第9章 雪の夜
吹雪は前の日の夕方から始まって、十八日の夜になってもやむ気配がなかった。一行は、轍が道から外れた場所の北一里、枯木の並ぶ窪みに閉じこもっていた。
窪みの底に降り積もる雪は、夜ごとに壁を高くしていく。掘り出せば掘り出すほど、夜明けには元の白い壁に戻る。
雪はそりを埋めた。荷馬は積み上げた雪壁の風下に並んで、頭を下げてじっとしている。朝掘り出した雪は昼には戻り、夕方にはまた戻った。
「船の排水と同じだな」フィンが、ブーツの雪を打ち落としながら言った。
「船は穴の場所だけでも分かる。こっちは空全体から落ちてくる」
鐘の数では六つを過ぎたはずだったが、空はなかった。風の音と、雪の積もる音だけがあった。
ケスはそりの上に翼をたたんでうずくまり、灰色の石にしか見えなかった。ガズは言葉がだんだん遅くなり、しまいには尻尾の動きでしか返事をしなかった。この寒さでは、蜥蜴人の血は廻りが遅い。
「馬が鳴かないな」フィンが言った。
「鳴く元気もないんだろう」ダリオは干し草の束を分けてやった。馬たちは顔を上げたが、すぐにまた鼻息を雪に落とした。
食事のとき、凍った干し肉は刀で薄く削った。薄ければ口の中で溶ける。麦は溶かした雪で煮た。鍋の蓋が風にカタカタ鳴った。
食事のあと、リナが雪遁の横穴に寝床を整えに入った。やがて、雪の根元から細い声がした。
「出られません」
這い入った場所には、父親の杖の先だけが雪の外に突き出ていた。杖がゆらゆら揺れて、雪の面をこつこつ叩いている。
「天井が、落ちました」地下から声がした。
焚き火のそばにうずくまっていたガズが、尻尾の先で斜面を指した。
「熱いのはあそこ。動かなくなっている」
ダリオは手と板で掘った。まず麦藁色の髪が出た。両手をつかんで引くと、リナが雪を吐きながら顔を出した。顔とフードに雪がこびりついて、一瞬、小さな老婦人に見えた。
「掘りすぎました。少し広くしようと」
「雪は土じゃない。上から降るんだ」
懐から銅貨が布の上にこぼれた。並べて数える。十三枚。リナはもう一度数えた。十三枚だった。
「一枚足りない。十四枚あったはずです」
落ちた雪をもう一度かき分けた。最後の一枚は、リナが寝ていた下、踏み固めた穴の底に沈んでいた。ダリオが指で掘り出して布の上に置いた。
「十四枚、確保です」リナは銅貨をかき集め、それからダリオを見上げた。「……数えてるあいだに、抜いてないでしょうね」
「落としたおまえが悪い」
*
雪遁の風下に火坑を掘り、固めた雪で縁を囲った。風は頭上を渡っていく。炎はあまり揺れなかった。
平らな鍋に雪を溶かして湯を作った。雪は溶けると信じられないほど縮む。十掴みで一杯だ。鍋は煙と古い金属の匂いがする。湯には匂いがない。それなのに、寒いところでは湯の匂いがした。炉端で干した布の匂いとも似ていた。荒れ野のまん中で、ここだけは宿場の話をしているみたいだった。
「水の熱が見える」ガズが言った。「鍋の中に、赤い魚のようなものがいる」
「魚?」リナが鍋を覗き込んだ。「ただの湯ですよ」
「赤い魚がゆっくり動いている。鍋の中をぐるぐる廻って、外へは出ない」
「そうですね」と、見えないリナは言った。
フィンは火のそばでブーツを炙っていた。二日のあいだ凍ったままで、曲がらない。つま先が入るまでにしばらくかかった。
「リナ。その杖、いいのか」
「父のを」
リナは杖を、火から少しだけ離した。
「父は炭山の町で火を灯してました。炉に火を入れたり、苗床を温めたり。仕事がなければ火を片手に畑の烏を追い払ってました。組合には入れなかったので、火附けと呼ばれて、安くしか買ってもらえなかった」
火附け。聞いたこともない役目だが、炭山の町では必要なのだろう。リナの杖の構え方は、闘う者のそれではなかった。
「どうやって習った」
「十のとき、火を教わりました。火は沸かすため、灯すための道具だと。闘いは最後だと。それから父は、二年むこうの冬に風邪をこじらせて、起き上がらなくなりました。杖を持って街へ行って、組合の登録料で貯金が全部なくなった」
「だから銅貨を数えるんだな」ダリオが言った。
「銅貨は嘘をつかないので、よく数えるんです。……人は違いますけどね」
「火附け、か」
「ええ。街では、ただの火吹きだと笑われましたが」リナは杖の節を親指で撫でた。「でも、この杖で火を出せると、あの人は喜んでました。自分の道具が、道具として使えるって」
ベルントは荷の紐に手を触れたまま、何も言わなかった。小枝で火をつついただけだった。火の粉が北へ散った。
「寝ろ」ダリオが言った。「起きてたところで、雪は止まんない」
*
後半の見張りはダリオが取った。
他の者たちは雪の穴で寝ている。息だけが聞こえた。荷馬が雪壁の後ろで首を垂れ、時々足を踏み鳴らして雪を落とした。
三つの鐘を過ぎたころ、風が急に止んだ。
雪の音が一度に消えて、重さのある静けさが降りてきた。火がパチリと鳴った。馬の息が聞こえる。雪が、音もなくまっすぐ降りていた。
焚き火の光の届かない先、雪壁の向こうから、声のようなものが聞こえた。
言葉ではなかった。細くて高い、歌の始まりのような音が、二つ、三つ、口ずさまれて、やんだ。
ダリオは剣の柄に手をかけて耳を澄ました。雪が音もなく降りるほか、何もなかった。ほかには何も来なかった。
やがて風が、なかったかのようにまた吹き始めて、声の痕は雪の音の下に埋まった。
風だと、ダリオは決めた。ただ、しばらくのあいだ、手は柄の上に置いたままだった。
*
明け方には風が死んだ。外に出て見上げると、雪が止んでいた。空は曇って、鉛色に低い。枯木は雪の中に腰まで埋まり、世界は一夜で別の形に作り替えられていた。
凍った革紐は指で解けなかった。ナイフの背で叩いて柔らかくする。ダリオの手袋は雪に濡れて、指の動きが鈍った。そりを掘り出し、荷馬に繋ぎをつけた。ケスがいちばん高い枯木の雪を振り落として、登った。しばらくいて、降りてきた。
「煙」ケスは言った。「北西、枯木の並びの先。一筋。見ているあいだ、揺れなかった」
一行は荷をそりに積み込んだ。荷馬が白い息を吹いて、歩き始めた。鉛色の空に、煙はまっすぐ立ちのぼっていた。誰かが、灰色の草を一本、立てたように。




