第4話 異国の風に触れる
カーティスを見送ったルドウェンはその場で佇む。
抱いたわずかな希望を胸の内に噛み締めて、次にどうするべきか考え込んでいたのだ。
すると、そこで聞こえてきた会話があった。町の住人達だ。
「あの若い騎士……。王国騎士団の紋章が入った馬着をつけていたぞ」
「それに、最近じゃあ竜人もこの町に滞在しているし……」
「また何か起こるんじゃないかと心配になるな……」
ルドウェンの心臓が跳ねた。
若い騎士というのはカーティスで間違いないだろう。それに加え、竜人というのもゼリオンのことだ。王都から遠く離れたこの田舎町では、他種族の存在は大いに目立つ。
――それに、彼は氷像のように美しい。一度目にすれば、彼の姿を忘れることはできないだろう、とルドウェンは頭の片隅で考える。
さらに、彼らの目的と言えば――。
(うん……原因は俺だ。……間違いなく)
ルドウェンは項垂れた。町の住人達に気付かれないよう、そそくさと家の中へ入る。パタン、と扉が閉まる小さな音でさえ、今は過敏に反応してしまう。
しばらくして、しんと静まり返った屋内で、ルドウェンは深い溜め息をついた。
(ただでさえ、皆……不安を抱えて過ごしている。このままだと余計に迷惑がかかってしまう……)
この町の人々は日常の変化に機敏な反応を示す。それが王国騎士団と他種族――よりにもよって竜人ともなれば、住人の不安を煽るのは間違いない。
ルドウェンは思考する。
今後、カーティスがこの町を訪ねて来ることはないだろう。ただ、方法を変えて勧誘してくる可能性はある。あの弟子は揚げ足取りが上手く、抜け穴を突く所がある。
そうなる前に、再び姿を消すのが一番だろう。
問題なのはゼリオンだ。ルドウェンを番と認識した以上、求める答えが得られるまで、この町に滞在する可能性も――。そこまで思考し、止めた。
(こっちから、動くしかないのか――)
そうと決まれば、やるべきことは決まっていた。元々、身の回り品は少なく、荷造りは簡単に終わった。家のことは住人にも話をつけてある。
それから――世話になった人々へ、別れを告げたのだった。
ゼリオンを探すルドウェン。田舎町で竜人を探すのはとても簡単だった。町で唯一の賓客館。そこにゼリオンは滞在していたのだ。彼はルドウェンを見るや否や、ぱっと顔を輝かせた。
「ルドウェン……! 会いに来てくれたのですか!?」
「いや、まぁ……その……色々と、思うところがあってだな……」
今更口調を正すのも変だろう、とルドウェンはたどたどしく言葉を口にした。それに加えて、ゼリオンの純粋な反応に良心が痛んだのだ。彼の煌びやかな瞳から、視線をさっと逸らす。
決して、彼の「番を幸せにしたい」という好意に応えたからではない。腕の治療が受けられるかもしれない、という打算的な目的あっての再会だ。
それからルドウェンは「お前に聞きたいことがある」と前置きし、先を続けた。
「俺の腕が、治るかもしれないというのは……本当か?」
「はい。本当です」
何の迷いもなく、ゼリオンは即答した。
(……言い切るんだな。正直、竜を討った俺が……竜の国から生きて帰れる保障はない。だが、賭けてみるのも――)
迷いが消えた訳ではない。けれど、先に進まねば何も始まらない。そこで葛藤が生まれている。ルドウェンは目を伏せ、口を閉ざした。
すると、そんな心情を察したのだろうか。ゼリオンは安心させるような優しい声音で語り掛けた。
「まだ不安ですか……? あなたは私の番ですから、身の安全も保障します。それに、不自由な生活はさせません」
「いや、そこは――ほどほどで……いい」
ゼリオンの惜しみない好意が、ルドウェンに居心地の悪さを感じさせる。治療のために他種族の国へ赴くのだ。わずかながらに金品を用意してきた。
けれど、ゼリオンはそれすら受け取らないと首を横に振ったのだった。一連のやり取りに、ルドウェンは顔をしかめる。
(俺なんかを守ると、簡単に言うな……。いいや、それでも今は――! もう一度、剣を握れるのなら……!)
