第10章 野盗
朝の空は、鉛色の薄雲に覆われていた。雪は止んでいたが、風はまだ冷たく、首の周りに氷のような指を這わせてくる。息を吐くと、白い霧がすぐに凍って落ちた。
一行は煙を頼りに、北西へ向かった。
昨日の吹雪で、雪はさらに深くなっていた。膝まで沈む。雪の表面は風に削られて硬い灰色の殻となり、足を乗せるたびにガリリと音がした。荷馬が足を取られ、何度も立ち止まって白い息を吐いた。鼻づらには氷の粒がついていた。そりの荷が揺れ、凍った革紐がきしむ。乾いた肉を噛む音さえ、この寒さの中では遠くの音のように聞こえた。
「あの煙」とケスが言った。「ただの旅人の火じゃない。あれは、寝床の火だ。毎日同じ場所で焚いている」
ガズが頷いた。「熱が集まっている。人間が、五人か六人。あと、馬か?」
「野盗だな」とダリオは言った。
「どうします?」リナが杖を握りしめた。
「話をするだけだ」とダリオは言った。「向こうに天下を取る気がないなら」
荷馬が足を滑らせ、そりが傾いた。ベルントが慌てて押さえる。
「大丈夫か?」とダリオが聞いた。
「ああ、荷は無事だ」とベルントは答えたが、手が震えていた。
「ガズ」とダリオが呼んだ。「熱の塊は、動いているか?」
「動いている」とガズは言った。「でも、逃げてはない。待っている」
ケスが岩の上から降りてきた。「見張りがいる。雪の塚の上に突っ立ってる。弓を持ってる」
「気づかれているな」とダリオは言った。「隠れるのは無駄だ。行こう」
*
近づくと、枯れ草の焚き火の匂いがした。湿った枯れ木を燃やす、いらだたしい匂いだ。岩の陰に、板を打ち合わせただけの粗末な小屋が見えた。周りには、雪に埋まりかけた獣の骨が散っている。小屋の隙間からは、煤けた空気が漏れていた。長いあいだ換気をしていない、人間の暮らす匂いだった。
突然、雪の塚の陰から声がした。
「そこの! 止まれ」
男が一人、現れた。粗末な毛皮を肩にかけ、手には弓を持っている。削ったばかりの矢先が、ダリオの胸を指していた。矢先は小刻みにふるえていた。冷えのせいか、恐怖のせいか。
「迷子か?」男は嘲笑した。「ここから北は、地獄だぞ。魔物が出る」
ダリオは手を広げて見せた。剣には触れない。
「人を探している」とダリオは言った。「北の村から戻らない隊商がいる。ここを通らなかったか」
「知らんねえ」男は弓を引いた。「荷物を置いて帰りな。馬もな。そうすれば命だけは助けてやる」
「嘘をつくな」と男は言った。「お前ら、剣があるじゃねえか。それに、あの荷。中身はなんだ? 食い物か?」
「干し肉と麦だ」とダリオは言った。「食いたければ、売ってやる。金で買え」
「金なら、お前らの懐にあるだろうが」
他の影が動く。囲まれている。
*
周囲の雪から、影が起ち上がった。
三人、四人。槍や剣を持っている。飢えた犬のような目をしている。服はボロボロで、靴底はすり減っている。酸っぱい汗と、古い油の匂いがした。
フィンが腰の剣に手をかけた。ベルントが荷の紐を握りしめる。息が荒い。
リナは杖を握っていた。指が白くなるほど強く。
(撃つな、とダリオは言おうとした)
弓の弦が、きしむ音がした。
「火よ!」リナが叫んだ。
*
杖の先から、赤い塊が飛び出した。
火の玉は男の顔を狙ったわけでも、弓を狙ったわけでもない。男の足元、雪の間に生えていた枯れ草の株に飛び込んだ。
乾いた棘草が、一瞬にして炎に変わった。
赤い火柱が、静かな雪原で急に立上がる。
男は弓を放り出して、後ろに転がった。
「術だ!」男は叫んだ。「火を使いやがった!」
火は枯れ草を燃やし、黒い煙を上げて、すぐに小さくなった。誰も燃えてはいない。
野盗たちは、燃えた草とリナを交互に見て、後ずさりした。
「化け物か?」
「ちがいます!」リナは叫んだ。「ただの火の玉です。それに、わたし、十六です!」
「十六でも、火を吐くか!」別の男が叫んだ。
「魔物だ。間違いない」
ダリオは前に出た。
「わかったか。俺たちは魔物じゃない。だが、手荒な真似はするなと言っている」
野盗たちは顔を見合わせた。枯れ草の黒い燃えカスが、雪の上でまだ煙を上げていた。
一群の小鳥が、驚いたように灌木から飛び立ち、北の空へ消えた。羽音だけが、しばらく雪原の静けさに残った。誰も、その鳥の行方を見続けはしなかった。
*
焚き火の奥から、低い声がした。
「何を騒いでいる」
その声は、寝起きの不機嫌さと、飢えた獣の警戒心を同時に含んでいた。
見張りの男は、焦げた草を踏み消しながら、振り返った。
「頭!」男は叫んだ。「こいつら、ただの旅人じゃねえ! 術を使う!」
見張りは弓を拾い上げ、ダリオを睨んだ。
「頭が会いたいと言っている」男は言った。「ついてこい。ただし、手は見えてる状態でな」
ダリオは頷いた。フィンが剣の柄から手を離した。リナは杖を抱えるようにして、小さく息を吐いた。




