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第71話 影の訪問者

 応接室の扉が閉じられた瞬間、外の空気が変わったことを肌で感じた。

何かが近づいている。

それは、風の流れでも、騎士の足音でもない。

もっと静かで、もっと重い“気配”だった。


 騎士団長が扉の前で立ち止まり、耳を澄ませるようにして言った。


「……外が騒がしい。何か来た。」


 その言葉に、公爵が眉をひそめる。


「黒衣の一団か。」


「可能性が高い。」


 応接室の空気が一気に張り詰めた。

カイルは椅子に座ったまま、わずかに視線を上げる。

その瞳は、騒ぎの方向を正確に捉えているようだった。


「来ましたね。」


 その静かな声が、逆に緊張を煽った。


 私は胸の奥がざわつくのを抑えられなかった。

黒衣の一団、昨日、王都の通りで見たあの不気味な影。

魔法灯が消えた区画の近くで目撃され、民を不安にさせた存在。


 その彼らが、今、公爵邸の前に現れた。


「リリア殿、あなたはここで待機をしていてくれ。」


 騎士団長が私の前に立ち、扉を守るように腕を広げた。


「私は外の状況を確認してくる。」


「危険では……?」


「危険だからこそ、私が行く。」


 騎士団長は短く言い、扉を開けて廊下へ出ていった。

公爵も続く。

応接室には、私とカイル、そして数名の騎士だけが残された。


 扉が閉まると、部屋の静けさが一層深くなる。

外のざわめきは聞こえない。

けれど、空気が重い。

まるで、部屋の外に“影”が立っているような圧迫感があった。


 私はカイルへ向き直った。


「黒衣の一団……本当に来たのですね。」


「ええ。」


 カイルは落ち着いた声で答えた。


「彼らは、あなたがここにいると確信したのでしょう。」


「どうして……そんなことが分かるのですか。」


「彼らの動きは分かりやすい。目的がある時だけ、姿を見せる。」


 カイルは椅子から立ち上がり、窓の方へ歩いた。

騎士が警戒して剣に手をかけるが、カイルはゆっくりと手を上げて示した。


「窓から外は見えません。安心してください。」


 その言葉に騎士は少しだけ力を抜いたが、警戒は解かない。


 カイルは窓の前で立ち止まり、外の気配を感じ取るように目を閉じた。


「……数は多くない。五人ほど。」


「五人……?」


「ええ。彼らは大人数で動かない。必要な時だけ、必要な人数で動く。」


 私は息を呑んだ。


「では……今の彼らの目的は?」


「あなたの確認です。」


 カイルは迷いなく言った。


「あなたが公爵邸にいるかどうか。それを確かめに来た。」


 胸の奥が冷たくなる。

私がここにいるだけで、黒衣の一団が動く。

その事実が、昨日までの私には想像できなかった重さだった。


「どうして……私を探すのですか。」


「理由はひとつではありません。」


 カイルはゆっくりと振り返り、私を見た。


「あなたの力は、彼らにとって“鍵”になる。」


 その言葉は、昨日公爵が言ったものと同じだった。

けれど、カイルの声はもっと具体的で、もっと現実的だった。


「鍵……?」


「ええ。あなたの力があれば、彼らは王都の魔法体系を揺らせる。」


 私は息を吸うことさえ忘れそうになった。


「でも……私は魔法を使えないのですよ。」


「だからこそ、あなたが必要なのです。」


 カイルは静かに続けた。


「魔法を使えない者が、魔法を消せる。これは、彼らにとって“計画の中心”になり得る。」


 騎士の一人が低く言った。


「計画……?」


「詳しくは言えません。」


 カイルは首を振った。


「ただ、あなたが彼らに捕まれば、王都は混乱に飲まれます。」


 私は胸の奥が痛むのを感じた。

民の前で魔法を消したあの日。

あの瞬間から、私の力は誰かにとって“希望”であり、誰かにとって“危険”になった。


 その時、廊下の奥から騎士の声が響いた。


「リリア様!黒衣の一団が……公爵邸の前で動きません!」


 扉が開き、騎士団長が戻ってきた。

その表情は、いつも以上に険しかった。


「リリア殿。奴らは邸の前に立ったまま、動かない。」


「動かない……?」


「ああ。攻撃する様子もない。ただ……こちらを見ている。」


 騎士団長は息を整え、続けた。


「まるで、あなたが出てくるのを待っているようだ。」


 胸の奥が強く脈打つ。


「どうして……そんなことを。」


「理由は分からない。しかし、奴らの視線は公爵邸の玄関に向けられている。」


 カイルが静かに言った。


「あなたを確認したいのでしょう。」


 騎士団長はカイルを鋭く睨んだ。


「なぜそんなことが分かる。」


「彼らの行動は、私には読めます。」


 カイルは落ち着いた声で続けた。


「黒衣の一団は、目的がある時だけ動く。今の彼らの目的は……あなたの所在確認です。」


 私は息を整えようとしたが、胸の奥のざわつきが強くなっていく。


「私が……ここにいると分かったら、どうなるのですか。」


「それは……まだ分かりません。」


 カイルは静かに言った。


「ただ、彼らはあなたを“敵”とは見ていません。」


「敵では……ない?」


「ええ。あなたは彼らにとって“必要な存在”です。」


 その言葉は、昨日までのどんな不安よりも重かった。


 騎士団長が私の前に立ち、低い声で言った。


「リリア殿。外へ出ることは絶対に避けたほうがいい。」


「……はい。」


「彼らが何を考えているか分からない以上、邸内での警戒を強めます。」


