第67話 魔導士団長の調査
公爵邸の一室に案内された時、私は思わず足を止めた。
そこは普段使われていない部屋らしく、家具は最小限で、広い空間がぽっかりと空いていた。
窓から差し込む光が床に長い影を落とし、静けさが満ちている。
その中央に、魔導士団長が立っていた。
机には複数の魔法具が並べられ、魔法式の紋様が刻まれた紙が何枚も広げられている。
まるで研究室のような雰囲気だった。
魔導士団長は私を見ると、丁寧に頭を下げた。
「リリア殿。本日は、あなたの力の特性を調査させていただきます。」
騎士団長が横に立ち、落ち着いた声で言った。
「危険はない。魔導士団長が細心の注意を払って進める。」
公爵は部屋の隅に立ち、静かに言った。
「リリア殿。あなたの力は、王都の未来に関わる。慎重に進めよう。」
私は深く息を吸い、頷いた。
昨日、民の前で魔法を無効化した時の感覚がまだ胸に残っている。
あれは偶然ではない。
自分の力が、王都の混乱を止めるために必要とされているのだ。
魔導士団長は机の上の魔法具を一つ手に取った。
青い光を帯びた小さな球体、魔法灯の簡易版だ。
「まずは、距離による反応を確認いたします。」
魔導士団長は魔法灯を起動させた。
淡い光が部屋に広がり、魔法式の紋様がゆっくりと回転する。
「リリア殿。このまま、ゆっくりと近づいてみてください。」
私は魔法灯へ向かって歩いた。
数歩進むと、魔法灯の光がわずかに揺れた。
魔導士団長が目を見開いた。
「……反応しました。まだ触れていないのに。」
騎士団長が静かに言った。
「距離で魔法が乱れるのか。」
公爵は腕を組み、低く言った。
「興味深い。」
私はさらに近づいた。
魔法灯の光が弱まり、紋様の回転が遅くなる。
魔導士団長は興奮を抑えた声で言った。
「魔法が……消えようとしています。」
最後の一歩を踏み出すと、魔法灯はふっと光を失った。
紋様が完全に沈黙し、ただの球体になった。
「……消えました。」
魔導士団長は球体を手に取り、驚きと感嘆が混ざった声で言った。
「触れていないのに、魔法が消える……。これは、魔法体系の根本を揺るがす現象です。」
騎士団長は私を見て言った。
「リリア殿。あなたの力は、距離でも魔法に影響するらしい。」
公爵は静かに頷いた。
「魔法の弱まりとは別の力だ。」
私は胸の奥がざわつくのを感じた。
自分の力が、ただの特異体質ではない。
魔法そのものに干渉する力なのだ。
魔導士団長は次の魔法具を手に取った。
赤い光を帯びた小さな石、火属性の魔法石だ。
「次は、魔法の種類による反応を確認いたします。」
魔法石が起動すると、赤い光が部屋に広がった。
熱を帯びた空気がわずかに揺れる。
「リリア殿。ゆっくりと手を伸ばしてみてください。」
私は魔法石へ手を伸ばした。
指先が近づくにつれ、赤い光が弱まり、熱が消えていく。
魔導士団長は驚きの声を漏らした。
「火属性の魔法も……消えるのですね。」
騎士団長が静かに言った。
「属性に関係なく無効化できるのか。」
公爵は低い声で言った。
「万能性がある。」
私は魔法石に触れた。
赤い光が完全に消え、石はただの冷たい鉱石になった。
魔導士団長は石を手に取り、真剣な表情で言った。
「魔法の種類によって消え方が違います。火属性は熱が消えてから光が消える……興味深い。」
魔導士団長は次々と魔法具を試した。
風属性、水属性、光属性、補助魔法、簡易防御魔法、どれも、私が近づくと反応し、触れると消えた。
魔導士団長は机に手を置き、深く息を吐いた。
「リリア殿。あなたの力は、魔法体系そのものを揺るがす力です。」
騎士団長は落ち着いた声で言った。
「民の前で魔法を消した時もそうだったが……これは想像以上だ。」
公爵は静かに言った。
「リリア殿。あなたの力は、王都の未来に関わる。」
その言葉は、胸の奥に深く響いた。
自分の力が、ただの特異体質ではない。
王都の混乱を止めるために必要な力なのだ。
魔導士団長は書簡をまとめながら言った。
「今後も調査を続けます。魔法の弱まりとリリア殿の力の関係性も、解明しなければなりません。」
騎士団長は私へ向き直り、静かに言った。
「リリア殿の護衛を増員する。公爵邸の警備も強化した。」
公爵は短く頷いた。
「あなたの力は、民の希望だ。」
私は胸の奥に静かな熱が広がるのを感じた。
昨日、民の前で魔法を消した時の感覚が蘇る。
