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第13章 地下道の奥

ダリオは剣を抜いた。音を立てないように、ゆっくりと。


地下の石の部屋、師走十九日の夜も深いころである。松明の火は窪みの中で小さく燃え、廊下の奥は火の届かない黒だ。


「ガズ」と、息だけで呼んだ。「奥の熱は、どうなった」


入口の隙間に座ったガズが、目を閉じた。鱗の顔が、しばらく動かない。


「……動いてる。奥の熱が」ガズは言った。「数は、数え切れん。一つに寄ってる」


人か、それ以外か。それだけが問題だった。


代わりに、奥の暗がりから声がした。掠れて、絞り出すような声だった。


「……誰か、いるのか」


リナが息を呑んだ。ダリオは剣を下ろさず、廊下へ向かって声を絞った。


「グラウヴァルの組合だ。迎えに来た」


長い沈黙があった。


「……嘘だと言え」暗がりの声は言った。「二週間だぞ」


「嘘だと言ってやれないのが、残念だ」とダリオは言った。「朝まで待て。声を出すな。外のやつは、音で探る」


「知ってる」暗がりは言った。それから、咳を一度だけした。「朝まで、待つ」


それきりで、奥は黙った。


ダリオは剣を鞘に戻し、壁に背を預けて座った。天井の通気孔から雪の粉が落ちてくる。途中の石で解けたのが、壁際の窪みに溜まって、ぽつん、と落ちる。しばらく待つと、また、ぽつん。犬の声も風の音も、地下にはない。ダリオはその間隔を数えていた。数えているうちに眠気が来て、数え直した。朝まで、それを二度ほど繰り返した。


*


朝は、入口の掘った穴から来た。


灰青い光が、掘り抜いた雪の斜面を伝って、石の床へ一枚落ちた。六つの鐘の音は地下までは届かない。だが、光が差した。


「行くぞ」とダリオは言った。「松明は三本。歩くのも、着いてからも、音を立てるな」


ベルントが最初に立った。荷の紐を握る指が白かった。


先頭はガズだ。廊下の天井は低く、七十年前の石積みが頭上で塞いでいる。壁の鉄の輪は錆びて黒い。ケスは列の最後ろだった。頭上の通気孔を、何度も見上げている。鴉は、穴という穴を好まない。


廊下を半ばまで進んだところで、ガズが片手を上げた。


「……でかい」唇だけで言った。「熱いのが一つ。熊よりデカい」


ダリオは剣の柄に手をかけた。


「入られたのか」


ガズは首を傾げた。それから、ゆっくり振り返った。


「……六つに、ほぐれた。人だ。くっついて寝てる。遠くからだと、一塊に見える」


リナが杖を握りしめたまま、吐き出すように笑った。


「人が、熊に見えるんですか」


「この目では、な」とガズは言った。「近づけば、別々に見える」


部屋の奥に、毛皮と帆布の山があった。山が、ゆっくり動いた。


火が部屋に届くと、山から手が伸びて、目を遮った。紫色の唇。霜焼けの頬。ひげに霜のついた男たちだ。一番手前の男が、錆びた短剣を支えるように構えた。


「迎えだ」とダリオは言った。「参事会の依頼で来た。剣を下ろせ。手が震えてるぞ」


短剣が下りた。男は毛皮の上に崩れ、それから笑おうとした。笑い声にはならなかった。誰かが毛皮の中で咽んだ。声にはならなかった。


「アルドリックだ」毛皮の山の中央から、男が這い出してきた。三十がらみだった。「お前たち、何日目だ」


「六日目です」フィンが前に出て、灰色の外套の襟を正した。「治安維持隊のフィン。帳簿と税を、預かりに来ました」


アルドリックは毛皮の下から、油布に巻いた束と、鍵のかかった小箱を出した。凍った床に置く。


「帳簿と、集めた分だ。封は切っていない」彼はフィンの外套を見た。「その色は知ってる。持っていけ。年明けの勘定に、間に合わせろ」


フィンが小箱を受け取り、油布の結び目を指でなぞった。凍って固い。


「……確かに、預かります」


「これで、依頼の半分は終わったな」とダリオは言った。「帰りが、残ってる」


「人数は」とダリオは訊いた。


「十一人で帰りについた。夜半、道の西から襲われてな。ばらばらに走った。この石の口へ滑り込めたのが、ここにいる六人だ」アルドリックは天井の通気孔を見上げた。「馬方の五人は、北へ走った。カルトブルンへ着いてりゃいいんだが」


「荷車と馬は」


「野盗へやった。塩と毛織物も、な」アルドリックは肩をすくめた。「まあいい。帳簿だけは、俺が守った」


その話の間、ベルントは一度も振り向かなかった。荷の話をしても、だ。


毛皮の山の端に、一人だけ離れて寝ている男がいた。右足を毛布の下にぴんと伸ばし、動かさない。


ベルントは、いつの間にかその前に立っていた。膝をつき、男の顔を覗き込む。


「ヨースト」


男が目を開けた。霜のかぶったひげの下で、若い顔が歪んだ。


「……親父。なんで、ここに」


「迎えに来たんだ」


「迎えが来るはずだろ。俺はその……」


言いかけて、ヨーストは止まった。目が父親の顔から、後ろの一行へ移り、また戻った。


「……荷なんて、なかったんだな」


「ああ」ベルントは一行に背を向けたまま言った。「毛織物も塩も、俺の手を離れた時点で、もう南にあった。俺が北へ来たのは……馬鹿をしに来たんだ」


部屋の中が静かになった。


フィンが何か言いかけて、やめた。代わりにダリオが言った。


「捜索の追加の銀貨十枚、忘れるなよ」


リナが横で小さく「十枚」と呟いた。ダリオは聞かなかったことにした。


ベルントが振り返った。目が赤かった。


「……払う。金貨二十枚も、約束通りに」


「足は」とダリオはヨーストに訊いた。


「石の段を、踏み外した」ヨーストは毛布の下の足を見もせずに言った。「二週間、動かしてない。立つかどうか」


「立たなくていい」とダリオは言った。「担ぐ。馬は南の枯木の並びにいる。歩いて半里もない」


「それより」とアルドリックが言った。「外のやつは、夜ごと塚を回る。雪を押し分ける音が、壁を伝って来るんだ。だが昨夜は、二度しか回らなかった。いつもより、近い気がした」


「今日は、まだ回っていない」とガズが言った。


*


支度は早かった。干し肉を薄く削って、弱っている者から順に配った。毛布を綱で縒って担ぎ具を作り、ヨーストをその上に載せる支度をした。ヨーストは水を飲んだだけで、言葉が少なかった。


そのあいだ、ガズは入口の光の中に立っていた。石のように動かない。


ふいに、ガズの尻尾が止まった。


「来た」


全員が凍った。松明の火が、誰かの手の中で揺れた。


「熱いのが、こっちへ来てる」ガズの声が、いつもより低かった。「入口まで、あと少し。……デカい。馬二頭ぶん、ある」


外から音がした。雪を、ゆっくり押し分ける音。それから、長く、湿った息。入口の掘った穴の向こうで、灰青い光が遮られた。


アルドリックが毛皮の中で囁いた。


「昨夜から、回らなくなってた。……そういうことか」


ガズは動かない。朝の光が、鱗の頬に薄く当たっている。


「居座った」と、ガズは唇だけで言った。「熱い塊が、入口に座り込んだ」


誰も動かなかった。地下の奥で、水滴が、ぽつんと落ちた。


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