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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
二部 日用品は国境を越える

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23/24

中立商社の査定

翌日、中立都市ラゼルの取引監督局が白鹿商会へ入った。


 理由は、異世界支部の申し立てだけではない。


 鉱山組合が横流しと偽装表示を訴え、王国軍と魔王軍の双方が、軍用品に転用できる商品への虚偽販売を問題視した。


 両軍が同じ書面へ署名したのは、ラゼルの役人にとっても珍しいことだったらしい。


『仲良く署名したわけではない』


 グレゴールは不機嫌そうに言った。


『俺は仲良くても構わんぞ!』


 バルガスが肩を組もうとし、避けられた。


『触るな』


『王国軍は付き合いが悪い!』


「本日は、取引監督局への協力が目的です」


 山田が止めると、二人は別々の椅子へ座った。


 それでも、互いの報告書を横目で確認している。


 白鹿商会の倉庫から見つかったのは、正規品の懐中電灯十八本。


 残り六本は、すでに国境方面へ売られていた。


 百を超える木箱の中身は、ほとんどが空だった。


 箱の底には重さを誤魔化すための石が入れられ、上には偽の保証書が置かれていた。


 白鹿商会は、実際の商品を持たないまま予約金を集めていた。


『門の白光灯を、次の月に百本用意する』


 そう約束し、王国、魔王領、傭兵団、盗賊まがいの商隊から金を受け取っていた。


 予約帳には、前線の部隊名まで書かれている。


 異世界支部の偽の社判が必要だった理由も、それだった。


 正式な取扱店に見せなければ、客は先払いしない。


 監督局は、白鹿商会の帳簿、予約金、発送記録を封印した。


 店の前には、営業停止を示す赤い板が掛けられた。


『市場では、まだ存在しない商品を先に売ることもある』


 監督局の聴取室で、セドリックは悪びれずに言った。


『穀物も毛皮も、収穫や狩りの前に買い付ける。何が違う』


「供給元の合意がありません」


『門の商人から仕入れれば、約束は果たせた』


「弊社は、白鹿商会へ販売する予定がありません」


『金を出されてもか』


「使用目的と販売先を開示しない相手には、販売しません」


『商人が、客を査定するのか』


「お客様も、弊社の商品と信用を査定します。双方が確認して、初めて取引になります」


『随分と偉くなったものだ』


「偉くなりたいとは思っていません」


 山田は、本心から答えた。


 管理職にも、英雄にも、異世界の有力者にも興味はない。


 静かに暮らせるだけの給料があり、無理のない範囲で仕事ができれば、それでよかった。


 ただ、自分の会社の名を勝手に使われ、誰かを傷つける商品として売られるのは見過ごせなかった。


「責任を負えない取引を、増やしたくないだけです」


『責任など、問題が起きた後に金で片づければよい』


「死んだ方へ、返金はできません」


 聴取室が静かになった。


 監督官が、羽根ペンを止める。


 セドリックは何も答えなかった。


 聴取には、レオルも立ち会った。


 偽造された帳簿と、ペクトの供述、木箱の受領記録を順番に説明する。


 いつ、何本が持ち出されたか。


 代わりの油灯が、どの入口から運び込まれたか。


 白鹿商会の箱に残された数字が、鉱山の記録とどう一致したか。


 説明は正確で、途中で迷うことはなかった。


 ただし、監督官が尋ねたときだけ、レオルの声が止まった。


『帳簿の偽造に、詳しいようだな』


 室内が静かになった。


 レオルは、一度だけ山田を見た。


 山田はうなずきも、首を振りもしなかった。


 答えるかどうかは、レオルが決めることだった。


『以前、勤めていた商会で横流しがありました』


 レオルは言った。


『私は帳簿係でした。偽造を見抜けず、商会の者として負債を負いました』


『今回も、同じ方法だったと』


『似ています。数量を合わせるため、価値の低い品へ番号を移す。受領記録を後から埋める。関係した商会の名を、書面には残さない』


『お前自身が、以前の横流しに関わった可能性は』


『否定する証拠はありません』


 レオルの手が、机の下で強く握られている。


『ですが今回、私はすべての記録を残しました。誰が、いつ、どの商品へ触れたか確認できます。自分の名で説明できます』


『過去にできなかったことを、今回はできたと』


『はい』


 監督官は、しばらくレオルを見たあと、記録係へ続きを書かせた。


 山田は、何も付け加えなかった。


 レオルの説明は、それだけで十分だった。


 最終的に、白鹿商会には営業停止と、予約金の返還が命じられた。


 偽の社判を使った商品表示についても、罰金が科された。


 返還できない予約金については、商会の倉庫と商品を売却して補填する。


 国境へ渡った六本は、王国軍と魔王軍がそれぞれの側で捜索することになった。


『見つけたら、どちらの軍が回収する』


 グレゴールが尋ねた。


「発見した側で封印し、取引監督局を通して弊社へ返してください」


『使ってはいけないのか』


「証拠品です」


『分かった』


『俺たちも同じ条件だな!』


「もちろんです」


 鉱山組合は、管理責任を理由に新規商品の供給を三十日間停止。


 ただし、救助用として残った六本と、回収された十八本の使用は認められた。


 管理担当者を一人に集中させず、貸出と返却を別の者が確認する仕組みも導入する。


 ペクトは組合を解雇された。


 エルダは、借金の返済と監督局の処分が終われば、坑外作業の職を紹介すると言った。


『二度と帳簿には触らせん』


「それは、エルダさんの判断です」


『あんたなら、もう一度任せるのか』


「すぐには任せません。ただ、二度と働けない状態にしても、借金は消えません」


『甘いな』


「そうかもしれません」


『だが、白鹿商会の主人よりは、話が通じる』


「それは褒め言葉でしょうか」


『半分はな』


 支部へ戻ると、レオルは赤い帳面を開いた。


 頁をめくる指が、いつもよりゆっくりだった。


『今日は、何と書けばよいでしょう』


「私に聞くことではないと思います」


『では、自分で決めます』


 レオルは、しばらく考えてから筆を動かした。


『帳簿は嘘を書ける。だが、嘘を書いた者の跡は残る』


「いい言葉ですね」


『以前の私は、その跡を見つけられませんでした』


「今回、見つけました」


『はい』


 レオルは帳面を閉じた。


『支部の規則にも、記録を残すことを入れませんか』


「入れましょう」


「それから、記録を一人だけに任せないことも」


『私を信用していないのですか』


「信用しているからこそ、一人に責任を集中させません」


 レオルは少し考え、うなずいた。


 二人は夜まで、取引条件を書き出した。


 王国にも、魔王軍にも、民間商会にも適用する規則。


 何を売るかではなく、何を売らないか。


 誰へ売るかではなく、どの条件なら売るか。


 記録を残すこと。


 違反があったとき、すべてを止めるのではなく、調査と再発防止を求めること。


 株式会社ゲートレーディング異世界支部に、初めて正式な取引原則が作られようとしていた。

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