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あなたの色が見えなくなるまで~名家の令嬢は、その気持ちを恋とは認めてあげません~  作者: 黎明 あかり
鳳条会食編

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第3話 最善の橙

「澪さんはどう返事をされますか?」


 澪は父である雅臣を視た。

 オレンジ色の期待の感情がしっかりと向けられている。


『久世家として最善の行動をしなさい』


 幼いころから言われ続けた言葉が頭の中に浮かんでくる。


「……久世家として、お父様の判断に従いますわ」


 これが最善だ。

 久世家が繁栄するなら、私の意思など関係ない。


 運よく、今は婚約者もいないのだからここで蓮さんと婚約を結ぶことになっても誰にも迷惑をかけることはないだろう。


 さらに、鳳条家との繋がりができたと世に見せることも久世家の力の大きさを見せることもできる。


 雅臣の感情が、一瞬だけ緑色に変わった。


 ——間違えた?


 雅臣の求める回答ではなかったのだろうか。

 しかし、すぐにオレンジ色の期待の感情が視える。


 これでいい。

 澪は自分に言い聞かせる。


 後ろから嫌悪感の紫が視界の端に映る。


 ——見たくない。


 一度目を閉じて、視界から追いやる。

 そして雅臣を見た。


「お父様、海外でのお仕事はいかがですか?」


 婚約の話から逃げるように澪は話をそらした。


「そうですね、上々といったところでしょう。潤が人材派遣の新しい会社を立ち上げたこともあっていい風が来ている、そう見ています」


「お兄様も楽しくされているようですわね」


「ええ、あの子は上に立つよりも自由に生きるのが性分ですから。それに、——持っていないですからね」


 何をとは言わなかった。

 澪が持っていて、潤が持っていないもの。


 久世家としての異能。


「今はエジプトだと榊さんから聞きましたわ」


「あぁ、エジプトの会社の従業員と共にストライキしてくると意気込んでいましたから」


 あの兄は何をしているのだろうか、社長自らがストライキをするのはどういう状況なのだろう。

 澪は息を一つ吐いて考えないようにした。


「そのうち、楽しそうな写真がくるのではないでしょうか」


 口元を緩める雅臣を見る。

 父は本当に兄のことが好きなのだろう……。


 澪は自然と手に力が入った。


「さて、私も会食がこの後あるので話は明日しましょう。鳳条への返事も考えねばなりませんから」


 雅臣が立ち上がった。

 澪も倣って立ち上がり、書斎を後にする。


「そうだ、君が柴田真人くんだね。澪のことよろしく頼みます」


 雅臣が真人に言った。

 真人が軽く頭を下げて「っす」と小さく答えるのを聞く。


 真人の淡い紫色がうんざりしていることを物語っていた。


 ◇


 自分の書斎に戻った澪はデスクに座り、書類を眺めていた。


 真人が何かを言いたげにこっちを見ているのもぼんやりとした頭では考えられていない。

 頭の中で何かの思考が浮かんでは消えていく。


「澪?」


 遠くの方で真人の声がするが、なんとなく反応をしたいとは思わなかった。

 書類を読んでいるふりをしつつ、頭を働かせていない。


「……ちょっと出てくる」


 真人がそう言い残して書斎のドアが閉まった。


 書類を机の上に置く。


 何を考えているのだろうか。

 久世のこと、婚約のこと、鳳条との将来のこと、兄のこと、父のこと。


『久世にとって最善の行動』は、何なのだろうか。


 ——私は、鳳条に嫁ぐのだろうか。


 その考えが浮かぶと急に現実味を帯びてくる。


 今まで考えなかったわけではない。

 久世の長女として、婚約の話が出るのは自然なことだ。

 ただ、どこか他人事のようにも思っていた。


 それが急に現実になったのだ。


 椅子の上で膝を抱えて、顔をうずめる。


 婚約が嫌なわけじゃない、ただ現実を突きつけられて動揺しているだけだ。


 澪はそう自分に言い聞かせた。



 ◇



「お嬢様」


 どのくらい経ったのだろうか、榊が不意に声をかけてきた。

 外は夕焼けが空を彩っている。


 婚約や父のことを考えたくなくて仕事を始めたら、没頭していたようだ。


「どうしたの、榊さん?」


 書類から目を上げる。

 榊からはいつも通りの濃い黄緑色の敬愛の感情。


 その色を見ると心のどこかで安心がある。


「旦那様からお話を伺いました。鳳条との会食で婚約の話をされると」


「そうね」


 澪は再び書類に目を落とす。


「ご婚約をされるのですか?」


 ピタリと手が止まった。

 そして次はパソコンに目を向け、手を動かす。


「久世として最善なら、婚約をするわ」


 澪は榊の顔を見なかった。


「そうですか、お話を伺って思ったのですが。お嬢様が嫁がれてしまうと潤さまが次期当主になるのでしょうか。それとも、鳳条から婿養子をいただくのでしょうか……、私としましては、そこが気になったのです」


 榊は雑談の延長のように、紅茶を淹れながら話を続けた。


「久世家としてはお嬢様がいなくなるのは痛手かも知れませんね」


 カチャリとティーカップが軽い音を立てて澪の机に置かれた。

 澪は紅茶から立ち上る細い湯気を見た。


「……それは、お父様の判断ではないかしら?」


「さようでございましたね、つい差し出がましいことを申しました」


 榊が軽く笑った。


「長年の私の見立てでは、旦那様はお嬢様を嫁がせたりは致しませんよ」


 澪は何も答えなかった。答えられなかった。

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