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第59話 王宮前、緊張の頂点

 公爵邸の門前が騒がしくなったのは、昼前だった。

騎士団員が数名、駆け足で戻ってきている。

その足取りは、ただの巡回帰りとは違う。

何かを急いで伝えようとしているように見えた。


 私は廊下を歩き、玄関へ向かった。

そこには騎士団長が立っていた。

いつも飄々としている彼が、今日は表情を引き締めている。


「団長。何かあったんですか。」


 騎士団長は私へ向き直り、短く息を吐いた。


「リリア殿。王宮前がとんでもないことになってる。」


「……どんな状況なんですか。」


「あそこに集まってる民の数、見たことないぞ。広場が埋まってる。」


 胸の奥がざわついた。

昨日までの民の集まりとは、明らかに違う規模なのだろう。


 公爵が玄関へ姿を見せた。

騎士団長の報告を聞いていたらしい。


「騎士団長。民の様子はどうだ。」


「怒鳴り声は少ないです。ただ……押し殺した不安が渦巻いています。あれは危険な空気です。」


 公爵は短く息を吐いた。


「沈黙を続ければ、民は不安を溜め込む。王宮はそれを理解していない。」


 私は騎士団長へ向き直った。


「民は、何を求めているのですか。」


「答えだ。レグナートの嘘が広まって、王宮が黙ったままだからな。『本当のことを言え』って空気になってる。」


 公爵は静かに言った。


「王宮前の緊張は、もう限界に近い。」


 その言葉に胸が締め付けられた。

王都の空気が、何かを待っているように張り詰めている。


 そこへ、魔導士団長が姿を現した。

昨日よりも疲れた顔をしているが、その目には迷いがなかった。


「公爵様。リリア殿。」


 公爵は魔導士団長を執務室へ案内した。

騎士団長も護衛として同席する。


 魔導士団長は机の上へ数枚の書類を置いた。

その紙には、王宮前の状況が細かく記されていた。


「王宮前の民の数は、今朝の時点で過去最大です。」


 公爵は眉をひそめた。


「魔導士団はどう動いている。」


「民の安全を守るため、団員を王宮前へ配置しました。暴走を防ぐために周囲の警戒を強化しています。」


 騎士団長が腕を組み、低く言った。


「魔導士団長。民の空気はどうだ。」


 魔導士団長は静かに答えた。


「怒号は少ないのですが……不安と焦りが混じった声が多いです。沈黙が続くほど、民の緊張は高まります。」


 私は机の上の書類を見つめた。

王宮前の様子が細かく記されている。

その文字から、空気の重さが伝わってくるようだった。


 公爵は深く息を吐いた。


「王宮はまだ沈黙を続けているのか。」


「はい。門は固く閉ざされたままです。」


 騎士団長が窓の外を見ながら言った。


「王宮が何も言わないから、民は余計に不安になるんだ。あれじゃ、火種を放置してるようなもんだぞ。」


 魔導士団長は頷いた。


「民は『何か隠しているのでは』と考え始めています。」


 私は胸の奥が締め付けられた。

王宮の沈黙が、民の不信を増幅させている。


 公爵は机の上の地図を指で叩いた。


「王宮前の緊張は、もう誰にも止められん。」


 騎士団長が低く言った。


「リリア殿。王都の空気、感じてるだろ。」


「……はい。何かが起こる直前のような、張り詰めた感じがします。」


「そうだ。あれは危険な空気だ。」


 魔導士団長が書類を広げながら言った。


「民の中には、王宮の沈黙を『逃げている』と捉える者もいます。」


 公爵は静かに言った。


「沈黙は、時に言葉よりも民を傷つける。」


 私はその言葉に胸が痛んだ。

王宮の沈黙が続くほど、民の不安は増える。

その不安は、やがて怒りへ変わる。


 騎士団長が机の端に寄りかかり、私へ視線を向けた。


「リリア殿、顔が少し強張ってるぞ。」


「……そんなにですか。」


「ああ。王都の空気がここまで変われば、そりゃ気持ちも揺れるだろ。」


 魔導士団長が静かに言った。


「公爵様。王宮前の状況は、今後さらに緊張が高まる可能性があります。」


 公爵は頷いた。


「魔導士団は民の安全を最優先に動け。王宮が沈黙を続ける限り、民の不安は増す。」


 魔導士団長は深く頭を下げた。


「承知しました。」


 魔導士団長が執務室を出ていくと、部屋の空気が少しだけ軽くなった。

だが、その軽さは安心ではなく、次の緊張の前触れのように感じられた。


 騎士団長が窓の外を見ながら言った。


「リリア殿。今日の王都は、昨日とは別物だぞ。」


 私は静かに頷いた。

胸の奥のざわめきは、ただの不安ではない。

