弊社は、何でも売る会社ではありません
異世界支部の取引原則を決める会議には、六人が集まった。
王国軍からグレゴール。
魔王軍からバルガス。
中立都市ラゼルの取引監督官。
商人代表としてボルツ。
そして、山田とレオル。
長方形の机には、現地語と日本語で書かれた同じ書面が並んでいる。
表題は、レオルが考えた。
『株式会社ゲートレーディング異世界支部 取引原則』
山田が一項目ずつ読み上げた。
「第一。王国、魔王領、種族、身分を理由に、基本価格を変更しません」
『数量が違えば変わるのだろう』
グレゴールが確認した。
「数量、輸送、支払条件が異なる場合は変わります。その理由を見積書へ記載します」
『俺がヤマダの友人でも安くならんのか!』
「なりません」
『念のため聞いただけだ!』
「第二。一方の国や組織だけに販売する独占契約は、原則として結びません」
『原則、という言葉が気になる』
「災害や感染症など、供給量が限られる緊急時には、必要性を基準に優先順位を決めます」
『金を多く出す側ではなく』
ボルツが尋ねた。
「生命への危険が高い側を優先します」
『商人としては、儲からんな』
「長く商売を続けるための原則です」
「第三。購入時に、使用目的と管理責任者を確認します」
『缶詰にも必要か』
「商品によって確認範囲を変えます。桃の缶詰一つに責任者は求めません」
バルガスが笑った。
『桃の缶詰を軍事利用する方法を、グレゴールなら考えるかもしれんぞ!』
『お前の口へ詰める』
『恐ろしい兵器だ!』
「第四。人を直接傷つける武器、奴隷、拷問や迫害を主目的とする商品は扱いません」
レオルの手が、書面の上でわずかに止まった。
山田は続けた。
「第五。民生品であっても、軍事転用の可能性が高い商品は、数量と用途を制限します。契約違反が確認された場合は、販売を停止します」
『違反した一人のために、国全体を止めるのか』
「組織が調査と再発防止へ協力する場合は、停止範囲を限定します。隠蔽した場合は、組織全体を対象にします」
グレゴールは何も言わず、その項目へ目を通した。
「第六。商品の番号、数量、代金、引渡先を記録します。記録は、必要な期間保存します」
『必要な期間とは』
監督官が尋ねた。
「現在は五年を想定しています。ただし、こちらの紙の耐久性を確認する必要があります」
『門の紙を売ればよい』
「保管用品の提案として、検討します」
最後の項目を読み終えると、グレゴールが書面を置いた。
『中立とは、両方へ同じ物を売ることだと思っていた』
「私も、最初はそう考えていました」
『今は違うのか』
「同じ基準で判断することだと考えています」
『その結果、両方へ売らないこともある』
「はい」
『商社なのに』
「弊社は中立です」
山田は、二人の軍人を順番に見た。
「だからこそ、何でも売るわけではありません」
しばらく沈黙が続いた。
最初に署名したのは、バルガスだった。
『文字が多い! だが、ヤマダの会社らしい!』
大きな字で名前を書き、魔王軍需府の印を押す。
グレゴールは最後まで読み直してから署名した。
『王国軍が、この原則すべてに従うと約束するものではない』
「弊社と取引する範囲で、従っていただきます」
『分かっている』
取引監督官とボルツも、立会人として名を記した。
レオルは、現地語版と日本語版の頁数を確認し、紐で綴じた。
『これで、支部に規則ができました』
「守る仕事も増えました」
『支部長は、喜ぶ前に仕事を増やしますね』
「規則は、作った後のほうが大変です」
*
会議が終わったあと、高橋から電話が入った。
『社長の承認が出た』
「取引原則についてですか」
『それもある。それから、レオルさんの待遇だ』
山田は、受話器をレオルにも聞こえる位置へ置いた。
『現地取引担当として、週給を銀貨十枚へ改定する。加えて、会社から解放金積立へ毎週銀貨一枚分を拠出する』
『会社が、私の解放金を』
『君が見つけた損失と、今回守った信用を考えれば、安いくらいだと社長は言っている』
『返す必要は』
『ない。会社の制度として記録する。ただし、税務上どう扱うかは、俺たちもまだ分からん』
「そこは、今後の課題ですね」
『異世界の奴隷解放金を、日本の税務署へどう説明するか考える俺の身にもなれ』
「課長職には、責任が伴いますので」
『お前、本当に昇進へ興味がないな』
「ありません」
電話が切れると、レオルは赤い帳面を開いた。
『今日のことは、一頁では足りません』
「裏面も使ってください」
『門の紙なら、もっと薄くて多く書けますか』
「次の商品候補にしましょうか」
扉が叩かれた。
バルガスが忘れた書類を取りに戻ったのかと思ったが、立っていたのは濡れた外套を着た若い女性だった。
胸には、ラゼル東部水路区の印がある。
『門の商人は、水を綺麗にする道具も売ると聞きました』
「誰から聞いたのでしょうか」
『市場の皆が言っています』
この町に秘密はない。
山田は、もう驚かなかった。
「まず、どのような問題が起きているか伺います」
『三日前から、井戸の水が濁っています。煮ても、泥の臭いが消えません』
レオルが新しい受付簿を開いた。
『お名前と、ご所属をお願いします』
山田は、二つの机を見た。
一人だった支部には、規則ができ、職員がいて、次の依頼を受ける準備が整っている。
「順番に確認いたします」
世界を変えるつもりはない。
英雄になるつもりも、偉くなるつもりもない。
ただ、目の前の困りごとを整理し、売れるものと、売らないものを決める。
株式会社ゲートレーディング異世界支部の仕事は、今日も続いていた。
第二部「日用品は国境を越える」は、ここまでです。
お読みいただき、ありがとうございました。
次部では、濁った水と異世界支部の拡大をめぐる新たな取引が始まります。




