります。ただ、あなたが代わりに案を作ることで、担当者同士が話し合う機会を失っている可能性はありませんか」
セシルは返事に詰まった。
今まで、そのように考えたことはなかった。
「ですが、私が整理した方が早く進む場合もございます」
「それは否定しません。実際、この案はよく考えられています」
ルシアンは書類の一部を指した。
「ただ、この保管場所は輸送担当の判断で利用できる施設ですか?」
「中継所の管理者には、空きがあることを確認しております」
「空きがあることと、今回の物資を預けられることは別です。正式に保管を依頼するなら、輸送担当者が契約条件を確認する必要があります」
「……そうですね」
「あなたがすべてを確認してしまうと、担当者が自分の責任で判断する機会も減ります。次に同じ問題が起きた時、またあなたを頼ることになりませんか」
セシルは手元の書類を見下ろした。
言われていることは理解できる。
実際、王宮でも似たようなことがあった。
誰かが困っていれば、先回りして仕事を片づけていた。その方が早いと思っていたし、周囲からも感謝されていた。
しかし、その結果、自分がいなければ判断しにくい仕事が増えてしまった。
「私のやり方は、間違っているのでしょうか」
気づけば、そう尋ねていた。
ルシアンはすぐには答えなかった。
「間違っている部分もあれば、優れている部分もあると思います」
「……そうですか」
「あなたの作成した日程案は分かりやすく、関係者の事情もよく整理されています。それは大きな長所です。ただし、調整することと、担当者の判断を代わりに行うことは別です」
セシルは黙って聞いていた。
責められているわけではない。
それでも、自分が正しいと思ってきた仕事の進め方を指摘されるのは、少し辛かった。
「どうすればよかったのでしょうか」
「まず、双方が何に困っているのか整理し、担当者同士で協議してもらう。そのうえで、必要な情報が不足していれば、調整担当として集める方法もあったと思います」
「……なるほど」
セシルはゆっくり頷いた。
話していることは難しくない。
むしろ、自分でもよく知っているはずのことだった。
王宮での引き継ぎの際、毛布の納入契約について、各部署の責任者に確認を求めた時と同じ考え方だ。
あの時はできたのに、新しい職場ではいつもの癖が出てしまった。
「ありがとうございます。修正してみます」
「ええ。ただし、今日中に全部をやり直す必要はありません。担当者の方々と相談して進めてください」
ルシアンはそれだけ言って、次の議題へ移った。
会議の後、セシルは輸送担当者へ連絡を取り、日程案を作成した経緯を説明した。
相手は少し驚いていたが、事情を聞くと納得してくれた。
「なるほど。では、こちらで施設側ともう一度相談します」
「お願いいたします。私の方では、必要な情報が揃っているか確認いたします」
「助かります」
通話を終えたセシルは、椅子に座った。
仕事を任せるというのは、思ったより難しい。
自分でやればすぐに終わることを、他人に託す。
その結果、時間がかかることもあるだろう。
けれど、そうしなければ組織はいつまでも成長しない。
セシルは日程案を机の端へ置き、代わりに確認事項の一覧を作り直した。
今度は自分が答えを出すためではない。
担当者たちが判断するために必要な情報を、整理するためだった。
夕方、帰り支度をしていると、隣の席の職員が声をかけてきた。
「アーデンさん、今日はありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ、最初に余計なことをしてしまいまして」
「余計だなんて。ただ、次からは私たちにも考えさせてください」
セシルは少し驚いた後、微笑んだ。
「はい。そうします」
職員も笑った。
そのやり取りを終えてから、セシルは新しい職場で初めて、自分が少しだけ馴染めたような気がした。
これまでの仕事のやり方が、すべて間違っていたわけではない。
ただ、ここでは新しく学ぶことがある。
セシルは机の上を片づけながら、明日担当者たちへ尋ねることを手帳に書き込んだ。
答えを教えるためではなく、どのような答えを出そうとしているのかを聞くために。
それは、彼女にとって思った以上に大きな変化だった。




