↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
57/77

第56話 王宮の沈黙が崩れた日

 王宮前の広場は、朝から人で埋め尽くされていた。

怒号ではない。

しかし、静かな圧力が空気を押し潰している。


「王宮は何をしている」


「説明を聞かせてほしい」


「魔法の弱まりについて、何か言ってくれ」


 声は次々と重なり、波のように門へ押し寄せる。

王宮の警備隊は列を作り、民を押し返すでもなく、ただ状況を見守っていた。

彼らもまた、王宮の沈黙に戸惑っているのが分かる。


 門の上に立つ警備隊長が、民へ向けて声を張った。


「押さないでください!王宮は状況を確認中です!」


 しかし、その言葉は民の不安を和らげるには弱すぎた。


「確認中って、いつまでだ」


「何も言わないのはおかしいだろう」


「魔法が弱まってるんだぞ!」


 民の声は、怒りではなく“焦り”に近い。

生活が揺らぎ始めているのだ。

魔法が弱まれば、仕事も家事も、日常の多くが不安定になる。


 王宮の沈黙は、民の生活そのものを揺らしていた。


 その頃、王宮内部では、別の緊張が走っていた。


 重臣会議室の扉が閉じられ、中では重臣たちが互いに視線を交わしていた。


「……このまま沈黙を続けるのは危険です」


「民の集まりは昨日より増えている。王宮が背を向けているように見える」


「王太子殿下は、まだお姿を見せられないのですか」


 誰も答えない。

沈黙が、部屋の空気をさらに重くする。


 その沈黙を破ったのは、年配の重臣だった。


「王宮が何も言わないのは、民にとって“拒絶”と同じだ。このままでは、王宮そのものが疑われる」


 その言葉に、別の重臣が反論した。


「しかし、魔法の弱まりの原因が分からない以上、軽率な発表はできません。誤った情報を出せば、さらに混乱を招く」


「だからといって、沈黙を続けるのは最悪だ。民は説明を求めている。何かしら言わねばならん」


 議論は平行線のまま続いた。


 王宮の沈黙は、民だけでなく重臣たち自身を追い詰めていた。


 そのとき、扉がノックされ、警備隊長が入室した。


「失礼します。王宮前の民の数が増えています。警備隊だけでは対応が難しくなってきました」


 重臣たちは顔を見合わせた。


「……限界か」


「ええ。王宮が何かしら発表しなければ、民は引きません」


 重臣の一人が深く息を吐いた。


「王宮は沈黙を破るべきだ。このままでは、王宮が民に背を向けた形になる」


 その言葉に、部屋の空気がわずかに動いた。


「では……発表を行うか」


「王太子殿下は?」


「まだお姿を見せられない。国王陛下も体調が優れぬ。発表は我々が行うしかない」


 重臣たちは静かに頷いた。


 王宮はついに“沈黙を破る”ことを決めた。


 しかし、その決断は、王宮内部の不安を完全に消すものではなかった。


「何を言うつもりだ」


「魔法の弱まりの原因は分かっていない」


「曖昧な発表は、民の不安を増すだけだぞ」


「だが、何も言わないよりはましだ」


 重臣たちは、互いに視線を交わしながら、発表内容を急ぎまとめ始めた。


 その内容は、「魔法の弱まりは予想外の事態であり、調査中である」という、極めて曖昧なものだった。


 王宮の門前では、民がざわめき始めていた。


「誰か出てきたぞ!」


「重臣か?」


「王太子じゃないのか?」


 門がゆっくりと開き、重臣の一人が姿を見せた。


 民の視線が一斉に彼へ向けられる。


重臣は深く息を吸い、声を張った。


「魔法の弱まりは、王宮にとっても予想外の事態である。現在、原因を調査している。民の皆さまには、落ち着いて行動していただきたい」


 その言葉は、民の不安を和らげるどころか、「何も言っていないのと同じだ」という空気を生んだ。


「予想外って、それだけか?」


「調査中って、いつまでだ」


「隠してるんじゃないのか?」


 民の声は、重臣の言葉を飲み込むように広がっていく。


