中立商社の査定
翌日、中立都市ラゼルの取引監督局が白鹿商会へ入った。
理由は、異世界支部の申し立てだけではない。
鉱山組合が横流しと偽装表示を訴え、王国軍と魔王軍の双方が、軍用品に転用できる商品への虚偽販売を問題視した。
両軍が同じ書面へ署名したのは、ラゼルの役人にとっても珍しいことだったらしい。
『仲良く署名したわけではない』
グレゴールは不機嫌そうに言った。
『俺は仲良くても構わんぞ!』
バルガスが肩を組もうとし、避けられた。
『触るな』
『王国軍は付き合いが悪い!』
「本日は、取引監督局への協力が目的です」
山田が止めると、二人は別々の椅子へ座った。
それでも、互いの報告書を横目で確認している。
白鹿商会の倉庫から見つかったのは、正規品の懐中電灯十八本。
残り六本は、すでに国境方面へ売られていた。
百を超える木箱の中身は、ほとんどが空だった。
箱の底には重さを誤魔化すための石が入れられ、上には偽の保証書が置かれていた。
白鹿商会は、実際の商品を持たないまま予約金を集めていた。
『門の白光灯を、次の月に百本用意する』
そう約束し、王国、魔王領、傭兵団、盗賊まがいの商隊から金を受け取っていた。
予約帳には、前線の部隊名まで書かれている。
異世界支部の偽の社判が必要だった理由も、それだった。
正式な取扱店に見せなければ、客は先払いしない。
監督局は、白鹿商会の帳簿、予約金、発送記録を封印した。
店の前には、営業停止を示す赤い板が掛けられた。
『市場では、まだ存在しない商品を先に売ることもある』
監督局の聴取室で、セドリックは悪びれずに言った。
『穀物も毛皮も、収穫や狩りの前に買い付ける。何が違う』
「供給元の合意がありません」
『門の商人から仕入れれば、約束は果たせた』
「弊社は、白鹿商会へ販売する予定がありません」
『金を出されてもか』
「使用目的と販売先を開示しない相手には、販売しません」
『商人が、客を査定するのか』
「お客様も、弊社の商品と信用を査定します。双方が確認して、初めて取引になります」
『随分と偉くなったものだ』
「偉くなりたいとは思っていません」
山田は、本心から答えた。
管理職にも、英雄にも、異世界の有力者にも興味はない。
静かに暮らせるだけの給料があり、無理のない範囲で仕事ができれば、それでよかった。
ただ、自分の会社の名を勝手に使われ、誰かを傷つける商品として売られるのは見過ごせなかった。
「責任を負えない取引を、増やしたくないだけです」
『責任など、問題が起きた後に金で片づければよい』
「死んだ方へ、返金はできません」
聴取室が静かになった。
監督官が、羽根ペンを止める。
セドリックは何も答えなかった。
聴取には、レオルも立ち会った。
偽造された帳簿と、ペクトの供述、木箱の受領記録を順番に説明する。
いつ、何本が持ち出されたか。
代わりの油灯が、どの入口から運び込まれたか。
白鹿商会の箱に残された数字が、鉱山の記録とどう一致したか。
説明は正確で、途中で迷うことはなかった。
ただし、監督官が尋ねたときだけ、レオルの声が止まった。
『帳簿の偽造に、詳しいようだな』
室内が静かになった。
レオルは、一度だけ山田を見た。
山田はうなずきも、首を振りもしなかった。
答えるかどうかは、レオルが決めることだった。
『以前、勤めていた商会で横流しがありました』
レオルは言った。
『私は帳簿係でした。偽造を見抜けず、商会の者として負債を負いました』
『今回も、同じ方法だったと』
『似ています。数量を合わせるため、価値の低い品へ番号を移す。受領記録を後から埋める。関係した商会の名を、書面には残さない』
『お前自身が、以前の横流しに関わった可能性は』
『否定する証拠はありません』
レオルの手が、机の下で強く握られている。
『ですが今回、私はすべての記録を残しました。誰が、いつ、どの商品へ触れたか確認できます。自分の名で説明できます』
『過去にできなかったことを、今回はできたと』
『はい』
監督官は、しばらくレオルを見たあと、記録係へ続きを書かせた。
山田は、何も付け加えなかった。
レオルの説明は、それだけで十分だった。
最終的に、白鹿商会には営業停止と、予約金の返還が命じられた。
偽の社判を使った商品表示についても、罰金が科された。
返還できない予約金については、商会の倉庫と商品を売却して補填する。
国境へ渡った六本は、王国軍と魔王軍がそれぞれの側で捜索することになった。
『見つけたら、どちらの軍が回収する』
グレゴールが尋ねた。
「発見した側で封印し、取引監督局を通して弊社へ返してください」
『使ってはいけないのか』
「証拠品です」
『分かった』
『俺たちも同じ条件だな!』
「もちろんです」
鉱山組合は、管理責任を理由に新規商品の供給を三十日間停止。
ただし、救助用として残った六本と、回収された十八本の使用は認められた。
管理担当者を一人に集中させず、貸出と返却を別の者が確認する仕組みも導入する。
ペクトは組合を解雇された。
エルダは、借金の返済と監督局の処分が終われば、坑外作業の職を紹介すると言った。
『二度と帳簿には触らせん』
「それは、エルダさんの判断です」
『あんたなら、もう一度任せるのか』
「すぐには任せません。ただ、二度と働けない状態にしても、借金は消えません」
『甘いな』
「そうかもしれません」
『だが、白鹿商会の主人よりは、話が通じる』
「それは褒め言葉でしょうか」
『半分はな』
支部へ戻ると、レオルは赤い帳面を開いた。
頁をめくる指が、いつもよりゆっくりだった。
『今日は、何と書けばよいでしょう』
「私に聞くことではないと思います」
『では、自分で決めます』
レオルは、しばらく考えてから筆を動かした。
『帳簿は嘘を書ける。だが、嘘を書いた者の跡は残る』
「いい言葉ですね」
『以前の私は、その跡を見つけられませんでした』
「今回、見つけました」
『はい』
レオルは帳面を閉じた。
『支部の規則にも、記録を残すことを入れませんか』
「入れましょう」
「それから、記録を一人だけに任せないことも」
『私を信用していないのですか』
「信用しているからこそ、一人に責任を集中させません」
レオルは少し考え、うなずいた。
二人は夜まで、取引条件を書き出した。
王国にも、魔王軍にも、民間商会にも適用する規則。
何を売るかではなく、何を売らないか。
誰へ売るかではなく、どの条件なら売るか。
記録を残すこと。
違反があったとき、すべてを止めるのではなく、調査と再発防止を求めること。
株式会社ゲートレーディング異世界支部に、初めて正式な取引原則が作られようとしていた。




