第11章 頭目
師走十九日、昼。野盗のねぐらの小屋で、一行は頭目と向かい合っていた。
板を打ち付けただけの小屋は、外から見るより中が深い。壁の隙間には毛皮と枯れ草が詰め込まれ、煤と古い脂の匂いが、鼻腔の奥にへばりついていた。窓はない。隙間から漏れる雪の明るさで、昼の鐘が過ぎたころだと分かった。
部屋の一番奥、炉の傍らの毛皮の上に、男が座っていた。
左目がない。眉間から頬へ、古い傷跡が走り、四十がらみの顔を無造作に二つに分けている。さっき、声だけ聞いた男だった。膝に太い手を置き、一行を右目だけで数えた。
「六人」と男は言った。「火を使うのが一人。鱗が一人。羽が一人」
壁の影で、誰かが鼻を鳴らした。
「鱗まで連れてきやがって」
誰も、その声に答えなかった。ガズは炉の前にしゃがみ込み、尻尾を床に垂らしたまま、動かなかった。
「座れ」と頭目は言った。
藁屑と獣の骨の間に、人間が腰を下ろせるだけの空きがあった。ダリオは腰を下ろした。リナが隣に、フィンがその隣に。ベルントは炉の反対側に座り、荷物を膝の前に引き寄せた。ケスは入り口の枠の傍らに立ち、外の雪原を見ていた。背中の羽が、煤けた壁の黒さに沈んでいる。背後で、男たちが壁に沿って陣取る気配がした。槍の穂先が、低い天井の下で鈍く光った。
ダリオは頭上に目をやった。
太い梁が低い天井を支えている。煤で黒くなった木肌に、細かい切り込みが無数に並んでいた。何日かの数え跡か。それとも、ただの退屈しのぎか。梁からは、棘草の根を束ねたものが三つ、逆さに吊るされていた。酒の材料か、薬か。訊くほどのことでもなかった。
「用件は知っている」と頭目は言った。「三つ目の塚へ行きたいんだろう」
「手っ取り早くて助かる」とダリオは言った。「二週間前に消えた隊商を探している。迎えに来た」
「迎え」と頭目は繰り返した。右目だけが、口より先に細くなった。「雪の中を、よく来たものだ」
「渡り賃だ」と頭目は続けた。「金はいらん。ここじゃ、銅貨は石と同じだ。食い物を置け」
ダリオは麻袋から、干し肉を三枚と、黒パンをひと塊、炉の前に置いた。
リナが、ダリオの袖を小さく引いた。「……三枚、ですか」
「残りは、俺たちの腹の分だ」
囲んでいた男たちの喉が、いっせいに動いた。誰も手を出さない。頭目の顎が一度動くまで。
「酒を出せ」と頭目は言った。
土器の杯が回ってきた。中身は灰色に濁り、表面に油のような膜が張っている。
ダリオは飲んだ。喉の奥を、松ヤニの固まりがゆっくり転がり落ちていくような味だった。
「……独特だな」
「棘草の根で造った」と頭目は言った。「酒ってのは、喉を焼かなきゃ酒じゃない」
リナが「げほっ」と鳴いて、杯を持ったまま凍りついた。フィンは礼儀として口をつけた。二度目は、喉が返事をしなかった。ベルントは膜を指で押さえ、一口だけ飲んで、荷の紐を握りしめた。ガズは杯を膝の横に置いた。それきり、手を付けなかった。ケスは最初から受け取らなかった。
「根を腐らせた水は、羽に悪い」とケスは言った。
壁際の男たちが、低く笑った。頭目は笑わなかった。
「話を戻せ」とダリオは言った。「隊商が、塚の下へ?」
「俺たちが追ったんだ」と頭目は事もなげに言った。「荷を置けと叫んだら、奴らは道を外れた。塚の裏へ駆け込んだ。馬と荷車は、道に捨てていった」
「荷車は、どこにもなかったが」
「薪にした」と頭目は言った。「馬は二頭、ここに繋いでいる。春まで生かして、谷へ売る。道に捨ててあった荷も、拾った。塩と、割れた箱の中身だ。大したもんじゃなかった。あの連中、足が速すぎた」