 重臣は続けようとしたが、民のざわめきがそれを遮った。


「王太子はどこだ!」


「国王は何をしている!」


「宰相レグナートはどうした!」


 重臣の顔が強張る。


 王宮の沈黙は崩れた。

しかし、崩れたことで露わになったのは、王宮が抱える“本当に言えない何か”だった。


 重臣は民の視線に耐えきれず、門の奥へと引き返した。


 王宮前の空気は、沈黙よりも重い不信で満ちていた。


 その日の午後、王都の空気は一気にざわつき始めた。


 市場では、野菜を並べる手を止めた商人が隣の店主に声をかける。


「聞いたか?王宮の発表」


「聞いたよ。あれじゃ何も分からないだろう」


「予想外って……そんな言葉で済む話じゃないぞ」


 通りを歩く人々も、足を止めて同じ話題を口にする。


「原因を隠してるんじゃないのか」


「王宮の中で何が起きてるんだ」


「責任者は誰なんだ、姿を見せてくれ」


 王宮の沈黙は崩れた。

しかし、崩れたことで露わになったのは、王宮が抱える“本当に言えない何か”だった。


 その空気は、王都全体を薄く覆い始めていた。


 公爵邸にも、王宮の発表内容がすぐに届いた。

書簡を受け取った公爵は、封を切るなり短く息を吐いた。


「……これは火に油だな」


 公爵は書簡を机に置き、額に手を当てた。


「沈黙より悪い。何も言わない方がまだましだったぞ、これは」


 私は公爵の言葉に目を瞬いた。


「そんなに……悪い発表だったのですか?」


「悪いどころじゃない。“何も知らない”って言ってるようなもんだ。民はそれを隠蔽だと受け取る」


 公爵は椅子に深く腰を下ろし、書簡を指で叩いた。


「王宮は状況を理解していない。魔法が弱まってるのに、あんな曖昧な言葉で民が納得するわけないだろ」


 そのとき、廊下の奥から足音が聞こえた。

規則正しく、迷いのない足取り。

団長だった。


「公爵。リリア殿」


 団長は公爵の前に立つと、書簡を見てすぐに状況を察したようだった。


「王宮の発表、聞きました」


「どう思う?」


 公爵の問いに、団長は少しだけ眉を寄せた。


「……状況を理解していない証拠です。魔法の弱まりは“予想外”で済む話ではありません。民の生活が揺らいでいるのに、あれでは不安を増すだけです」


 団長は静かに続けた。


「団にも情報が届きましたが、団員たちの反応は厳しいものです。“王宮は何も把握していないのではないか”という声が出ています」


 公爵は短く舌打ちした。


「王宮が黙ってる間に、民は自分で考え始めた。その結果、誰が何を言ったかが全部見えてるんだよ」


 団長は頷いた。


「王宮の沈黙が崩れたことで、逆に“言えない何かがある”という疑念が強まっています。民は、王宮が何かを隠していると感じ始めています」


 私はその言葉に胸がざわついた。


「……王宮は、本当に何か隠しているのでしょうか」


 団長は私の方へ視線を向け、静かに言った。


「リリア殿。団の中には“王宮は言えないのではない。言うと不都合があるから黙っていた”と考える者がいる」


 公爵は腕を組み、深く息を吐いた。


「王宮が沈黙していた理由が、ただの怠慢ならまだいい。だが、そうじゃない可能性が出てきた」


 団長は続けた。


「民の集まりは、今日の発表でさらに増えるでしょう。“王宮は何も知らない”という印象が広がっています」


 公爵は窓の外を見ながら言った。


「リリア殿。王宮の沈黙は崩れたが……崩れたことで、王宮が抱える“本当に言えない何か”が見え始めてる」


 私は静かに頷いた。


 王宮の沈黙は終わった。

しかし、その沈黙が破れたことで、王宮が抱えていた“何か”が、王都の空気に滲み出し始めていた。


 それは、ただの不安ではない。

疑念。

不信。

そして、王宮が隠しているかもしれない“真実”への恐れ。


 公爵邸の庭に吹く風は、昨日よりも冷たく感じられた。


 王都は、確実に変わり始めていた。

面白いと思ったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。