夜を買いたい鉱山
台車の契約がまとまった三日後、異世界支部に初めて民間の大口顧客が来た。
ラゼル北部鉱山組合。
組合長のエルダ・フェルは、山田の胸ほどの身長しかなかった。
ただし、肩幅は山田より広い。
銀色の髪を後ろで束ね、厚い革の作業着を着ている。右手の小指が途中からなく、頬には古い火傷の跡があった。
同行した若い鉱夫は、黒い布に包んだ木箱を両手で抱えていた。
『門の商館では、火を使わずに光る道具を扱っていると聞いた』
「用途を伺ってもよろしいですか」
『鉱山だ』
エルダは机へ、煤で黒くなった油灯を置いた。
金属の覆いは歪み、片側が焼けている。
『坑道では油灯を使う。だが、風が強い場所では消える。落とせば火が出る。煙も溜まる』
「魔法の照明は使わないのでしょうか」
『光術を使える者を、一つの坑道へ何人置けると思う』
「高価なのですね」
『高価で、数が少ない。術者が病気になれば、その区画は止まる』
エルダが若い鉱夫へ目を向けた。
鉱夫は木箱を机へ置き、中から割れた兜と、黒く焦げた革帯を取り出した。
『先月、奥の坑道が崩れた。最初の救助隊が入ったが、風で灯りが消えた。戻る途中で道を誤り、二人目の救助隊まで探すことになった』
エルダの声が低くなった。
『暗闇は、石より人を殺す』
「亡くなった方が」
『二人。見つけたときには、空気がなくなっていた』
山田は、言葉を選んだ。
「商品を見ていただきます。ただし、鉱山で安全に使えるかは、現場での試験が必要です」
『売れると言わないのか』
「この支部の床で光れば、坑道でも使えるとは限りません」
エルダは少しだけ口元を上げた。
『台車で学んだらしいな』
「町中に広まっていますね」
『石畳に負けた門の荷車は、有名だ』
山田は日本側から取り寄せていたケースを開けた。
中には、乾電池式の懐中電灯と、頭へ固定する小型の照明が入っている。
「こちらです」
懐中電灯のスイッチを押す。
白い光が、石壁を丸く照らした。
エルダは椅子から立ち上がり、光の先へ手をかざした。
『熱くない』
「長時間点灯すれば多少は熱を持ちますが、油灯ほどではありません」
『火もない』
「ありません」
『魔石は』
「使っていません。中に乾電池という消耗品が入っています」
山田は電池を取り出して見せた。
「光は永遠には続きません。この製品で、連続使用はおよそ十二時間。寒い場所では短くなることがあります。電池を交換すれば、再び使えます」
『交換する物を、あんたの会社から買い続ける必要がある』
「現時点では、そうなります」
『うまい商売だな』
「不便な点も含めて説明しています」
『使い終えた電池は』
「回収します。火へ入れたり、分解したりしないでください」
『中に貴重な金属があるのか』
「ありますが、こちらで安全に再利用する方法は確認できていません」
『なら、空の電池を集めて売ろうとする者が出る』
「そのためにも、使用数と回収数を記録します」
エルダは頭へ照明を付けた。
両手が空く。
机の下を覗き、天井を見上げ、レオルの顔を正面から照らした。
『眩しいです』
『悪い』
エルダはすぐに光を下へ向けた。
『これなら、つるはしを持ったまま使える』
「光を人の目へ向けないことも、使用条件に入れます」
『条件が増えるな』
「人が増えた場所では、事故の種類も増えます」
エルダは若い鉱夫に頭部照明を渡した。
支部の奥にある物置は、窓がなく、扉を閉めると昼でも暗い。
そこで簡単な試験を行うことになった。
山田が油灯を一つ点ける。
狭い室内は橙色に照らされたが、棚の奥には濃い影が残った。油の匂いも、すぐに空気へ混じる。
次に油灯を消し、頭部照明を点けた。
白い光が、棚の下や箱の隙間まで追いかける。
鉱夫は両手で木箱を持ち上げ、そのまま足元を確認した。
『これなら、梯子でも手が空く』
『光術者を待たずに救助へ入れる』
エルダはそう言ったあと、すぐに首を振った。
『いや。道具があっても、勝手に入らせてはならんな』
「使用者を決め、貸出記録を残してください。便利な道具ほど、持っているだけで無理をする方が出ます」
『あんたは商品を売りたいのか、使わせたくないのか』
「安全に使い続けていただきたいです」
山田は、製品を机へ戻した。
「防水性はありますが、完全ではありません。強い衝撃を受ければ壊れます。坑道の粉塵や湿気については、十日間の試験後に状態を確認します」
レオルが、試験条件を現地語で読み上げた。
頭部照明二十個。
手持ち照明十個。
交換用電池百二十組。
使用者を決め、貸出日と返却日を記録する。
商品には、一つずつ番号を付ける。
破損、紛失、譲渡があった場合は、異世界支部へ報告する。
使用済み電池は、支部が回収する。
『番号まで必要か』
「電池や部品の交換時期を管理するためです。それから、軍事利用を防ぐためでもあります」
『鉱山組合が、戦争へ売ると思うのか』
「エルダさんを疑っているわけではありません。商品が組合の手を離れた後まで確認できるようにするためです」
『面倒な商人だ』
「よく言われます」
エルダは試験契約書を最後まで読み、署名した。
『三十個で、人が一人でも多く帰ってくれば安い』
「使い方の講習には、私とレオルが伺います」
『坑道へ入ったことはあるか』
「ありません」
『なら、汚れてもよい服と、捨てても惜しくない靴で来い』
「承知しました」
『それから、狭い場所が苦手なら先に言え』
「得意ではありませんが、確認は必要です」
『商人も坑道へ入るのか』
「商品を売る以上は」
契約を終えたエルダが帰ると、入れ替わるようにグレゴールが現れた。
その十分後には、バルガスも来た。
机の上に残っていた懐中電灯を見て、二人の反応は早かった。
『王国軍にも見積もりを出せ』
『魔王軍にもだ! 夜の見回りが楽になる!』
バルガスは懐中電灯を天井へ向け、大きく笑った。
『これがあれば、夜襲も――』
「その用途には販売できません」
『まだ最後まで言っていないぞ!』
「夜襲と聞こえました」
『夜の、襲われた倉庫を確認する、と言おうとした!』
「無理があります」
『半分は冗談だ!』
「残り半分が問題です」
グレゴールは頭部照明を手に取り、無言で構造を確かめている。
『前線で使えば、敵より早く夜道を進める』
「その用途にも販売しません」
『まだ見積もり条件を聞いていない』
「用途を聞いたので、条件の前にお断りしています」
王国軍と魔王軍。
どちらも、光を欲しがった。
しかも、鉱山よりはるかに多い数量を買える相手だった。
そして山田は、初めて、売れる商品を前に見積書を作らない可能性を考えた。




