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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
二部 日用品は国境を越える

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19/24

夜を買いたい鉱山

台車の契約がまとまった三日後、異世界支部に初めて民間の大口顧客が来た。


 ラゼル北部鉱山組合。


 組合長のエルダ・フェルは、山田の胸ほどの身長しかなかった。


 ただし、肩幅は山田より広い。


 銀色の髪を後ろで束ね、厚い革の作業着を着ている。右手の小指が途中からなく、頬には古い火傷の跡があった。


 同行した若い鉱夫は、黒い布に包んだ木箱を両手で抱えていた。


『門の商館では、火を使わずに光る道具を扱っていると聞いた』


「用途を伺ってもよろしいですか」


『鉱山だ』


 エルダは机へ、煤で黒くなった油灯を置いた。


 金属の覆いは歪み、片側が焼けている。


『坑道では油灯を使う。だが、風が強い場所では消える。落とせば火が出る。煙も溜まる』


「魔法の照明は使わないのでしょうか」


『光術を使える者を、一つの坑道へ何人置けると思う』


「高価なのですね」


『高価で、数が少ない。術者が病気になれば、その区画は止まる』


 エルダが若い鉱夫へ目を向けた。


 鉱夫は木箱を机へ置き、中から割れた兜と、黒く焦げた革帯を取り出した。


『先月、奥の坑道が崩れた。最初の救助隊が入ったが、風で灯りが消えた。戻る途中で道を誤り、二人目の救助隊まで探すことになった』


 エルダの声が低くなった。


『暗闇は、石より人を殺す』


「亡くなった方が」


『二人。見つけたときには、空気がなくなっていた』


 山田は、言葉を選んだ。


「商品を見ていただきます。ただし、鉱山で安全に使えるかは、現場での試験が必要です」


『売れると言わないのか』


「この支部の床で光れば、坑道でも使えるとは限りません」


 エルダは少しだけ口元を上げた。


『台車で学んだらしいな』


「町中に広まっていますね」


『石畳に負けた門の荷車は、有名だ』


 山田は日本側から取り寄せていたケースを開けた。


 中には、乾電池式の懐中電灯と、頭へ固定する小型の照明が入っている。


「こちらです」


 懐中電灯のスイッチを押す。


 白い光が、石壁を丸く照らした。


 エルダは椅子から立ち上がり、光の先へ手をかざした。


『熱くない』


「長時間点灯すれば多少は熱を持ちますが、油灯ほどではありません」


『火もない』


「ありません」


『魔石は』


「使っていません。中に乾電池という消耗品が入っています」


 山田は電池を取り出して見せた。


「光は永遠には続きません。この製品で、連続使用はおよそ十二時間。寒い場所では短くなることがあります。電池を交換すれば、再び使えます」


『交換する物を、あんたの会社から買い続ける必要がある』


「現時点では、そうなります」


『うまい商売だな』


「不便な点も含めて説明しています」


『使い終えた電池は』


「回収します。火へ入れたり、分解したりしないでください」


『中に貴重な金属があるのか』


「ありますが、こちらで安全に再利用する方法は確認できていません」


『なら、空の電池を集めて売ろうとする者が出る』


「そのためにも、使用数と回収数を記録します」


 エルダは頭へ照明を付けた。


 両手が空く。


 机の下を覗き、天井を見上げ、レオルの顔を正面から照らした。


『眩しいです』


『悪い』


 エルダはすぐに光を下へ向けた。


『これなら、つるはしを持ったまま使える』


「光を人の目へ向けないことも、使用条件に入れます」


『条件が増えるな』


「人が増えた場所では、事故の種類も増えます」


 エルダは若い鉱夫に頭部照明を渡した。


 支部の奥にある物置は、窓がなく、扉を閉めると昼でも暗い。


 そこで簡単な試験を行うことになった。


 山田が油灯を一つ点ける。


 狭い室内は橙色に照らされたが、棚の奥には濃い影が残った。油の匂いも、すぐに空気へ混じる。


 次に油灯を消し、頭部照明を点けた。


 白い光が、棚の下や箱の隙間まで追いかける。


 鉱夫は両手で木箱を持ち上げ、そのまま足元を確認した。


『これなら、梯子でも手が空く』


『光術者を待たずに救助へ入れる』


 エルダはそう言ったあと、すぐに首を振った。


『いや。道具があっても、勝手に入らせてはならんな』


「使用者を決め、貸出記録を残してください。便利な道具ほど、持っているだけで無理をする方が出ます」


『あんたは商品を売りたいのか、使わせたくないのか』


「安全に使い続けていただきたいです」


 山田は、製品を机へ戻した。


「防水性はありますが、完全ではありません。強い衝撃を受ければ壊れます。坑道の粉塵や湿気については、十日間の試験後に状態を確認します」


 レオルが、試験条件を現地語で読み上げた。


 頭部照明二十個。


 手持ち照明十個。


 交換用電池百二十組。


 使用者を決め、貸出日と返却日を記録する。


 商品には、一つずつ番号を付ける。


 破損、紛失、譲渡があった場合は、異世界支部へ報告する。


 使用済み電池は、支部が回収する。


『番号まで必要か』


「電池や部品の交換時期を管理するためです。それから、軍事利用を防ぐためでもあります」


『鉱山組合が、戦争へ売ると思うのか』


「エルダさんを疑っているわけではありません。商品が組合の手を離れた後まで確認できるようにするためです」


『面倒な商人だ』


「よく言われます」


 エルダは試験契約書を最後まで読み、署名した。


『三十個で、人が一人でも多く帰ってくれば安い』


「使い方の講習には、私とレオルが伺います」


『坑道へ入ったことはあるか』


「ありません」


『なら、汚れてもよい服と、捨てても惜しくない靴で来い』


「承知しました」


『それから、狭い場所が苦手なら先に言え』


「得意ではありませんが、確認は必要です」


『商人も坑道へ入るのか』


「商品を売る以上は」


 契約を終えたエルダが帰ると、入れ替わるようにグレゴールが現れた。


 その十分後には、バルガスも来た。


 机の上に残っていた懐中電灯を見て、二人の反応は早かった。


『王国軍にも見積もりを出せ』


『魔王軍にもだ! 夜の見回りが楽になる!』


 バルガスは懐中電灯を天井へ向け、大きく笑った。


『これがあれば、夜襲も――』


「その用途には販売できません」


『まだ最後まで言っていないぞ!』


「夜襲と聞こえました」


『夜の、襲われた倉庫を確認する、と言おうとした!』


「無理があります」


『半分は冗談だ!』


「残り半分が問題です」


 グレゴールは頭部照明を手に取り、無言で構造を確かめている。


『前線で使えば、敵より早く夜道を進める』


「その用途にも販売しません」


『まだ見積もり条件を聞いていない』


「用途を聞いたので、条件の前にお断りしています」


 王国軍と魔王軍。


 どちらも、光を欲しがった。


 しかも、鉱山よりはるかに多い数量を買える相手だった。


 そして山田は、初めて、売れる商品を前に見積書を作らない可能性を考えた。

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