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株式会社ゲートレーディング異世界支部 ~王国も魔王軍も、弊社のお客様です~  作者: 門倉コウ
二部 日用品は国境を越える

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16/24

台車は石畳に負ける

異世界支部の売上が増えるほど、山田と高橋の腰は悪くなった。


 王国軍の缶詰三千食。


 魔王軍の大型缶五百個。


 石鹸、秤、木型。


 商品は日本側の倉庫から地下へ運び、ゲートを越え、異世界支部から現地の荷車へ積み替える。


 大型のフォークリフトは地下通路へ入らない。


 異世界側の荷車は、支部の扉を通れない。


 支部の入口には、人が気にしない程度の石の段差がある。だが、二十キロ近い缶詰箱を抱えて何度も往復すると、その数センチが次第に憎くなってきた。


 結果として、最後の数十メートルはすべて人力だった。


 午前中だけで二十四往復した高橋が、箱の上へ腰を下ろす。


『山田。四十九歳の課長に、これは長く続けられん』


「四十二歳の主任にも難しいです」


『支部長だろ』


「給与上は主任です」


『そういうところだけ現実的だな』


 山田は腰へ手を当てた。


「課長。人を増やすか、通路を広げるか、どちらかが必要です」


『売上がもう少し安定してからだ』


「私の腰が安定しません」


『折り畳み台車を送っただろ』


 日本側から、業務用の折り畳み台車が四台届いていた。


 耐荷重百五十キロ。使わないときは薄く畳める。倉庫や事務所では珍しくもない道具だが、手作業を続けるよりはるかにましだった。


 山田は一台を異世界側へ運び、レオルの前で組み立てた。


『小さな荷車ですね』


「押す力が少なくて済みます。段ボールを八箱ほど載せられます」


『持ち手が倒れるのは、保管するためですか』


「そうです。支部の中でも場所を取りません」


 レオルは車輪を指で回し、軸の動きを確かめた。


『音が小さいですね』


「日本の倉庫では、床が平らですから」


 その時点で、山田は自分の言葉にもう少し注意を払うべきだった。


 そこへ、追加注文の確認に来ていたバルガスが近づいた。


『これが新商品か!』


「支部の搬送用です」


 バルガスは台車の横へ回り、片手で持ち上げた。


『軽いな!』


「持ち上げる商品ではありません」


『分かっている!』


 床へ戻すと、今度は自分が荷台へ座ろうとした。


「人を運ぶための商品でもありません」


『まだ何もしていないぞ!』


「座ろうとしていました」


『耐荷重というものを確かめようとしただけだ!』


「その確認は、製造元が済ませています」


『門の向こうの職人は、俺ほど重いのか』


「少なくとも、試験方法はもう少し安全です」


 山田は缶詰の箱を六つ積み、固定用の紐を掛けた。


 支部の石床では、台車は驚くほど軽く動いた。


 レオルが指先で押しただけでも、荷物が滑るように進む。


『これは便利です』


『兵站庫にも売れ!』


 バルガスが即座に言った。


「屋外で使えるか確認してからです」


 その判断は正しかった。


 支部を出て、石畳へ前輪が乗った瞬間、小さな車輪が溝へ嵌まった。


 山田の体だけが前へ進む。


 持ち手が腹へ食い込み、台車が斜めに傾いた。


 一番上の箱が滑り落ちる。


 レオルが両腕で受け止めなければ、缶詰が通りへ散らばっていた。


『止まりましたね』


「止まりました」


『便利な道具では』


「平らな床では便利です」


 車輪を溝から持ち上げ、もう一度押す。


 今度は前輪が石の段差へ乗り上げず、台車全体が激しく跳ねた。


 中の缶が箱の内側で鳴る。


 支部前を通っていた商人が振り返り、子どもたちが面白そうに立ち止まった。


 バルガスだけは、腹を抱えて笑っている。


『門の道具も、石畳には勝てんか!』


「商品の選定を誤りました」


『正直だな!』


「笑っていないで、箱を押さえてください」


『任せろ!』


 バルガスが片手で箱を支えると、今度は台車ごと持ち上がりかけた。


「押さえるだけで結構です」


『注文が多いな!』


 山田は、落ちかけた箱を積み直した。


 日本の倉庫で使えるものが、そのまま異世界でも使えるとは限らない。


 当然のことだった。


 だが、現物を見るまで気づかなかった。


 舗装の精度。坂道。雨。車輪を修理できる職人。交換部品の入手性。


 商品そのものだけでなく、使われる環境まで含めて提案しなければならない。


 通りの向かいから、その様子を見ていた小柄な男が近づいてきた。


 背はレオルの肩ほどしかない。赤茶色の髭を三つ編みにし、革の前掛けを着けている。前掛けには、黒い鉄粉が染みついていた。


『その車輪では、ラゼルの道は走れん』


「見れば分かります」


『分かる前に、持ってきたようだが』


 男は台車をひっくり返し、車輪の軸を覗き込んだ。


『車輪が小さすぎる。幅も狭い。しかも前の二つが好き勝手に向きを変える。石の隙間へ入りたがる作りだ』


「日本では、そのほうが小回りが利きます」


『ここでは、小回りを利かせる前に転ぶ』


 男は軸を回し、金属部分を爪で弾いた。


『だが、軸は悪くない。荷台も軽い。車輪を倍の大きさにして、前輪を少し固定する。外側へ鉄の輪を被せれば、石畳でも使える』


「重量は増えますか」


『増える。曲がりにくくもなる。便利な点だけ残すのは無理だ』


「坂道では」


『止め具が要るな。今のままでは、荷物を乗せたまま勝手に走る』


 山田は手帳を開いた。


「加工できますか」


『俺を誰だと思っている』


「存じ上げません」


『鍛冶工房トルドの親方、トルド・ガランだ』


 レオルが小声で説明した。


『ラゼルでは、荷車の車輪と倉庫の金具を多く作っています。市場の荷車は、ほとんどトルド工房の物です』


 トルドは台車を何度か動かし、荷台を叩いた。


『門の向こうの金属は軽い。面白い品だ。四台とも持ってこい』


「費用の見積もりを先にお願いします」


『商人らしいな』


「商人ですので」


『完成するまで金は取らん。ただし、失敗しても元には戻らんぞ』


「その条件も書面にしてください」


『面倒な商人だ』


 その日の午後、改造の相談をしていると、支部の前に十数人の荷運び人が集まってきた。


 台車の噂は、数時間で市場まで広がったらしい。


 先頭に立つのは、片目に黒い布を巻いた大柄な男だった。肩には古い革帯を巻き、両手の指は太く変形している。


『門の商人』


「はい」


『その道具を、この町で広めるつもりか』


「まだ試験中です」


『試験が終われば、俺たちの仕事を奪うのか』


 男の背後で、荷運び人たちが黙って山田を見ていた。


 怒鳴る者はいない。


 その静けさのほうが、山田には重く感じられた。


 彼らにとって、台車は便利な新商品ではない。


 明日から自分が不要になるかもしれない道具だった。


 便利なものを売れば、喜ばれる。


 そう単純ではないらしい。

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