人の仕事を奪う道具
片目の男は、ラゼル荷運び人組合の長、ガド・ルーメンと名乗った。
四十八歳。
二十年以上、港と市場で荷を運び、今は百十六名の組合員をまとめている。
支部の会議用椅子へ座ると、腕を組んだまま、壁際の台車を睨んだ。
ほかの荷運び人たちは外で待っている。
窓越しに、何人もの視線が支部の中へ向けられていた。
『あれ一台で、何人分の荷を運べる』
「荷物と道によります」
『缶詰の箱なら』
「平らな場所であれば、一人で八箱ほどです。石畳向けの改造後は、安全を見て六箱から試します」
『今は、二人で四箱だ』
「作業量だけを見れば、効率は上がります」
『なら、半分の人間が要らなくなる』
「そう使われる可能性はあります」
否定しなかったことで、窓の外の空気が険しくなった。
レオルが山田を見た。
しかし、都合のよい説明をしても、台車を見れば分かる。
少ない人数で多く運べる。
それは長所であり、彼らが恐れる理由そのものだった。
「ただし、弊社が提案したいのは人員削減ではありません。怪我を減らし、同じ人数で扱える量を増やすことです」
『雇い主は、そう考えん』
ガドは即答した。
『十人でできた仕事を五人でできるなら、残りを追い出す。商人は人の腰より、払う銀貨を気にする』
「ガドさんの懸念は、もっともです」
『では、売らないのか』
「条件を付けます」
『道具へ条件を書いても、雇い主は読まんぞ』
「雇い主との契約に書きます」
山田は、組合の仕組みを尋ねた。
荷運び人は、個人で商店と契約するのではなく、組合が仕事を受け、人数を割り当てる。
港、市場、倉庫、工房。
朝に組合所へ集まり、その日の仕事先へ振り分けられる。
怪我をして働けない者には、組合の積立金から最低限の生活費が支払われる。
ただし、積立金は常に不足していた。
『去年は、腰を壊した者が十三人。足を挟まれた者が九人。戻れなかった者が二人だ』
「戻れなかった、というのは」
『一人は荷崩れで脚を失った。もう一人は、坂で荷車に潰された』
ガドが組合の古い記録を持ってきた。
羊皮紙の束には、日付と名前、怪我の内容、支払われた見舞金が細かく残されている。
レオルは一時間ほど掛けて数字を整理した。
途中で、何度か別の頁を見比べる。
『昨年、怪我で働けなかった日数は、合計四百七十二日です』
『そんなに多いのか』
『支払われた見舞金は、王国銀貨九百四十四枚。さらに、欠員を埋めるために急ぎで人を集めた日が六十七日あります』
「仕事そのものは足りていますか」
山田が尋ねた。
ガドは少し黙った。
『夏と収穫期は、足りん。夕方までに運べず、翌日へ回す荷が出る』
レオルが記録の端を指した。
『昨年は、未処理の荷が合計三百二十一件あります。特に市場の閉門前と、雨の翌日に集中しています』
『そこまで書いてあったか』
『見舞金の横に、代替人員を出せなかった理由が記されています』
山田は、改造後の台車十台分の費用と比べた。
「十台導入しても、昨年の見舞金の四分の一以下です」
『だから人を減らせる、と言うのか』
「いいえ。怪我で失っていた四百七十二日分を減らし、処理できなかった三百二十一件の仕事へ回します」
『仕事が増えなければ』
「試験期間中に確認します。仕事量が増えない場合、導入台数を増やしません」
『商店が直接買いたいと言ったら』
「売りません」
ガドが、初めて台車から山田へ視線を移した。
「台車を商店へ売るのではなく、組合へ貸し出します。管理権を組合が持つ。利用する商店には、試験期間中、荷運び人の人数と日当を減らさない条件へ署名してもらいます」
『商店が、その条件を飲むと思うか』
「荷崩れと遅延が減るのであれば、飲む店はあります。すべての店に売る必要はありません」
『また、売る相手を減らすのですね』
レオルが言った。
「最近、それが弊社の特徴になりつつあります」
『便利な道具を売る会社なのか、売らない理由を考える会社なのか分からんな』
ガドが言った。
「売った後に困る相手が増えると、次の商売ができません」
『綺麗事だ』
「そう見えると思います。ただ、弊社はこの町で、まだ店を畳めません」
山田は窓の外を見た。
「一度だけ売って日本へ帰るのであれば、条件は必要ありません。支部を続けるつもりですので、必要です」
ガドは、山田とレオルを交互に見た。
『試験中に一人でも追い出されたら、道具を壊す』
「壊した場合は、修理費を請求します」
『そこは譲らんのか』
「会社の商品ですので」
『試験は何日だ』
「二十日間。台車四台。支部と、協力していただける倉庫二か所で使用します」
『日当は変えない』
「契約書へ入れます」
『台車を押す者は、組合が決める』
「問題ありません」
『積める量の上限も、組合と工房で決める』
「安全上の条件は守ってください」
『記録係を一人付ける。運んだ箱、掛かった時間、壊れた箇所、怪我の有無を全部書く』
「その費用は、試験料金へ反映します」
『値上げするのか』
「記録は、組合だけでなく弊社にも必要です」
交渉は、夕方まで続いた。
ガドが帰ったあと、レオルは組合の記録をもう一度見直していた。
『支部長』
「はい」
『試験の説明を、私に任せていただけませんか』
「組合への説明をですか」
『私は、商家で帳簿を付けるだけでした。客へ商品を提案したことはありません』
「それでも、やってみたい」
『はい。組合の数字を整理したのは私です。彼らが怖いのは、道具ではなく、仕事を失うことだと分かりました』
レオルは、未処理の荷の記録を指した。
『それに、彼らには仕事がないのではありません。怪我と人手不足で、受けられない仕事があります。そこを、説明したいです』
山田は、机の引き出しから新しい名札を取り出した。
日本語と現地語で、同じ言葉を書いてある。
『現地取引担当 レオル・バッケル』
「明日の説明会から、これを付けてください」
『取引担当』
「嫌でしたか」
『いいえ』
レオルは、名札を両手で受け取った。
『失敗した場合は』
「二人で修正します」
『支部長が代わりに話すのではなく』
「必要であれば補足します。ただし、最初に話すのはレオルさんです」
『私の説明で、契約がなくなる可能性もあります』
「私が説明しても、なくなるときはなくなります」
レオルはしばらく名札を見つめ、赤い帳面へ何かを書き込んだ。
何を書いたのか、山田は聞かなかった。




