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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
第一部 缶詰と最初の支部職員

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営業日と生姜焼き

『三日で回答しろ』


「五営業日いただけますか」


『エイギョウビとは何だ』


「弊社が稼働している日です」


『門の向こうの暦は知らん。五日でいい』


「承知しました」


『ただし、遅れたら他の商人に頼む』


「ほかにも、三年保存できる食料を扱う商人がいるのでしょうか」


『いない』


「では、できる限り急ぎます」


『足元を見る男だ』


「事実を確認しただけです」


 グレゴールは立ち上がった。


 書記の青年が、豆の煮汁で汚れた紙を抱えて続く。


 扉の前で、グレゴールが振り返った。


『ヤマダ。腐らない肉という言い方は、改める』


「ありがとうございます」


『だが、兵は三年後に食べるために肉を買うのではない。明日、食うために買う』


「はい」


『保存できても、不味ければ次はない』


「その点も含めて提案します」


 軍人たちが去ると、支部は急に静かになった。


 机の上には開封された缶詰が並び、床には拭ききれなかった赤い染みが残っている。


 山田は固定電話の受話器を取った。


 九番を押す。


 三回目の呼び出しで、高橋が出た。


『おう。どうだった』


「まず、サンプルに酒類が使われています」


『酒?』


「調味料です。先方の一部部隊では禁忌に当たります」


『そこまで分かるか』


「原材料欄に書いてあります」


『日本語が読めないなら、黙っていれば分からないだろ』


「課長」


『冗談だ』


「先方は百名十日分、千食の試験導入を希望しています。牛肉と豆の煮込み。酒類不使用。常温二年以上。加熱なしでも食べられ、可能なら温められるものです」


『見つかりそうか』


「業務用の防災食か、輸出向け缶詰を当たります。缶切りを十二本無償提供します」


『十二本もか』


「一本、剣で破壊されました」


『何があった』


「詳しくは帰ってから報告します」


『分かった。で、感触は』


「悪くありません。ただし、現地の契約書が読めないのは致命的です」


『以前頼んだ商人を紹介する』


「その方は信頼できますか」


『金を払っている間は』


「十分ではありません」


『人を雇うしかないな』


「社内で知る者を増やすのは問題では」


『日本人を連れてくるより、現地の者のほうが秘密は守りやすい。ゲートの場所を教えなければいい』


「採用予算は」


『売上を作ってから相談しろ』


「支部は通常、売上を作る前に人員を配置します」


『通常の支部じゃない』


 電話は切れた。


 山田は受話器を戻し、机の上の缶詰を見た。


 牛肉、豆、魚、桃。


 この小さな鉄の容器を売るだけで、確認することが山ほどある。


 だが、不思議と嫌ではなかった。


 相手の困りごとを聞き、条件を整理し、合う商品を探す。十九年間やってきた仕事と同じだった。


 違うのは、窓の外を竜らしき生き物が飛んでいることくらいである。


 *


 日本へ戻ると、午後六時を過ぎていた。


 高橋はすでに本社から倉庫ビルへ移動しており、山田の報告を聞きながら、試食用の残りを段ボールへ詰めた。


「契約書の翻訳は、ひとまずこの男に頼む」


 高橋が、名刺ほどの羊皮紙を渡した。読めない文字の下に、手書きで『ボルツ商店 主人ボルツ』とある。


「店の場所は」


「支部を出て右。大通りを二本越えたところ。赤い鳥の看板だ」


「翻訳費用は」


「銀貨二枚くらい。相場は変わる」


「日本円換算では」


「銀貨一枚を千円として経費計上している」


「かなり雑ですね」


「金銀の含有量で社長が決めた。向こうで受け取った硬貨は月に一度、社長がまとめて地金業者へ持ち込む」


「社長自らですか」


「秘密を知っている経理担当がいないからな」


 支部の売上管理を社長が手作業でしている。


 中堅商社の経営としては効率が悪いが、異世界取引の正しい会計処理を山田も知らない。


「この案件、本当に続けるつもりなんですね」


「社長は本気だ。四年前にゲートを見つけてから、ずっと準備してきた」


「なぜ今まで本格化しなかったんですか」


「俺と社長では、現地に張り付けなかった。試しに小物を売ったことはある。包丁、針、石鹸、虫眼鏡。だが、継続取引にはならなかった」


「営業担当が必要だった」


「そういうことだ」


「それで私ですか」


「不満か」


「判断できません。今日一日で、常識の基準が変わりすぎています」


 高橋は笑った。


「俺は最初、向こうで吐いた」


「意外ですね」


「空を飛ぶトカゲを見て、足が動かなくなった。社長は平気な顔で写真を撮っていた」


「写真があるんですか」


「社長室の金庫に入っている。外には出せない」


「誰にも話せないのは、辛くありませんか」


 高橋は少し考えた。


「辛いというより、現実感がなくなる。昼に魔族と話して、夕方に部長会議でコピー用紙の仕入価格を議論していると、どちらが本当か分からなくなる」


「両方、本当なんでしょう」


「だから君に頼んだ」


「どういう意味ですか」


「君は、目の前の仕事を一つずつ片づける。世界が二つあっても、やることを整理するだろう」


 山田は返事をしなかった。


 褒められているのか、便利に使われているのか、判断が難しかった。


 倉庫ビルを出ると、雨が降り始めていた。


 駅へ向かう途中、山田は古い定食屋に入った。


 店内には会社帰りの客が数人。壁のテレビでは、野球の試合が流れている。


「生姜焼き定食、ご飯大盛りで」


 注文してから、異世界で冷たい缶詰を何口か食べただけだったことに気づいた。


 運ばれてきた生姜焼きは湯気を立て、甘辛いタレの匂いがした。


 豚肉を一枚、ご飯に乗せて食べる。


 温かい。


 それだけで、ひどく安心した。


 アルセリア王国の兵士も、冷たい保存食より温かい食事を好むだろう。


 鍋で温められる形。


 水を足さず、そのまま煮られるもの。


 缶を直接火に掛けるのは危険だから、注意書きも必要だ。


 仕事は終わったはずなのに、また商品のことを考えている。


 山田は味噌汁を飲み、手帳を開いた。


『温め方の説明。絵で作る』


 異世界支部長としての最初の一日は、定食屋の隅で続いていた。

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