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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
第一部 缶詰と最初の支部職員

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2/24

異世界支部長は君だ

営業車は、古い五階建てのビルの前で止まった。


 周囲には配送会社の営業所や小さな工場が並び、そのビルだけが数年前から使われていないように見えた。外壁は灰色にくすみ、一階のガラス扉には『株式会社ゲートレーディング 商品試験倉庫』と控えめなプレートが付いている。


「うちの物件だったんですね」


「正確には社長個人の資産管理会社が持っている。社内では試験倉庫という扱いだ」


「随分と複雑ですね」


「複雑にしている」


 高橋は鍵を開けた。


 中は照明が半分しか点かず、埃の匂いがした。一階には折り畳まれた段ボールと空のパレット、古い台車が数台置かれている。


 高橋はエレベーターを使わず、奥の階段へ向かった。


「地下があるんですか」


「登記上はない」


 階段の突き当たりに、金属製の扉があった。高橋は首から下げた鍵を差し込み、暗証番号を入力した。


 扉の向こうは、細長い通路だった。


 コンクリートの壁。天井を這う電気配線。一定間隔で並ぶ白い照明。その先に、不自然なほど古い黒鉄の扉が立っている。


 壁に埋め込まれたわけではない。床から直接生えているように見えた。


「これが、ゲートだ」


 高橋が言った。


「会社名と同じですね」


「偶然だ。うちは創業時からゲートレーディングだった。『市場への門になる』という意味で社長の父親が付けたらしい」


「実物の門まで所有するとは、先見の明がありますね」


「社長に言うと喜ぶ」


 高橋は黒鉄の扉を押した。


 蝶番の音はしなかった。


 扉の向こうに見えたのは、コンクリートの通路ではなかった。


 粗く積まれた石の壁。橙色に揺れるランプ。床には薄い砂が積もり、冷たい風が吹き込んでくる。


 山田は扉の手前で足を止めた。


「映像ではないんですね」


「触ってみるか」


「いえ。結構です」


「気分が悪くなったら戻れ。最初は大抵そうなる」


 高橋が先に扉をくぐった。


 山田は深く息を吸った。


 社内規程。労災。海外出張保険。危険地域への派遣。思いつく言葉はいくつもあったが、どれも目の前の状況には合わなかった。


 結局、営業鞄を持ち直して、一歩を踏み出した。


 空気が変わった。


 湿気を帯びた冷たさが頬に触れ、革靴の下で砂が鳴った。振り返ると、黒鉄の扉の向こうに日本の白い照明が見えている。


「ようこそ、異世界へ」


「もう少し正式な説明があるものだと思っていました」


「正式な呼称が決まっていない。社長は『向こう側』と呼んでいる」


「社内で三人しか知らないなら、呼称を決める会議も開けませんね」


「理解が早くて助かる」


 通路を抜けると、小さな部屋に出た。


 木製の机が二つ。書類棚。簡易ベッド。日本製の小型冷蔵庫。壁際には発電機と蓄電池が置かれ、机の上には灰色の固定電話がある。


 石造りの壁に、場違いな白い看板が掛けられていた。


『株式会社ゲートレーディング 異世界支部』


 山田は看板を見上げた。


「本当に支部なんですね」


「社長が作らせた」


「支部長はどちらですか」


「君だ」


 山田は高橋を見た。


「支部長というのは、役職でしょうか」


「便宜上はな」


「給与は上がりますか」


「今のところ予定はない」


「責任だけ増えていませんか」


「話が早くて助かる」


「褒められた気がしませんね」


「ほかの社員は」


「いない」


「現地採用は」


「必要なら検討してくれ」


「採用の決裁者は」


「俺と社長だが、一次面接は君だ」


「つまり、一人で頑張れと」


「端的に言えばそうなる」

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