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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
二部 日用品は国境を越える

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18/24

レオル・バッケルの初商談

説明会の朝、レオルはいつもより早く支部へ来た。


 服装は変わらない。


 灰色の上着に、焦げ茶色のズボン。


 ただし胸には、新しい名札が付いていた。


『現地取引担当 レオル・バッケル』


 支部の外では、トルドが改造した台車を並べている。


 車輪は日本から持ち込んだものの倍近く大きく、外側に細い鉄輪が付けられていた。荷台の四隅には、荷物を固定するための金具も増えている。


『見た目は不格好になったが、ラゼルの道ならこちらが勝つ』


 トルドは胸を張った。


「日本側のメーカーが見たら、保証対象外と言うでしょうね」


『門の向こうの保証は、こちらまで来るのか』


「来ません」


『なら、気にするな』


 説明会には、ガドと組合員三十名、協力倉庫の主人二名が集まった。


 バルガスも、なぜか見学に来ていた。


『新しい商談担当の初仕事だと聞いた!』


「どこで聞いたんですか」


『町でだ!』


「本当に、この町に秘密はありませんね」


 レオルは台車の前へ立った。


 最初の声は、少し硬かった。


『この道具は、一人で多くの荷物を運べます』


 組合員の表情が曇る。


『だから、人を減らすために使うこともできます』


 ざわめきが広がった。


 山田は口を挟まなかった。


『ですが、それを決めるのは道具ではありません。契約する人間です』


 レオルは、前日に整理した表を掲げた。


『昨年、組合では四百七十二日分の仕事が、怪我によって失われました。十三人が腰を傷め、二人が戻れませんでした』


 ガドが黙って聞いている。


『台車を使えば、すべての怪我がなくなるとは言いません。石畳の段差で倒れる可能性もあります。荷物を積みすぎれば、もっと危険です』


 トルドが、満足そうに髭を撫でた。


『だから、試験します。二十日間。仕事の人数と日当は減らさない。台車を使って運べた荷物と、起きた問題を記録する。使うかどうかは、その後で組合が決めます』


『商店ではなく、俺たちが決めるのか』


 若い荷運び人が尋ねた。


『台車は組合へ貸し出されます。商店が勝手に持ち出すことはできません』


『壊したら』


『通常の使用で壊れた場合は、ゲートレーディングとトルド工房が確認します。故意に壊した場合は、組合の負担です』


 ガドが山田を見た。


『そこまで言わせるのか』


「会社の商品ですので」


 レオルの説明が終わると、実演が始まった。


 最初に台車を押したのは、六十歳を越えた荷運び人だった。


 缶詰の箱を六つ載せ、固定する。


 改造前には止まった石畳の溝を、大きな車輪が越えた。


『軽いな』


 男は何度か往復し、驚いた顔で自分の腰を叩いた。


 次に若い組合員が八箱を積もうとしたところで、レオルが止めた。


『試験の上限は六箱です』


『まだ載る』


『載る量と、安全に運べる量は違います』


 山田は、その言葉を聞いて少し笑った。


 自分が言いそうな言葉だった。


 試験は順調に始まった。


 ただし、契約書の最後で問題が起きた。


 レオルが、台車の貸出料金を三パーセント下げていた。


「理由を聞いてもいいですか」


『ガドさんが、記録係を一名追加する条件を出しました。その人件費分として値下げしました』


「考え方は分かります。ただし、次回から値引き前に相談してください」


『申し訳ありません』


「怒っているわけではありません。三パーセントは大きいので」


 バルガスが横から口を出した。


『ヤマダなら、二パーセントまで粘ったな!』


「バルガス殿。弊社の値引き基準を予想しないでください」


『当たっていたか!』


「答えません」


 *


 二十日後、組合は改造台車十台を正式に注文した。


 試験期間中に人員削減はなく、運べた荷物は以前の一・六倍。


 腰痛を訴えた者は減ったが、坂道で台車が止まらず、壁へ衝突する事故が一件あった。


 トルドは、すべての台車へ簡易の足踏み式留め具を追加することになった。


『門の道具だけでは、完成しなかったな』


 ガドが言った。


「その通りです。異世界支部の商品になったのは、トルドさんと組合の方々が直した後です」


 契約書の署名欄には、山田だけでなく、レオルの名も並んだ。


『現地取引担当として、署名してください』


 レオルは羽根ペンを握り、ゆっくりと自分の名を書いた。


 仕事を終えた帰り道、二人は市場の屋台で肉入りの焼き菓子を買った。


 レオルが二人分を支払う。


「前回も払っていただきました」


『今日は、初めて商談をまとめた日です』


「経費にできますよ」


『私が払いたいのです』


「では、ごちそうになります」


 山田は熱い焼き菓子を受け取った。


 皮は固く、中の肉汁が多い。


 食べ方を誤ると、袖へ垂れそうだった。


 隣でレオルが、赤い帳面へ何かを書いている。


「今日は、何と書くんですか」


『初めて、自分の名で契約書へ署名した日です』


 レオルは帳面を閉じた。


『それから、三パーセントの値引きで支部長に注意された日、と』


「後半は書かなくてもいいのでは」


『忘れないために必要です』


 山田は、何も言い返せなかった。

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