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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
第一部 缶詰と最初の支部職員

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8/24

売る量を減らす商人

翌朝、鐘が九つ鳴る少し前に、木の扉が叩かれた。


 昨日と同じ、三度の力強い音。


 山田は通訳石を耳へ掛け、扉を開けた。


 そこに立っていたのは、人間より頭二つほど大きな魔族だった。


 灰色の肌。こめかみから後ろへ伸びる黒い角。厚い外套の下には、肩幅をさらに大きく見せる黒い鎧を着ている。


 外見だけで判断するなら、昨夜に扉を開けなくて正解だった。


 ただし、本人は両手いっぱいの籠を抱えていた。


『おはよう、ヤマダ! 昨夜は悪かったな!』


「まだ名乗っていませんが」


『町で聞いた! 王国のグレゴールが、剣で缶を開けて汁を浴びたそうだな!』


 情報が広がる速度は、想像以上だった。


『あいつらしい!』


 バルガスは腹を抱えて笑った。


 その後ろにいた二人の護衛も、耐えきれず顔を背けている。


「お入りください。ただし、武器は入口でお預かりします」


『いいぞ。客が店主を怖がらせては、値引きしてもらえんからな!』


「値引きは別の話です」


『もう断られた!』


 バルガスは大剣を護衛へ渡し、籠だけを持って支部へ入った。


 中身は、黒パン、燻製肉、焼いた根菜、それに大きな陶器の壺だった。


『詫びの朝飯だ。まず食おう』


「先にご要件を伺っても」


『食いながら聞けばいい。魔王領では、同じ皿の飯を食った相手を商談中に騙すのは恥とされる』


「商談後なら、よいのでしょうか」


『お前、冗談が分かるではないか!』


「王国軍の方にも、似たことを言われました」


『王国の冗談は、顔が笑っていないから分かりにくい!』


 バルガスはまた笑った。


 山田は、朝食を断る理由を見つけられなかった。


 陶器の壺には、赤い香辛料をたっぷり使った肉と豆の煮込みが入っていた。


 見た目ほど辛くはない。香辛料の香りが強く、黒パンによく合う。


「おいしいですね」


『そうだろう! 俺の妻が作った!』


「奥様が」


『昨夜遅くに商人の家を訪ねたと言ったら、朝飯を持って謝ってこいと怒られた!』


「正しい判断だと思います」


『お前まで妻の味方か!』


 ひとしきり笑ったあと、バルガスは姿勢を正した。


 気さくではあるが、仕事を忘れているわけではないらしい。


『王国軍が、長く保存できる食料を買ったと聞いた。魔王領の南方監視隊にも同じ悩みがある』


「人数と利用期間を伺えますか」


『まずは六十名、四日間。一日一食だ』


「二百四十食ですね」


『人間と同じ一缶で、一食になるのか』


「体格によります。サンプルをご覧になりますか」


 山田が牛肉と豆の缶を見せると、バルガスは片手の上へ載せた。


『小さいな』


「人間一名分を想定しています」


『俺の前に人間用を出したのか』


「比較用です」


『なるほど。なら許す!』


 山田はサンプル缶を開け、温めて皿へ移した。


 バルガスは一口で大きくすくい、目を見開いた。


『うまい!』


「ありがとうございます」


『だが、少ない!』


「予想していました」


『それに辛さが足りん!』


「それも予想していました」


 バルガスは、山田を見てにやりと笑った。


『用意がいいな、ヤマダ』


「昨日、辛い商品をご希望でしたので」


 山田は業務用カタログの写真を見せた。


 八百グラム入りの大型缶。中身は豆と挽肉を使った、香辛料の強い煮込み料理。


 支部には日本語の資料しかないため、写真と数字を使って説明する。


「この大きさなら、体格の大きい方一名、または通常体格の方二名で分けられます。ただし、開封後は保存できません」


『補給所で分ければいい。前線へは小さい缶のほうが運びやすいな』


「おっしゃる通りです。用途を分ける必要があります」


『王国軍はいくつ買った』


「ほかのお客様の数量は、お伝えできません」


『聞いただけだ。俺たちがいくつ買うかも、王国へ言うな』


「もちろんです」


『同じ商品なら、同じ価格か』


「数量、輸送方法、支払条件が同じであれば、同じ価格です」


『魔族だから高くはしない』


「いたしません」


『王国軍から、我々へ売るなと言われたら』


「独占契約を結んでいませんので、販売を続けます」


 バルガスは満足そうにうなずいた。


『それでいい。商人が旗を選び始めると、品物より嘘を売るようになる』


 陽気な男だった。


 だが、補給の用途、商品の大きさ、情報管理、価格条件。確認するべきところは一つも逃していない。


 魔王軍の調達官を務めている理由が、少し分かった。


『二百四十食の見積もりを頼む。半額を先に払う。残りは納品時でいいか』


「通常は納品後七日以内ですが、納品時にお支払いいただけるのであれば問題ありません」


『文字の多い契約書も用意しろ』


「お嫌いでは」


『嫌いだ。だが、読まずに判を押すほど馬鹿ではない』


 バルガスは立ち上がり、山田の肩を叩こうとして、途中で手を止めた。


『グレゴールに叩かれて、痛そうだったと聞いた』


「そこまで広まっているんですか」


『この町に秘密はない!』


「契約数量だけは、秘密にしてください」


『努力しよう!』


「守ってください」


『分かった、守る! 次の商談では昼飯を用意する。腹を空かせて来い!』


 バルガスは大きく手を振り、支部を出ていった。


 王国軍より、魔王軍のほうが話しやすい。


 それは山田にとって、今週二番目に大きな驚きだった。


 一番目は、もちろん異世界が実在したことである。

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