 公爵が静かに言った。


「リリア殿。あなたがここにいるだけで、王都の空気が変わる。」


 私は胸の奥に広がる重さを抱えながら、ゆっくりと頷いた。


 黒衣の一団は、まだ公爵邸の前にいる。

攻撃するでもなく、声を発するでもなく、ただ“見ている”。


 その沈黙が、何よりも恐ろしかった。


 黒衣の一団は、ただ公爵邸の前に立ち続けていた。

その沈黙は、剣を抜くよりも恐ろしく、胸の奥をじわじわと締め付けてくる。


 騎士団長が戻ってきたとき、その表情はいつも以上に険しかった。


「リリア。奴ら……動かない。」


「……ずっと?」


「ああ。まるで、あなたが出てくるのを待ってるみたいだ。」


 胸の奥が強く脈打つ。

その言葉は、昨日までのどんな不安よりも重かった。


 公爵がゆっくりと歩き、私の前に立った。


「リリア殿。彼ら、あなたを探してるぞ。」


「……私を?」


「そうだ。ここにいるって確信してる。」


 公爵の声は落ち着いていたが、その落ち着きが逆に緊張を煽った。


 カイルが静かに言った。


「彼らは、あなたと接触したいのです。」


「接触……?」


「ええ。捕らえるつもりはない。少なくとも、今は。」


 騎士団長が鋭く言った。


「接触して何をする気だ。」


「それは……私にも分からない。」


 カイルは首を振った。


「ただ、あなたが外へ出れば、彼らは必ず動きます。」


 私は息を整えようとしたが、胸の奥のざわつきは強くなるばかりだった。


「どうして……そんなことを。」


「あなたの力が必要だからです。」


 カイルの声は静かだったが、その静けさが逆に重かった。


「あなたの力は、彼らにとって“鍵”になる。」


 公爵が低く言った。


「鍵ね……昨日も聞いたな。」


「ええ。しかし、昨日より状況は進んでいます。」


 カイルはゆっくりと私を見た。


「黒衣の一団は、あなたが公爵邸にいると確信した。だから、次の段階に移ろうとしている。」


「次の段階……?」


「あなたを“動かす”段階です。」


 胸が強く脈打った。


「私を……動かす?」


「ええ。あなたが外へ出るように仕向ける。あるいは、外へ出ざるを得ない状況を作る。」


 騎士団長が眉をひそめた。


「どういう意味だ、カイル殿。」


「彼らは、直接あなたを呼ぶことはしません。声を上げることもない。代わりに……周囲を揺らします。」


「周囲……?」


「ええ。公爵邸の周囲で何かを起こし、あなたが外へ出ざるを得ない状況を作る。」


 私は息を呑んだ。


「そんなこと……できるのですか。」


「できます。」


 カイルは迷いなく言った。


「黒衣の一団は、魔法を使わずに状況を動かすことができる。民の動き、騎士の動き、街の空気……それらを利用して。」


 公爵が低く言った。


「つまり……王都の空気を揺らせるってことか。」


「ええ。揺らすのです。」


 カイルは静かに続けた。


「あなたが外へ出れば、彼らはあなたと接触できる。だから、あなたが外へ出る理由を作ろうとする。」


 胸の奥が冷たくなる。


「私が……外へ出る理由……。」


「ええ。あなたが民の声を聞きたいと思うかもしれない。騎士が助けを求めるかもしれない。公爵邸の周囲で何かが起きるかもしれない。」


 騎士団長が鋭く言った。


「それを防ぐために、邸内の警戒を強める。」


「それが正しい判断です。」


 カイルは頷いた。


「しかし……彼らは必ず別の手を使います。」


「別の手……?」


「ええ。あなたが外へ出る理由は、ひとつではありません。」


 私は胸の奥がざわつくのを抑えられなかった。


「カイルさん……黒衣の一団は、私に何を求めているの。」


「それは……まだ言えません。」


 カイルは静かに言った。


「ただ、あなたが外へ出れば、彼らは必ず現れます。」


 その言葉は、応接室の空気をさらに重くした。


 その時、扉の向こうで騎士の声が響いた。


「公爵!黒衣の一団が散開しました!」


 公爵が短く息を吐く。


「動いたか……。」


 騎士団長が扉を開け、廊下へ出た。

公爵も続く。

私は応接室の中で立ち尽くした。


 黒衣の一団が散開したということは、彼らは“次の行動”に移ったということだ。


 カイルが静かに言った。


「……探している。」


「探す……?」


「ええ。あなたが外へ出る可能性のある場所を。」


 胸が強く脈打った。


「どうして……そんなことを。」


「あなたを見つけるためです。」


 カイルは静かに続けた。


「黒衣の一団は、あなたを捕まえるつもりはありません。少なくとも、今は。」


「では……何を。」


「あなたと“接触”したいのです。」


 接触、その言葉は、どんな脅しよりも重かった。


 騎士団長が戻ってきた。

その表情は、これまでで一番険しかった。


「リリア。」


「……はい。」


「黒衣の一団は、公爵邸の周囲を歩いてる。出入り口を一つずつ見て回ってる。」


 胸の奥が強く脈打つ。


「どうして……そんなことを。」


「あなたが外へ出る可能性を探ってるんだろう。」


 公爵が静かに言った。


「リリア殿。外は危険だ。ここにいてくれ。」


 私は頷いた。

けれど、胸の奥のざわつきは消えなかった。


 黒衣の一団は、私を探している。

私が外へ出る可能性を探っている。

そして、私と“接触”しようとしている。


 その事実が、昨日までのどんな不安よりも重かった。

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