「塚の下に、何がある」
「地下牢だ。昔、街道の宿屋が焼けてな。地下の貯蔵室だけが残った。七十年も前の話だ。俺の爺さまがガキだった頃だ」
「そこへ、奴らは逃げ込んだ」
「雪が入口を塞いだ」と頭目は言った。「掘り返すことも、できたはずだ。だが、俺たちは入らない」
「なぜだ」
頭目の右目が、細められた。
「『白いの』がいるからだ」
「雪んこか」
「馬二頭ぶんの白い塊だ」と頭目は言った。「足音がしない。塚の周りを、ぐるぐる回っている。足跡は熊のに似ている。ただし、指が六本ある」
小屋の中が、静かになった。炉の薪が、パチンと弾けた。
「部下の一人が、あいつに見つかってな」と頭目は言った。言葉を切って、杯を呷った。「半里先でな。今では、その靴だけが、雪の上に残っている」
隣のリナが、杖を膝の上で握り直した。指の関節が白い。
「火は、効くのか」とリナが訊いた。声が少し上ずっていた。
「知らん」と頭目は言った。「あいつは、焚き火の輪の外を回るばかりで、中には入ってこなかった。それだけは、この目で見た。確かめに行く度胸は、俺にはない」
「中の人間が、生きている可能性は」とベルントが言った。荷の紐を握ったまま、声だけが前へ出ていた。
「出入りの足跡はなかった」と頭目は言った。「あれが塚に張り付いてからは、な。掘れば、分かる。俺たちは掘らない。お前たちが掘るんだ」
「隊商には、参事会の使いが同乗していたはずだ」とフィンが言った。「徴税役だ。三十がらみの男だ」
「数えたことはない」と頭目は言った。「十二、三人が、口から白い息を吐きながら、穴に落ちてった。それ以上は知らん」
「あいつは、塚で何を待っている」とダリオは訊いた。
「さあな。雪が溶けるまでか、飽きるまでか。俺の知ったことか」
頭目は、杯を干した。
「俺たちはな。通りすがりの荷しか取らない。目に入った分だけだ。それで冬を越す」
『晩秋の北街道の二人は、俺たちの仕事じゃない』
杯が、床に置かれた。
「地下道の入口はどこだ」とダリオは訊いた。
「塚の裏だ。枯れ木の根元。入口は雪に埋まっている。掘るんだな。中は石積みだ。七十年前の石だ。無茶に崩すな」
「『白いの』は、昼はどうしている」
「寝ているはずだ」と頭目は言った。「はず、だ。確かめに行った人間は、まだいない」
「忠告しておく」と頭目は続けた。「あいつは、音で探る。部下の馬が嘶いたとき、あいつの頭が、こちらへ向いた。塚のそばに、馬を繋ぐな。あとは、お前たちの足の問題だ」
「話が済んだなら」と頭目は言って、ダリオの杯に二杯目を注いだ。
断る理由を、ダリオは探した。見つからなかった。
二杯目の松ヤニは、一杯目より素直に喉を落ちていった。慣れというのは、恐ろしい。
*
小屋を出ると、空は吹雪のあとの青白さを取り戻していた。雪面が日差しを跳ね返して、目が痛い。リナが手の甲を翳して、目を細めた。
「行きましょう」とフィンが言った。
一行は、来た道を南へ戻り始めた。轍も足跡も、吹雪が全部飲み込んでいる。頼れるのは、来た方向の記憶と、街道に並ぶ枯木の並びだけだった。
馬とそりは、塚のそばまでは連れて行けない。頭目の忠告どおりだ。そこから先は、足で行くしかない。荷馬が、鼻に白い息を吐いた。ガズが一度だけ振り返って、小屋の炉を見た。日向と炉と、どちらが暖かいのか。蜥蜴人の考えることは、分からない。
日が傾きかけたころ、南の地平に、一里塚の膨らみが見え始めた。塚の裏手に、枯れ木が一本、黒く立っているのが見えた。
(塚の下に、古い穴がある。その中に、まだ息があるかもしれない)