あれは偶然ではない。
自分の力が、王都の未来に関わっているのだ。
部屋の窓から差し込む光が、机の上の魔法具を照らしていた。
その光は、魔法を失った魔法具を静かに包み込んでいる。
私はその光を見つめながら、静かに息を吸った。
自分の力が何なのか、その答えに、少しだけ近づいた気がした。
魔導士団長の調査が終わり、部屋を出た瞬間、廊下の空気がいつもより張り詰めているのを感じた。
騎士たちの足音が増え、声を潜めて指示を交わしている。
公爵邸の警備が強化されているのが、音だけで分かるほどだった。
騎士団長が私の横に立ち、落ち着いた声で言った。
「リリア殿。公爵邸の周囲に警備を追加した。民の間で噂が広がっている。」
「噂……ですか。」
「あなたが魔法を消したことが、王都中に伝わっている。」
胸の奥が静かに熱くなる。
王都の民は私を知っている。
公爵邸の令嬢として、街を歩けば挨拶を交わす程度には顔が知られている。
けれど、魔法を消す力を持つリリアとして見られたことは、一度もなかった。
騎士団長は続けた。
「民はあなたを希望として語り始めている。魔導士団より頼りになる、と。」
その言葉は、重く、そしてどこか痛かった。
魔導士団は必死に対応している。
魔法が使えないのは彼らの責任ではない。
それでも民は、魔法を使えない魔導士団より、魔法を消せる私を選び始めている。
公爵が廊下の奥から歩いてきた。
その足取りは静かだが、威厳がある。
「リリア殿。」
「はい。」
「民の声が大きくなっている。『魔法を消した令嬢がいる』という話が、再び王都の各区画で広がっている。」
私は息を呑んだ。
昨日の出来事が、もう王都全体に伝わっているのだ。
公爵は続けた。
「『魔法の時代は終わるのかもしれない』という声まである。」
その言葉は、胸の奥に深く沈んだ。
魔法の時代が終わる。
それは、王都の価値観が根本から変わることを意味する。
魔導士団長が書簡を抱えたまま近づき、丁寧な口調で言った。
「リリア殿の力だけが安定しているという事実は、民の考え方を変えます。魔法が弱まり続ける中で、あなたの力は特別です。」
騎士団長も頷いた。
「民の間では、あなたの名が広がっている。『魔法を消した令嬢』として。」
私は胸の奥に手を当てた。
自分の力が、ただの特異体質ではない。
王都の未来に関わる力なのだ。
廊下の窓から外を見ると、王都の空が薄く霞んでいた。
魔法灯が消えた区画は暗く、民が不安そうに歩いているのが見える。
その中で、騎士が民を誘導している姿もあった。
公爵が静かに言った。
「リリア殿。民はあなたを希望として語り始めている。」
「……希望、ですか。」
「そうだ。魔法が使えない時代に現れた、新しい力として。」
その言葉は、胸の奥に深く沈んだ。
私は魔法が使えないことで、ずっと劣等感を抱えていた。
アレクシスに捨てられた理由も、それだった。
けれど今、魔法が使えないことが、民や世界をも救う力になっている。
騎士団長が静かに言った。
「民の声は日に日に大きくなっている。あなたの力が、王都の状況を変えている。」
魔導士団長も続けた。
「魔法の弱まりが進む中で、リリア殿の力だけが安定しているという事実は、民の価値観を変えます。」
私は窓の外を見つめた。
民が不安そうに歩き、騎士が誘導し、魔法灯が沈黙している。
その光景は、昨日までの王都とはまるで違う。
魔法の時代が終わりつつある。
その予感が、胸の奥に静かに広がった。
公爵は私へ向き直り、静かに言った。
「リリア殿。あなたの力は、王都の未来を形作る。」
その言葉は、重く、そして確かだった。
自分の力が、王都の状況を変えている。
その重さが胸にのしかかる。
けれど、逃げたいとは思わなかった。
民の不安を和らげる力があるなら。それを使うべきだ。
私は静かに息を吸い、頷いた。
「……民のために、できることをします。」
公爵はわずかに表情を緩めた。
「その覚悟があれば十分だ。」
廊下のざわめきが、少しだけ柔らかく聞こえた。
民の声が広がり、騎士たちが動き、魔導士団が調査を続ける。
その中心に、自分の力がある。
私はその事実を静かに受け止めた。
魔法の時代が終わりつつある。
その変化の中心に、自分がいる。
その重さを抱えながら、私は歩き出した。
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