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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
二部 日用品は国境を越える

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22/24

帳簿は嘘をつかない

鉱山の保管担当者ペクトは、呼び出されてから一時間で口を割った。


 三十歳前後の人間の男だった。


 煤で黒くなった作業着を着て、山田たちの前で両手を震わせている。


 最初は、知らない、と繰り返した。


 だが、レオルが帳簿を日付順へ並べ、持ち出された二十四本の時間を一つずつ読み上げると、言葉が止まった。


『五日。十二日。十四日。二十一日』


 レオルは、羊皮紙の上へ指を置いた。


『この四日だけ、あなたは夜番を担当しています。そして翌朝、使用記録がまとめて追加されています』


『偶然だ』


『二十四本分、すべて偶然ですか』


『俺だけが夜番ではない』


『ほかの方の署名もあります。ですが、筆跡は同じです』


 レオルが、別の記録を隣へ置いた。


『こちらが、実際にその方々が書いた受領記録です。文字の形が違います』


 ペクトの喉が動いた。


 エルダは何も言わず、壁際に立っている。


 怒鳴らないことが、かえってペクトを追い詰めていた。


『白鹿商会から、一本につき王国銀貨二十枚を提示された』


 ようやく、ペクトが言った。


 鉱山組合への販売価格は、一本あたり銀貨八枚だった。


「二十四本、すべて白鹿商会へ」


『はい』


『なぜだ!』


 エルダが机を叩いた。


 木製のインク壺が跳ねた。


『その金額で、何を買った!』


 ペクトは俯いた。


『借金を返しました』


『賭場か』


『……はい』


『組合の道具を売って、賭場へ返したのか!』


 エルダが一歩踏み出す。


 山田は止めなかった。


 止める立場でもない。


 ただ、レオルが先に口を開いた。


『帳簿へ偽の記録を書いたのは、あなたですか』


『白鹿商会の者に、書き方を教えられた』


『受領印を押したのは』


『私です』


『番号札を付け替えたのも』


『はい』


『代わりの油灯を運び込んだ者は』


『白鹿商会の荷運び人です。夜番の交代時に、裏口から』


『一度に二十四本を』


『違う。最初は二本だった』


 ペクトは、堰を切ったように話し始めた。


『何も起きなかった。次は四本。借金が減った。白鹿商会の者は、門の品はいずれ町中へ出回るから、少し早く売るだけだと言った』


『それで、二十四本まで増えた』


『返せると思った。給金を貯めて、後から同じ品を買い戻せば――』


「弊社は、白鹿商会へ販売していません」


『知らなかった』


「確認しなかった、ということですね」


 質問するレオルの顔から、表情が消えていた。


 山田は、バッケル商会の横流し事件を思い出した。


 当主は逃げ、帳簿係だったレオルと家族が負債を背負わされた。


 今、目の前で起きていることは、過去とよく似ている。


 違うのは、今回はレオルが記録を読む側にいることだった。


「レオルさん。休憩しますか」


『必要ありません』


「無理をする必要はありません」


『無理ではありません。最後まで確認したいです』


 声は平静だったが、羽根ペンを持つ指に力が入っている。


 山田は、机の下へ水差しを置いた。


「分かりました。途中でも必要になれば言ってください」


『ありがとうございます』


 レオルはペクトへ、偽造された帳簿を見せた。


『白鹿商会は、あなた一人がすべて行ったように見える記録を作らせています。このままでは、商会は関与を否定します』


『俺は、言われた通りに――』


『言われた記録はありますか。手紙、注文書、受領証。何でも構いません』


『口で言われただけだ』


『代金を受け取った記録は』


『銀貨で、直接』


『白鹿商会へ渡した証拠は、何もない』


 ペクトは首を振りかけ、途中で止まった。


『箱があります』


「箱」


『懐中電灯を渡すたび、代わりの油灯が白鹿商会の箱で届いた。箱は燃やせと言われたが、一つだけ倉庫の裏に残っている』


『なぜ残したのです』


