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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
第一部 缶詰と最初の支部職員

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7/24

条件に合う缶詰

五日目の午前、グレゴールは見積書を読んで顔をしかめた。


『高い』


「品質と保存期間を考慮した価格です」


『塩漬け肉なら、この半分以下だ』


「塩漬け肉は、輸送中の廃棄や水戻しの手間が発生します。この商品は一缶で一食分。調理の失敗が少なく、食べられる量を計算できます」


『鉄の容器まで運ばねばならん』


「その点は不利です」


『認めるのか』


「事実です。重量だけを見れば、乾燥肉のほうが優れています」


『では、なぜこれを売る』


「水が少なく、調理設備のない場所でも、一定の食事を提供できるからです」


 山田は、ボルツに翻訳してもらった説明書を机へ広げた。


「すべての兵糧を缶詰へ置き換えるべきではありません。補給が途切れる可能性の高い部隊、傷病者、夜間警備の交代要員。用途を絞って使用する商品です」


 グレゴールは見積書から顔を上げた。


『売る量を減らす提案をする商人は、初めてだ』


「不要なものを大量に売れば、次回から呼ばれません」


『呼ばれなくても、金は残る』


「一度分だけです」


 グレゴールは、書記の青年と短く相談した。


『試験は千食から五百食へ減らす。その代わり、冬の砦と湿地の監視所、二か所で試す』


「よい判断だと思います」


『値段は下がるか』


「数量が減りますので、単価は少し上がります」


『なぜだ』


「仕入条件が変わるためです」


『五百でも千でも、門を通すだけだろう』


「門の向こうでも、商品は作られ、運ばれています」


『向こうの国では、すべての品が勝手に生まれるのではないのか』


「少なくとも、弊社の倉庫では勝手に増えません」


 交渉の結果、六百食で合意した。


 缶切りは十二本。


 開封方法と、廃棄すべき缶の見分け方を描いた説明書が六十枚。


 納品時には、山田が兵站担当者へ開け方と温め方を実演する。


 支払いは半額前金、残額は納品後七日以内。


 グレゴールは、小さな革袋を机へ置いた。中には銀貨が詰まっている。


『数えろ』


「後ほど確認します」


『信用するのか』


「目の前で数えると、商談が長くなりますので」


『足りなければどうする』


「ご連絡します」


『俺が誤魔化したとは考えないのか』


「その場合は、次回から前金を全額にします」


 グレゴールは笑い、山田の肩を強く叩いた。


『ヤマダ。お前は剣を持っていないが、逃げ道を作るのが上手い』


「営業は、問題が起きる前に出口を確認します」


 受注書へ署名し、山田はゲートレーディングの社判を押した。


 朱色の四角い印は、羊皮紙の上で異様に目立った。


 王国軍から、最初の注文を受けた。


 *


 納品準備は、地味で重かった。


 六百缶は、二十四缶入りの箱で二十五箱。一箱約十一キロ。総重量は二百七十五キロを超える。


 通常なら、パレットへ積み、フォークリフトで移動する量だった。


 だが、ゲートへ続く地下通路に大型機械は入れない。


 山田と高橋は、夜八時から二人で箱を台車に載せ、エレベーターから地下へ運んだ。


「課長」


「何だ」


「異世界支部の拡大前に、搬入経路の改善が必要です」


「分かっている」


「腰が痛いです」


「俺もだ」


「四十九歳の課長と四十二歳の主任が、秘密保持のため夜中に缶詰を運ぶ会社は、組織設計に問題があります」


「売上が立てば、設備投資できる」


「設備投資の前に、労災が立ちそうです」


 二十五箱を異世界側へ運び終えたのは、午後十時半だった。


 石造りの支部に積み上がった段ボールを見て、高橋が腰を伸ばす。


「これで、王国との取引が始まるな」


「まだ納品し、使用結果を確認し、残代金を回収するまでが取引です」


「夢がないな」


「回収できない売上は、夢に近いです」


 高橋は先に日本へ戻った。


 山田は翌朝の納品に備え、箱数を確認した。


 二十五箱。


 説明書六十枚。


 缶切り十二本。


 そのとき、支部の木の扉が三度叩かれた。


 時計は、午後十一時に近い。


 山田は机の下の非常ボタンへ手を伸ばした。


 高橋から渡された危険対応マニュアルには、『夜間は原則として扉を開けない』と書かれている。


 再び三度、扉が叩かれた。


『門の商人! まだ起きているか!』


 低く大きな声だった。


「どちら様でしょうか」


『客だ!』


「本日の営業時間は終了しております」


 扉の向こうが静かになった。


『そうか! それは悪かった!』


 あまりにも素直な返事だった。


『では、明日の鐘が九つ鳴る頃に出直す! 一つだけ聞いておきたい!』


「何でしょうか」


『王国へ売った鉄詰め肉を、俺たちにも売ってくれ! できれば、もっと辛いやつだ!』


「数量と用途を確認してから、見積もりいたします」


『よし! 話が早いな! 朝飯は食わずに待っていろ。詫びに俺が持っていく!』


「商談に朝食は必要でしょうか」


『腹の減った相手と、良い商談はできん!』


「お名前と、ご所属を伺えますか」


『魔王領軍需府、南方調達官バルガス・ローデン! バルガスでいい!』


 足音が遠ざかっていく。


 山田は、非常ボタンから手を離した。


 魔王軍との最初の商談は、朝食付きで始まるらしい。


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