腹は括った。拳を握り締め、意を決して口を開く。
「俺を、お前の国へ連れて行ってくれ」
ルドウェンが告げた言葉。決意に満ちた声音。それを聞いたゼリオンはさらに目を輝かせ、その勢いのままルドウェンの両手を握った。彼は顔を綻ばせながら、口を開く。
「あぁ、ルドウェン! 嬉しいです……! それでは早速、準備をしましょう――」
こうして、竜の国行きが決まった。
◇
ルドウェンが思うよりも早く、出立準備は早々に終わった。言われるがまま、竜人族の言葉で書かれた書類にサインを書く。不自由な利き腕では、震えるペン先を上手く動かせず、ゼリオンの助けを借りることになる。
――添えられた手の温かさが、ルドウェンにとってこそばゆいものだった。
馬車に乗せられたルドウェンは、向かいに座るゼリオンから視線を逸らしていた。
竜の国行きを告げたときの嬉しそうな表情、そして、ペンを持ったときに触れたゼリオンの体温がどうにも気恥ずかしく思えたのだ。
――ルドウェンは無条件で寄せられる好意に慣れていない。
ゼリオンは簡潔に語る。
「転移魔法で馬車ごと移動します。少し揺れますが、問題はないので安心して下さい」
「魔法……。こんな、田舎町で……」
「怖いですか? あなたは少々、魔法に懐疑的でしたので」
ルドウェンの小さな呟きでさえ、ゼリオンは気に掛けている。ルドウェンは顔を上げると、首を軽く横に振ったのだった。
「い、や……複雑な心境なだけだ」
「ルドウェン、手を」
ゼリオンがそっと手を差し出した。彼の意図が分からず、ルドウェンはその手をしばらく見つめていた。そうしてようやく、ゼリオンが揺れる馬車と転移魔法に不安を覚えた自分のために手を握ろうとしているのだと気付く。
――子供でもあるまい。ルドウェンは眉を寄せて、ゼリオンの手を取ることはなかった。それから、ぶっきらぼうに告げる。
「必要ない」
「私が必要なのです。ほら」
しかし、ゼリオンはルドウェンの言葉を聞かず、両手をそっと握ったのだった。ルドウェンはただ、されるがままだ。
それから――、幾度か小さな揺れを繰り返した後。馬車が止まった。ゼリオンはゆっくり微笑みながら、告げる。
「着きましたよ。竜の国、竜都です」
なんとも呆気なく、移動が終わった。ゼリオンの言葉を合図に、ルドウェンは外へ視線を向けた。車窓から覗く景色は、異世界のように様々な色彩で溢れていた。荘厳な建造物はうず高く、見たこともないような鳥が空を駆ける。
ゼリオンが「ここから治療施設に移動します」と告げると、馬車が再び動き出す。流れ行く景色の中、ルドウェンはどこか現実離れした光景に目を奪われていた――。
そうして、馬車は目的地に辿り着いたようだ。馬のいななきがそれを告げる。馬車の扉が開かれ、ゼリオンが先に降りる。すると、彼は手を差し出したのだ。
「我々はあなたを歓迎します。――ルドウェン」
にこやかに、そして、愛しそうに告げられた言葉。
ルドウェンは一瞬たじろぐ。到底、竜殺しである自分にかけられていい言葉ではないと、戸惑いを隠せない。
(どうして、そんな言葉を俺にかけるんだ――)
心の内に浮かんだ疑問に対する答えは得られない。それでも、ルドウェンはゼリオンの手を取り、馬車を降りる。視界いっぱいに広がる光景に、言葉を失った。
ゼリオンの言葉が嘘ではないと証明するように、到着を待っていたと思われる竜人達が、ルドウェンに礼をしたのだ。それはどこか、敬服のようにも捉えられる。――ルドウェンの背中を押すように、風が吹き抜けた。
ゼリオンは彼の手を引くと、意気揚々と告げる。
「早速、腕を診てもらいましょう。既に話はしてありますから」
「あ、あぁ……」
導かれるまま、ルドウェンは一歩を踏み出した。




