第5話 診察及び、治療方針(1)
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ルドウェンは治療を受けるため、ゼリオンに案内されながら、施設内を歩いていた。
そこですれ違う竜人達は立ち止まり、ゼリオンに一礼をして去って行く。それだけで、彼が地位のある竜人だと理解するのは容易かった。
施設内ですれ違ったのは竜人だけではない。人や獣人も見受けられ、患者と思しき衣服を身に纏っていた。
それらを視線で追いながら、ルドウェンはぼんやりと考える。
竜都は人の国と比べると、文化的にも文明的にも数段先をいっているようだ。それはどこか、ルドウェンに自らが異物であるかのような錯覚を抱かせる。
そんな彼を現実に引き戻したのは、ゼリオンの声だった。
「ルドウェン」
「あ、あぁ……」
「大丈夫ですよ、私がついていますから」
親しげに名を呼ばれ、ぎこちなく返事をするルドウェン。こうして、寄せられる好意に戸惑いながら、ゼリオンとの距離を測りかねていたのだった。
ゼリオンは先を歩きながら、腕の治療にあたる「医者」について語った。
「彼は少々、性格に難がありまして。医者でありながら、魔法を熱心に研究しているので……。研究職特有の性格といいますか。長生きしている分、治癒魔法の腕は確かなのですが……」
「はぁ……」
ルドウェンは曖昧な返事をした。「そもそも竜人自体、人の常識とかけ離れているだろうに」という指摘を無理矢理呑み込んだのだ。
そうして、ゼリオンが足を止めたのは一見、研究室のような部屋の前だった。ゼリオンがおもむろに扉を開く。
そこにいたのは――白衣を纏った竜人族の男性。長生きしている、と語られていたがルドウェンよりも若々しい。
彼の手にはグラス。椅子に腰掛けながら、優雅に酒を嗜んでいる。書類の山や本に囲まれ、日頃は忙しく過ごしている様子が想像できる。
彼は二人に気付くとグラスを机に置いた。そして、軽快に声を上げる。
「あ、来た来た。待ってたわよ」
「勤務中では? それに、ここは医療機関ですよ」
「そんな勤務中に番を見つけて、のぼせてるアナタには言われたくないわね。それに、酒は百薬の長ってね」
ゼリオンの至極真っ当な指摘を、彼は軽々と言い返す。どうやら、二人は軽口を言い合う仲のようだ、とルドウェンは巻き込まれないよう傍観に徹する。
会話を交わしながら、ゼリオンとルドウェンは彼のもとまで足を進めた。
件の人物と思しき彼はルドウェンを一瞥すると、にやにやとしながらゼリオンに詰め寄った。
「で、番ってどんな感じ? 見た瞬間にビビッときた? 公表はするの?」
矢継ぎ早に尋ねられる質問に、ゼリオンは嫌悪感を隠しもしない。眉を寄せて、大きな溜め息をつく。
「はぁ……、あなたと無駄な話はしません。それに今は彼の治療を――」
「そうだった、そうだった」
彼はポンと手の平を打つと、再び椅子に腰掛ける。ゼリオンに絡んでいた彼だったが一転、好奇心に溢れた視線をルドウェンに向けたのだ。
「アタシはシルヴァート。こんな喋り方だけど、ちゃんと男よ。こっちの方が仕事上、都合が良くってね。よろしく」
「…………ルドウェンだ。よろしく頼む」
「ふふっ、『竜殺し』に会えるなんて、光栄ね」
互いに挨拶を交わした後、くすりと笑みをこぼしたシルヴァートの言葉。
びくりとルドウェンの肩が大きく跳ね、表情が強張る。まさか、「竜殺し」と「光栄」という言葉が並ぶとは思ってもみなかったのだ。
青ざめて沈黙したルドウェンに、シルヴァートは不思議そうな顔をする。それから、顔色を窺うように首を軽く傾げたのだった。
「ちょっと、アタシ何も変なこと言ってないじゃない」
と、拗ねたように口を尖らせた。
――そう言えば、ゼリオンも似たような態度だったと、ルドウェンは思い出す。
彼らは同胞を討たれたからといって、人のように報復、復讐に執念を燃やすことはないのだろうか。
(竜人というのは、皆こうなのか……? 理解に苦しむ……)
心の中で呟いた言葉は、小さな溜め息として昇華されたのだった。
シルヴァートは肩をすくめると、軽快に話を進めた。
「ま、いいわ。先に診察よ。診てみないことには、治せるものも治らないでしょ。さ、座って」
言われるがまま、ルドウェンは患者のための椅子に腰を下ろした。シルヴァートを前に、膝の上で握った拳に力が入る。
彼はそれを目にしたのだろう。「別に取って食おうって訳じゃないから、安心なさい」と、柔和に声を掛けたのだった。
ゼリオンが心配そうに見守る中、診察が始まる。診察と言っても、それは魔法による透視、判断のようだ。
シルヴァートはルドウェンに一言だけ断りを入れ、彼の右腕を手に取る。歌うような詠唱を終えた後、右腕を温かな光が包み込んだ。
しばらくして――光が徐々に小さくなっていく。すると、シルヴァートは怪訝に眉を寄せたのだ。
「はぁ……? 腕の神経断裂。それに――魔力回路がズタズタ。こっちは腕だけじゃなく全身ね。これじゃあ、後遺症が酷いのも納得だわ」
彼は「これはすぐに治らないわね」と、告げた重い言葉とは反対に軽い口調で語った。
「魔力……回路、だと?」
己の体の現状と聞き慣れない言葉。ルドウェンが発した声は掠れていた。
それに対して、今度はシルヴァートがさらに眉を寄せた。
「ええ、そう。アナタ、魔法が使えないの?」
「あ、あぁ……」
「うっそ。ん~……まぁ、魔力回路自体は誰でも持ってるものだから。血管みたいなものよ」
戸惑いながら頷いたルドウェンをよそに、シルヴァートは簡潔に語った。それからルドウェンの腕を解放し、こともなげに告げる。
「ただの人間が純粋な力だけで竜を討てる訳ないじゃない? 極限状態の中で覚醒。無意識に身体を限界まで魔法強化していた、と考えるのが普通よ」
「そんなこと……。いや……そう、なのか……」
ルドウェンは納得の言葉を小さく呟くことしかできなかった。――魔法に抗った己にも、魔力回路という物が存在していたという皮肉。さらに、竜殺しを成すために無意識下で魔法を使っていたという事実を、すぐには受け止められなかった。
完全に沈黙したルドウェンを見つめながら、シルヴァートは確信に迫ろうと問い掛ける。
「それで? 腕の怪我は竜を討ったときに?」
「いいや……違う」
緩やかに首を横に振ったルドウェン。それは彼らにとって意外な言葉だったのだろう。二人同時に驚きの声が上がった。
「え、そうなの?」
「そうなのですか……? では、一体……」
ゼリオンに至っては、驚きのあまり目を見開いている。それから一呼吸おき、意を決したように口を開く。
「聞かせて下さい、ルドウェン」