『借金を返し終えた証拠になると思った。白鹿商会が約束を破ったとき、箱を見せれば――』


 自分を守るために残した物が、相手の関与を示す証拠になった。


 見つかった木箱には、白い鹿の焼き印があった。


 内側には、懐中電灯の番号を削るために使った細い鑢。


 番号札を外すための小さな金槌。


 異世界支部の社判を真似た粗い木印まで入っていた。


 さらに、油紙へ書かれた短い数字の表が見つかった。


 二、四、四、六、八。


 持ち出した本数と一致する。


 横には、受け渡し日と、白鹿商会の倉庫を示す略号があった。


『なぜ、うちの印を』


 レオルが呟いた。


「正規の商品に見せて、再販売するためでしょう」


『商品を売るだけなら、番号を削ればよいはずです』


「白鹿商会が、弊社の正式な取引先だと思わせる必要があった」


 山田は、木印を布で包んだ。


 商品を横流しされただけではない。


 会社の信用まで使われている。


 *


 白鹿商会は、ラゼルの南市場に大きな店を構えていた。


 三階建ての石造りで、入口には白い鹿の角を模した飾りがある。


 店内には、王国の絹、魔王領の香辛料、北方の毛皮が並んでいた。


 主人のセドリック・ヴァーンは、四十代の細身の男だった。


 上等な緑色の服を着て、山田たちを笑顔で迎えた。


『門の商人が、わざわざ何の用だ』


「弊社の商品二十四本を、鉱山組合から購入しましたか」


『商人は、売り手から品を買う。それだけだ』


「第三者への譲渡は禁止されています」


『その契約は、鉱山組合とお前たちの間のものだ。俺は署名していない』


「契約違反と知って購入した場合、今後の取引判断に影響します」


『脅しか』


「確認です」


『門の品を扱えるのが、お前たちだけだとでも思っているのか』


「現在の正規窓口は、弊社だけです」


『正規という言葉を使えば、他の商人が消えるわけではない』


「弊社の印を複製した理由は」


 山田が、木印を机へ置いた。


 セドリックの笑顔が、わずかに固まった。


『知らんな』


「この箱は、白鹿商会の物です」


『焼き印の箱など、市場にいくらでもある』


「内側に、持ち出し本数と日付が書かれていました」


『数字など、誰でも書ける』


「ペクトさんは、白鹿商会の者から指示を受けたと証言しています」


『借金まみれの盗人の言葉を信じるのか』


「証言だけで判断するつもりはありません。ですので、中の商品を確認させてください」


『店の商品を、勝手に調べる権利があるのか』


「ありません」


 山田は即答した。


「ですので、中立都市の取引監督局へ正式に申し立てます。鉱山組合からも同じ申立書を提出していただきます」


『大げさだな。たかが二十四本の灯りだ』


「弊社の印を使って販売されれば、購入者は弊社が保証した商品だと考えます」


『保証すればいい。売上が増えるぞ』


「取引した覚えのないお客様へ、責任だけ負うつもりはありません」


『商機を捨てるのか』


「責任を負えない商機は、弊社の商機ではありません」


 セドリックは椅子へ深く座り直した。


『門の品を、お前の店だけで扱えると思うな。欲しい者はいくらでもいる。王国も魔王領も、金を積む』


「だから、販売先を決めています」


『市場は、お前一人の規則では動かん』


「その通りです。ただし、弊社との取引は、弊社の規則で動きます」


 山田は席を立った。


 レオルも帳簿を閉じる。


 店を出る直前、奥の倉庫の扉が開いた。


 荷運び人が、木箱を一つ運び出そうとしている。


 箱の側面には、異世界支部の名が書かれていた。


 日本から持ち込んだ段ボールを真似た、粗い木箱だった。


 現地文字で大きく書かれている。


『門の白光灯 正規取扱品』


 開いた扉の向こうには、同じ箱が積み上がっていた。


 二十四箱ではない。


 少なくとも、百箱はあった。


 中身がある箱は、そのうち何個なのか。


 すでに誰へ、何本売ったのか。


 山田は、店の外へ出る前に振り返った。


「申立書には、偽装表示と予約販売の疑いも追加します」


 セドリックの笑顔は、もう消えていた。

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