何かが近づいている予感だった。


 王宮前の民の数は過去最大。

王宮は沈黙を続け、門は固く閉ざされたまま。

魔導士団は民の安全を守るために出動し、王都の空気は限界まで張り詰めている。


 私は深く息を吸った。


「……王都が変わっていくのが分かります。」


 騎士団長は短く頷いた。


「昨日までの王都とはまったく違う。空気が変わってしまった。」


 公爵は静かに言った。


「リリア殿。王都の空気を感じ取れるのは、あなたの強みだ。」


 私はその言葉を胸に刻んだ。


 執務室の扉が勢いよく開いた。

魔導士団長が戻ってきたのだ。

その顔には、先ほどよりも深い疲労が刻まれていた。


「公爵様……王宮内部の状況を、お伝えしに参りました。」


 公爵はすぐに立ち上がり、団長を迎えた。

騎士団長も姿勢を正す。


「団長。何が起きている。」


 魔導士団長は一度息を整え、静かに言った。


「王宮の中は……もう統制が取れていません。」


 その言葉は、部屋の空気を一瞬で重くした。


 騎士団長が眉をひそめる。


「どういうことだ。王宮の連中は何をしてる。」


「レグナート殿の処遇を巡って、重臣たちが激しく対立しています。」


「責任を問うべきだという派閥と、今は混乱を避けるべきだという派閥が衝突し、会議が成立しません。」


 公爵は深く息を吐いた。


「指示系統はどうなっている。」


「誰が何を決めるのか分からない状態です。命令が出ても、別の重臣がそれを覆す。団員たちも、どの指示に従えばいいのか判断できない状況です。」


 騎士団長が机を軽く叩いた。


「そんな状態で王宮前の民を放置してるのか。あいつら、本当に何を考えてるんだ。」


 魔導士団長は静かに首を振った。


「考えている余裕がないのです。王宮内部は、レグナート殿の嘘が露呈したことで混乱しています。」


 私は胸の奥が締め付けられた。

王宮内部が崩れ始めている。

その事実は、王都全体の不安をさらに増幅させる。


 公爵は机の上の地図を見つめながら言った。


「王宮が崩れる前に、民を守る体制を整えるぞ。」


 騎士団長が頷いた。


「分かった。騎士団を動かす。魔導士団と連携する。」


 魔導士団長も深く頭を下げた。


「我々も民の安全を最優先に動きます。王宮前の警戒を強化し、民が危険に晒されないようにします。」


 公爵は二人へ向けて言った。


「王宮内部が混乱している今、民を守れるのはお前たちだけだ。」


 騎士団長は短く息を吐き、私へ視線を向けた。


「リリア殿。あなたも状況を把握しておいてくれ。王都の空気は限界まで張り詰めてる。」


「……はい。」


 魔導士団長が続けた。


「王宮前の民は、今にも何かを求めて動き出しそうです。怒りではなく……不安が頂点に達している状態です。」


 私はその言葉に胸が震えた。

王都の空気が、限界まで張り詰めているのが分かる。

何かが起こる直前のような、静かな圧力が街全体を覆っている。


 公爵は窓の外を見ながら言った。


「王宮前の緊張は、もはや誰にも止められん。」


 騎士団長が低く言った。


「リリア殿。王都の民は、王宮の沈黙に耐えられなくなってる。」


「……民は、どうするのでしょう。」


「答えを求めるだろうな。誰かが何かを言うまで、あそこから動かない。」


 魔導士団長が静かに言った。


「公爵様。王宮内部の混乱は、今後さらに悪化する可能性があります。」


 公爵は頷いた。


「分かった。騎士団長、魔導士団長。民の安全を守るための体制をすぐに整えろ。」


 騎士団長は力強く頷いた。


「お任せください。民を危険に晒すわけにはいきませんので。」


 魔導士団長も深く頭を下げた。


「団員にも徹底させます。」


 二人が執務室を出ていくと、部屋の空気が少しだけ静かになった。

だが、その静けさは安心ではなく、次の緊張の前触れのように感じられた。


 私は窓の外を見た。

王宮は遠くて見えないが、その前に集まる民の気配が、風に乗って届くような気がした。


 胸の奥に、小さな震えが走った。

それは恐怖ではなく、何かが迫っている予感だった。


 公爵が静かに言った。


「リリア殿。王都は今、限界の縁に立っている。」


 私は深く息を吸った。


「……分かります。街全体が、息を潜めているような感じがします。」


 公爵は頷いた。


「この緊張は、もはや誰にも止めらない。」


 私はその言葉を胸に刻んだ。

王宮前の緊張は頂点に達しつつある。

そして、その緊張は、まだ終わりを見せていなかった。

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